この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね50
さて、犯人として如月さんに名乗り出る必要があるのだけど、その前にやりたいことをやっておこう。具体的には、桜島さんへの別れの挨拶だ。あの子は最初から最後まで協力してくれたからね。如月さんの処遇次第では、僕はこの旅館で桜島さんと話すことができないくなるかもしれないからさ。
自首の前に「かーちゃん、ごめんよ」と謝りに行く犯人の心境をこの人生で味わう羽目になるなんて。
桜島さんの部屋に行くと、快く迎え入れてくれた。
布団の上にちょこんと座る桜島さんが、ポンポンと座布団をたたく。僕は桜島さんのジェスチャーに乗っかってそこに座る。
「お腹は大丈夫?」と、本気で心配してくれる桜島さん。
「幸い、ボディーブローは食らわずに済んだぜ。子供を産めなくならなくてよかったよかった」
「いや、赤目くんは男だよね!?」
「そうだった。忘れてたぜ」
「もう! 八幡宮さんは、どうするって?」
「あの子は、オーディションに参加するぜ」
「説得は、ダメだったの?」
「いや、ある意味成功だぜ。僕が犯人として如月さんに名乗り出る。それで、この事件は解決だ」
「一体どんな話し合いをしたらその結論になるの!?」
「なに、単に僕がボクっ娘好きなだけだぜ」
「わけがわからないよ……。ちょっと待ってね」
桜島さんは枕のそばにたたんでおいていたハンカチを鼻に当ててすんすんと吸う。
僕の説明が支離滅裂なせいで、混乱しているようだった。
「パンツのにおい嗅いで落ち着いた?」
「ハンカチだよ! 赤目くんが突拍子もないことばっかり言うからボク、わけがわからなくなっちゃうよ」
「ごめんごめん。僕のにおい嗅ぐ?」
「そうやってまた発情させる気でしょ!」
「発情って。なに? さっき僕のゴスロリ衣装のにおいを嗅いで発情してたの?」
「いや、ちが」
あうあうと目を泳がせているところを見る限り、口を滑らせてしまったみたいだ。
「と、とにかくさっさと嗅がせてよ」
「あ、結局嗅ぐんだ」
僕が腕を差し出すと、すーはーすーはーすんすんすんすんといつもより乱暴ににおいを嗅ぎだす。自棄酒ならぬ自棄嗅ぎだ。
「落ち着いた?」
「落ち着いたよ。順を追って説明してくれないかな」
「りょーかいだぜ」
僕は、八幡宮さんとしたやり取りを、彼女を泣かせた部分を端折って説明した。
「赤目くんは……やっぱりどうしようもなくバカで変態だよ……」
「いい加減言われ慣れてきたぜ。むしろ、ボクっ娘に罵られるのが楽しくなってきたまである」
「ならないでよ! でも、いいの? 間違いなく、多くの人に嫌われるよ」
如月さん、彼方ちゃん、佐々木ちゃん、天津川さん――少なくともこの四人には、目を合わせばナイフで刺されかねないレベルで嫌われるだろう。事情がよく呑み込めていないであろうレイラちゃんにだって、気持ち悪い人間だと思われる可能性はある。
嫌だ。死ぬほど嫌だよ。ボクっ娘に嫌われるなんて、一体全体どんな拷問だ。地獄の方がまだましだぜ。
だけど。
「覚悟のうちだぜ。一人のボクっ娘が誤った道から戻ってこれるなら、僕の犠牲なんて安い出費だ」
「……バカバカバカ。久しぶりに、ボクより愚かな人を見つけたよ」
「桜島さんは愚か者なんかじゃないけど、僕が愚かなのは確かだろうね」
肩をすくめながらおどけて笑って見せる。
「で、だ。桜島さんには、自首する前に会いに来たわけだぜ。言いたいことが一つだけあってね」
僕は意図的にまじめな表情に切り替えた。
「ぼ、ボクに言いたいこと――?」
ぴくりと細い肩を揺らす桜島さん。
「な、なにかな?」
なぜか指を合わせてもじもじしだした。くらげが水中を漂うみたいに目が泳いでるぜ。