この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね5
「ぼ、ボクになにか用ですか?」
ぎこちない様子で紡がれた<ボク>に、僕の全身に電流が走った。
字体で表せば<ボク>になるであろうボクっ娘を三次元で見つけてしまった。絶妙なニュアンス、発音。僕でもぼくでもなく、適度な硬さと奥ゆかしさを兼ね備えた<ボク>――究極のボクっ娘が目の前に現れたのだ。
「敬語はいらないぜ」と、見た目的にたぶん年下だろうと読んで、僕はお兄さん――ではなくお姉さんぶって言ってみる。
「は、はい」
それでも緊張が抜けきらないみたいだ。桜島さんは落ち着かない様子で脇に置いていたミニポーチからハンカチを取り出して広げると、几帳面な折り目がついたそれを自分の口元に充ててすんすんとかいだ。家の香りをかいで落ち着く受験生がいるように、この子はそれで冷静さを取り戻すようだ。
「桜島さんは実にすばらしい<ボク>をお持ちだぜ」
「は、はい?」
ハンカチを綺麗に折りたたんでからポーチに戻して、こくんと小首をかしげる動作も小動物時見ていて愛らしい。
「目が血走ってて怖いよ……関わらない方がいい人なのかな」
小さな声でつぶやかれたそれは僕の耳にしっかり届いていた。
「違う違う! 褒めてるの! 純粋に! 心の底から!」
「ボクなんて……褒められるだけの価値なんてないよ」
窓の方にうつむきながら桜島さんは言う。
「どうして? <February>の一次選考を受かった時点でとんでもない魅力を持った人だって証明されてるぜ」
「それは他の人の失敗して、消去法でボクが残っただけの話だよ。他者の失敗の上でようやくボクが成功を得られる」
ずいぶんネガティブな子だ。それに加えて恥ずかしがり屋でもあるようで、僕は会話を試みたけどあまりはずまなかった。
バスはひたすら高速道路を走り続けて、何度かサービスエリアに止まったのちに山形の一般道に降りた。そこは一面雪景色であり、酷い場所では三メートル以上はある雪の壁が車道の脇に現れる。もちろん、道路も真っ白に染まっていて地面の白線すら見えないありさまだ。スリップ対策はしているのだろうけど、事故らないかはらはらしているうちに、山中のど真ん中にある銀閣温泉街にたどり着いたのだった。