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この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね57

「と、いろいろ大変だったわけだよ。ぜひねぎらって欲しいものだぜ」

 ボクっ娘達のグッズが積まれた自室で、僕はインターネット上のお友達であるアナスタシアさんとパソコンを通して話していた。今の恰好は、ゴスロリ衣装ではなく、男子が着る普通の部屋着だ。机に座ってゴスロリ衣装の手入れをしながら、ただのオーディションで終わらなかった二泊四日の出来事をできるだけ詳細に彼女に伝えた。

「ふむ、なかなか興味深い話だったぞ。ところで、ちゃんと盗撮はしてきたのだろうな?」

「言い方言い方! もちろん、許可を取って何枚かは撮って来たぜ。後から送るよ」

「楽しみに待っているぞ。これで、三日間はご飯は食べられる」

 アナスタシアさんもやべぇボクっ娘好きだぜ。きっと客観的に僕を見たら人のことを言えないんだろうけどさ。

「ところで、私との鉄の約束はちゃんと守ったのだろうな?」

「もちろんだぜ。誰の裸も見てないし襲ってない。巨乳のボクっ娘におっぱい押し付けられたりしたけど、僕の鋼の理性をもってして乗り切ったぜ」

 レイラちゃんの影響で、胸と言うつもりがおっぱいになってた。ちっくしょう!

「なに?」

 冷めた様子のアナスタシアさん。

「いや、それは仕方ないんだ。さっき話したレイラちゃんって子がとにかくおっぱい星人でさ、触り触られもう大変だったんだ」

「ほう? 触り触られとな?」

「もちろん僕は触ってはない! 撤回撤回!」

「貴様、ボロを出したな」

「本当に違うんだって!」

 ぷんすか怒るアナスタシアさんの誤解を解くのに十五分は使ってしまった。ボクっ娘に触り触られの話題には、この子はやたらと厳しい。

「ところで、結局誰が新メンバーに選ばれたのだね?」

「それは、まだ報告がない――と」

 噂をすればなんとやら。今回のオーディションでゲットした如月さんの番号から電話がかかってきた。

「はい、もしもし」

「こんにちは。オーディションの結果を報告いたしますわ」

「あー、僕が受かっちゃったか」

「面白い冗談ですわ。<February>の新メンバーは桜島様に決まりましたわ」

「ッッ! あの子、やったのか!」

「あのお方のパフォーマンスは、失礼ながら、めちゃくちゃ下手でした。ですが、不思議なのです。一生懸命踊っている姿が、応援したくなるんですよね。ファンが応援して彼女が成長する。夢をみなさまに届けるのがアイドルだと思っていましたが、桜島様は夢をみなさまと作り上げるアイドルになれるかもしれませんわ。誰よりも可能性を、潜在能力を感じたので選びました」

