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この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね56

 波乱万丈なオーディションを終えて、僕は帰りのバスに乗っていた。席の配置は行きと同じで、三列シートの僕の右手側には如月さんが、左手側には桜島さんがいた。

 大半のボクっ娘は、この三泊四日の疲れがどっと出たのか、眠っており、行きの時のような騒がしさはない。桜島さんもぐっすりと眠っており、バスが揺れるたびに振り子のように動く彼女の前髪をひたすら見ていた。

 如月さんは起きているのだけど、なんとなく僕の方からは声をかけづらい。僕と彼女の関係は、この四日間の間で二歩進んで三歩下がったんじゃなかろうか。

 ちらり、と右隣を見るとタブレット端末をいじっていたはずの如月さんと目が合った。

「ん」と、不思議の国のアリスが声をあげる。

 気まずい。

「オーディション、お疲れ様」

 沈黙を避けるために、僕は当たり障りのない言葉を吐いた。

「過去最高に疲れたオーディションですわ」

「う、ごめん」

 自ら地雷を踏みに行ってしまったか。

「嫌味を言ったわけではありませんわ」

 ちなみに、選考の結果は後日発表されるので、今は誰が受かったのかはわからない。

「赤目様、お願いをしてもよろしいでしょうか?」

「な、なにかな?」

「まず、ぼくたんはあなた様に数々の暴言を吐いてきました。それを謝ります。男の娘として毛嫌いをしておきながら、このようなお願いをするのは筋違いかもしれません。ですが、もしよろしければ、これからも会ってお話しさせていただけないでしょうか」

 どきっとした。如月さんの言葉にはきっと深い意味はない。男性恐怖症を治したい。理由はそれなのだろう。昨日、彼方ちゃんに指摘されたことを一夜を通して考えた結果なのだ。

 その手伝いができるのなら、僕は喜んでしよう。如月さんの僕に対する攻撃的な姿勢は、彼女の過去と僕の行動をかけ合わせれば当然の結果だから、そこに恨みつらみなんてない。

「もちろん、大歓迎だぜ」

「いいんですか?」

「あこがれのアイドルに日常の中で会って欲しいと言われて承諾しない人なんていないぜ」

「……ありがとうございます。赤目様は、やはりお優しい人なのですね。男をゴミだとひとくくりにするのは、やはり間違っているのでしょうね」

 <ゴミ>のワードがやはり気になったけれど、あえてスルーしよう。

 男性恐怖症を乗り越えて、如月さんがまたステージに立てればいいな。なんて願うけど、口に出しはしない。

 連絡先を交換するとき、僕は口元がゆがまないように大変な努力を強いられた。男の娘が露呈してしまったオーディションだったけれど、まさかボクっ娘との連絡先が二つも増えるなんてね。

 如月さんの男性恐怖症の改善の一手として、僕達はそれからも延々と身にならない話を続けた。その時間は、僕にとって夢のような時間であっという間に過ぎて、気付けばバスは東京についてしまった。

「桜島さん、東京についたぜ。起きなー」

 んかーと、口を開けて寝ていた桜島さんの肩を揺らす。

「あと一時間だけ……」

「ずいぶん長い睡眠時間の要求だぜ。早くしないとトランクスを岸さんが食べちゃうぜ」

「なに言ってるにゃー、この変態は。いくら電脳存在のぼくにゃんでもトランクスは食べないにゃ」と、岸さんのツッコミは当然として、「えぇ!? だめだめだめ! あれはボクの!」と、桜島さんは跳び起きた。

「おはよう」

「はっ。い、いや、別にトランクスとかどうでもいいよ」

 寝起きで盛大にやらかした桜島さんはジト目で僕を見てくる。

「赤目くんのいじわるぅ」

「桜島さんがいじめたくなるような子だから悪いぜ」

「まさかのボクのせい!?」

 そこでマイクを握った如月さんの咳ばらいが入った。

「皆様、お疲れさまでした。主催者としていたらない部分が多くあったことを、謝罪させていただきますわ」

 後部座席に向けてぺこりと頭を下げる如月さん。

「今回も、魅力的な方々ばかりで、ぼくたんも楽しませていただきましたわ」

 これはたぶん定型句だろうね。楽しいだけのオーディションではなかったはずだ。

「結果は後日お伝えしますわ。仮に今回縁がなくても、アイドル界でまた皆様と出会えると確信していますわ」

 如月さんの挨拶が終わると同時に、バスはバス停にたどり着いた。

 それから、各々別れを惜しみながらもバス停を後にした。

 最終的に僕は桜島さんと東京駅で二人きりになった。早歩きで行きかう人の中に僕達は溶け込んでいた。

「じゃあ、僕達もそろそろさよならだぜ」

「うん」

 さみしそうに桜島さんが顔を下げる。

「そういえば、赤目くんはどこに住んでるの?」

「電車で東京と行き来するのが面倒くさい山梨に住んでいるぜ」

「ぼ、ボクは静岡だけどさ、また一緒に遊ぼうね」

「あー、静岡県民だったんだ。富士山の争奪戦になるからやめといた方がいいぜ」

「取り合わないで仲良くしようよぉ。ボクは半分こでいいよ」

「それは認められない。富士山の表は山梨だし、富士山は山梨の物だ」

「富士山ガチ勢なの!?」

「冗談は置いておいて、今度、静岡のソウルフードのさわやかにでも食べにそっちにお邪魔しようかな。もしよかったら、そのとき案内してほしいぜ」

「うん!」

 桜島さんの尾てい骨あたりから犬のしっぽが生えて、それがぶんぶん振られているような気がした。

「でも、次会うときは赤目くんは男の子の格好してるのかな……」

「いや、普通にするでしょ。なんで、ちょっと残念そうにしてるの」

「だって、その恰好かわいいから」

 かわいいって言われても素直に喜べないから。僕の女装評判良すぎでしょ。これで、次普通の恰好で会った時に幻滅されたら僕のソウルジェムは真っ黒に染まっちゃうぜ。

「じゃあね」

「うん、またね」

 僕が東京駅の人混みの中に消えるまで、桜島さんは健気に手を振り続けてくれたのだった。

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