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この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね52

 僕は物置小屋の天井を見上げていた。暇すぎてしみの数を数えている。時々、面白い形のしみがあるんだよね。あぁ、魚の形のしみみっけ。

 こういうとき、電波の通じない山奥は辛いぜ。致命的に暇つぶしの手段がない。

 きっと、今頃オーディションの最終項目が行われていることだろう。ボクっ娘のパフォーマンスを見てみたかったけれど、できるわけがないよね。銀閣温泉街では男に人権はない。

 僕が如月さんに男の娘であるのを告白した。やはり信じようとしない彼女に対して、それを証明するために上半身裸になったりもした。その後に、如月さんにこの世のありとあらゆる罵詈雑言を集めて罵られた。彼女が怒るのも当然だ。僕を信頼して調査員に任命したってのに、その信頼を木端みじんにしたのだから。

 全部全部忘れてしまいたい。覚悟はしてたけど、思ったよりメンタルにくるぜ。

 天井のしみ数えは、そんな見たくもない現実の数々から目をそらすためでもあった。

 僕がいるのは桜島さんが閉じ込められていた部屋で、所狭しと布団が積まれている。そのほかにも掃除道具やガソリンヒーター、座布団など置いてある。元々旅館の一室だったらしいので、スペースはそれなりにあるが、人が座れるのは結局一畳のスペースに限られる。せめてもの慈悲で空調機が稼働しており、凍死するような寒さとは戦わずに済んでいる。

 僕、無事に帰れるかなぁ。帰りのバスに乗ったら、途中で山中に捨てられるとかないよね?

 どれだけ天井のしみを数えていただろうか。気付けば夕暮れになっていた。部屋は凄惨な殺人現場みたいに真っ赤になっていて、その中で僕は死体のように積まれたベッドの上で寝そべっていた。

 ふいに、部屋の扉が音を立てて開いた。そこには、ジャージ姿の桜島さんが立っていた。その背後には、如月さんもいる。

「赤目くん、生きてる!?」

「死んではいないようですわね。なかなかしぶといですわ」

「如月さん、だから赤目くんは悪くないんだって!」

 男の娘には辛辣な如月さんだ。その攻撃のベクトルが僕に向いているのが辛い。

「わかってますわ。赤目薫、出てきなさい」

「出ていいの?」

「出ろと言ってるのですわ」

「はい」

 気迫のこもった命令形に僕は起立して姿勢を正してしまう。

「ぼくたんについてきてください」

「あい」

 笹船みたいに流されるままの僕だった。如月さんと顔も合わせられない僕だけど、唯一の救いは理解者である桜島さんがいることだ。連れていかれた先は、例の面接室であり、如月さんお気に入りの部屋だった。桜島さんと僕はソファーに座るように促される。如月さんは腕を組んで桜島さんのそばに立った。

「まず、あなた様が男の娘として、オーディションに忍び込んだことは、決して許されることではありませんわ」

 仏頂面の如月さんだが、その背中からは怒りの炎が創り出す蜃気楼が見て取れる。

「ごめんなさい」

 女装して紛れ込んだ点については、謝るしかない。これは、全面的に僕が悪い。いくら悪意がない、変なことをするつもりはない、と言ってもそれは全て言い訳になってしまう。故に、下手なことを言わずに謝罪をすることが最良の選択肢だ。

 もしかして、僕、これから五右衛門風呂に入れられてぐらぐら煮られるのかな。いやいや、さすがの如月さんもそんな酷いことは――いや、不審者の男の娘に対してならやるかもしれない。

「ですが、赤目様のおかげでオーディションを無事に、そしてボクっ娘達にとって良い形で終えることができたのも、事実のようです。八幡宮様が、オーディションの後に己の行いをすべてを自白しました」

 如月さんの言葉に僕は頬をぶたれた気分になった。

 八幡宮さんが――自白?

「あなたは、八幡宮様の隠れ蓑になったのですね」

「そう、だけどさ」

「なら、何も罪を犯していない――それどころか、ボクっ娘のために身を挺して行動してくれた赤目様を監禁しておくのは筋違いでしょう」

「でも、いいの? 僕は、アイドルのオーディションに女装して忍び込むような不審者なんだぜ?」と、我ながら言っていて悲しくなる。

「ええ。まごうことなき不審者ですわ。ぼくたんだけなら、間違いなく監禁していたでしょう。ですが、他の方の意向でもあるのです」

「みんなが赤目くんは悪い人じゃないって言ってくれたんだよ!」

 桜島さんが如月さんの言葉を足してくれる。

「やっぱりみんな、赤目くんがいい人だって知ってたんだよ!」

 ほんのちょっとだけ、涙腺が緩みかけた。

「ぼくたんは不審者は絶対に認めませんけど」

「如月さんだって、赤目様が~~っ、赤目様が~~って、ずっとうじうじしてたよね」

「そ、そんなことありませんわ!」

「どうしようもなく変態でバカだけど、ボクっ娘への愛だけは本物だって気付いてたんでしょ? でも、過去が重しになってそれを認めることができなかっただけだよね」

「うぅ……」

 如月さんが俯いて返す言葉を失っている。

 弱気な桜島さんが、強気で頑固な部分のある如月さんを押している珍しい絵面だった。

「とってもとっても悔しいけど、赤目くんは如月さんの大ファンだよ。ボクは、アイドルとファンがギスギスするところなんて見たくないよ。だから、できるなら仲直りしてほしい」

「今すぐには、心の準備が」

「ボクも男の子は苦手だけどさ、如月さんも物凄く苦手だよね」

「あんな事件があったんだから仕方ないぜ」と、僕がフォローするのもお門違いだろうか。

 如月さんには致命的なまでに嫌われたと思っていたけれど、かろうじて致命傷は免れているのかもしれない。

「とにかく、あなた様は自由の身ですが、万が一にでもここにいるボクっ娘達に手を出さないように。もし、そのようなことがあれば、ぼくたんは容赦しませんわ」

「赤目くんにそんな勇気はないよ」

 桜島さん、それけっこう酷いこと言ってるからね。仲が良くなるにつれて、僕への言葉に容赦がなくなってる気がするぜ。

「勇気がないかは置いておいて、手は絶対に出さないぜ。僕はボクっ娘を傷つけるようなことはしない。これにおいては断言ができる」

「変態の言葉のはずなのに、信用に値する気がします。いえ、もしかしたら変態だからこそ、信頼できるのかもしれませんわ」

「そうだよ! 赤目くんは変態だからこそ信頼できるんだよ!」

 うんうんと、力強く相槌を打つ桜島さん。

 僕は喜んだらいいの? 悲しんだらいいの?

 どんな形であれ、信頼を得たのなら、裏切らないようにするべきだろう。

 とにもかくにも、僕は自由の身になったのだった。


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