 桜島さんに対して、如月さんは僕と似たような感想を述べた。僕の鑑識眼も捨てたもんじゃないぜ。

 腹の底から喜びがこみあげてくる。桜島さんの合格は、自分のことのように嬉しい。

「結果の報告は以上ですわ。また、お時間が合うときにお話ししてくださいませ」

「失格者に報告、わざわざありがとう」

「いえ、これも仕事ですので。別に赤目様と話したいとかはありませんわ」

 ん? 冷たい。如月さんに限って言葉の裏があるなんてありえないよね。そこで電話が切れた。

「貴様……」

 今の会話を聞いていたアナスタシアさんが、元々低い声をさらに一オクターブ下げて言う。

「如月をたぶらかしたのか?」

「今の話を聞いて、どうしてその結論が出てくるの」

「男性恐怖症の如月を落としてくるとは、私は貴様を過小評価しすぎていたみたいだ」

「?」

 ぶつぶつとつぶやくアナスタシアさん。

「しかも、話を聞く限り桜島とかいうやつも落としているようだしな。とんだビッチじゃないか」

「ビッチって!? 僕男なんだけど!」

「黙り給え。ボクっ娘と仲睦まじくなるなんて羨ましい。死刑だ」

「ひでぇ嫉妬だぜ」

 アナスタシアさんと新しくアイドルになる桜島さんのことをしばらく話してた。きっと桜島さんはくしゃみが止まらないだろうぜ。

 最後に、「情報が解禁されたら新しいボクっ娘のアイドルを盛大に宣伝してやろうじゃないか」とアナスタシアさんが言って通話は終わった。

 僕は間を置かずに桜島さんに電話をかける。ワンコールもせずに彼女は出た。

「おめでとう。桜島さん」

「赤目くんが祝ってくれてるってことは、夢じゃないよね。ほわぁあああ、ほわぁあ、ほわ、ほわ」

 あの子はまだ現実を受け入れ切れていないようだ。電話の向こうで浮足立っている。ベットの上でぴょんぴょん飛び跳ねながら、三つ編みをひょこひょこさせる姿を僕は勝手に妄想した。

「踊りだって、こけちゃったのに、ボクが受かるなんて」

「応援したくなるタイプのアイドルだからねぇ。こけるのすらプラスポイントになってたと思うぜ」

「やっぱりボクってポンコツなんだね……」

「別にそういうわけじゃないぜ。たぶん」

「ほら、たぶんって言ったぁ! いいよいいよ。どうせボクに価値は――」

 言いかけて桜島さんは黙った。

 ボクに価値はない。

 そう評価してやまない桜島さんの自己評価。アイドルになれたら、みんなに認められるかもしれないと言っていた。けど、実は、みんなに認めてもらいたいんじゃなくて、この子は自分で自分を認めたかったから参加したかったんじゃないのかな。これは僕のくだらない推測でしかないけどさ。

「ない、とはもう言えないね。自分で自分を認めないのは、ファンに失礼だよね」

「ようやく自分が好きになれた?」

「うん……ちょっとだけ」

 きっとこのオーディションは、桜島さんの人生を大きく変えただろう。

「それは、ファン一号として嬉しいぜ」

「嬉しいけど、恥ずかしいなぁ! でも、全部全部赤目さんのおかげだよ。ありがと」

「僕はなにもしてないぜ」

 桜島さんが自分の力で自分の道を切り拓いた。それだけだ。

 僕は、そう思ったのだけど、「ううん」と力強く否定する桜島さん。

「赤目さんがいなかったら、ボクは立ち止まってた。頑張れなかった。言い訳をしていた。赤目さんが背中を押してくれたから、ボクはオーディションに本気で望めたんだよ」

「……」

 ストレートな感謝って、鳥肌が立つくらい恥ずかしい。電話越しでなくて、直接言われたらこの子の前で失態を晒していたかもしれない。

「あー、赤目さんもしかして恥ずかしがってる?」

「僕がお礼を言われただけで恥ずかしがるようなシャイボーイなわけがないぜ」

「あはは、墓穴掘ってるみたいだよ!」

 くそ、墓穴を掘るプロの桜島さんにそれを言われたらおしまいだ。

 桜島さんに主導権を握られるのは癪なので、僕は話題を切り替える。

「そうだ。お祝いになにか贈ろうか? 新しいトランクスとかどう?」

「ぜっっっったいにやめて!」

「冗談だぜ」

「でも、赤目さんが着てた服……欲しいかも」

 僕の服か。あのゴスロリ衣装は、もう着る機会はほとんどないだろうし、桜島さんに上げた方が有意義に活用してもらえるだろう。

「あげるのは別にいいけど、ちゃんと着るための用途だよね?」

「も、もももももちろんだよ! においを嗅ぐために使うとかあるわけないよ!」

 誰もにおいを嗅ぐために使うの? なんて聞いてないんだけどなぁ。やっぱり墓穴掘りのプロは違うぜ。

 またすんすんするつもりだろうけど、まぁいっか。減るもんじゃないし、僕も悪い気はしない。

「わかった。祝アイドル祝いだぜ」と、僕は承諾した。

 時が流れて凍てつくような冬が過ぎて桜が咲く季節へと移り変わる。変わるのは景色だけでなく、僕の大好きなアイドルグループも同じだ。

 僕の部屋の天井には、新しいメンバーを迎えた<February>のポスターが加わっていた。


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