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この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね49

 一歩踏み出して、八幡宮さんは僕のスカートに向かって手を伸ばした。かと思ったら引く。

「確認する必要あるのかしら」

「やっぱり怖いんだ」

「なわけないわよ!」

 挑発に心を決めたようで力強く僕の大事な部分に手を伸ばした。

「ないじゃない!」

「やっぱりスカートの上からだとよくわかんないか。せめてドロワの上からじゃないと」

「まだやるの?」

「八幡宮さんが怖いってならやめてもいいけどさ」

「やってやるわよ!」

 苦行を、茶番を、もう一度繰り返す羽目になる。

 今度は、「うひっ!?」と、クールな八幡宮さんからは想像できないような声が上がった。

 意外と、男に慣れてなかったりするのかな。

「あ、あんた、本当に男子だったの」

「だから言ったじゃん」

 ずずずずずと、急激に僕から距離を取る八幡宮さん。ちょっとちょっと、その反応はあんまりだぜ。僕だって気持ち悪い確認方法だと思うよ。でも、仕方がなかったんだ。

「というわけで」と、言いながら八幡宮さんとの距離を詰めたんだけど、「寄らないで」と、拒絶された。

 酷い仕打ちだぜ。

「なんで男がボクっ娘アイドルのオーディションに来てるのよ!?」

「男の娘の幻像を作っておいてなに言ってるの?」

「それとこれとは話しが別に決まってるでしょ! だって、あんた、どんな変質者でも女装してアイドルに会いに行こうとは思わないわよ! それに、あんた――その見た目、完全に女子よ」

 額に汗を浮かべるほどに、八幡宮さんは動揺している。

 てか、その様子で本当に不審者対応できるの? あぁ、そうか。オーディション会場を脅かした不審者はもともと八幡宮さんが作りだした幻影だから、虚勢張り放題なんだよね。レイラちゃんを撃退したときも、<男なんているはずがない>という精神的な柱があったからできたのだ。

 実際に不審者に遭遇(自分で言うのは嫌になるが)して、慌てふためいているわけだ。

 まったく、如月さんに不審者対応云々言ってたのに、いざ自分の番になると上手く対処できないわけだ。

 悪戯心がむくむくと育つ。今まで散々強気な発言を繰り返してきたんだ。少しくらい、痛い目見てもらってもいいよね。

 壁際まで逃げた八幡宮さんに、ぐいぐいと近寄る僕。メイちゃんをダウンさせたボディーブローは警戒していたが、非常時には上手く出せないみたいだ。女の子たちが間違った意味で使っている壁ドンを八幡宮さんにやってみた。

「ひっ」

 本来はきゅんとするシチュエーションになるはずなんだけど、八幡宮さんは背中をずりずりと壁にすりながら、地面にお尻をついた。腰が抜けたようだ。

 強気そうな瞳の表面には、涙の膜が張っていて今にもあふれ出しそうだ。今日は、よく女の子を泣かしてしまう日だぜ。

「どうしたの? 怖がらなくてもいいんだぜ?」

「ぼ、僕ちゃんをどうするつもりよ。このケダモノ!」

「ん~、あんなことやこんなことをして、むちゃくちゃにしてもいいぜ」

 するわけもないけど。やる度胸がないとも言う。

「ほらほら、八幡宮さん。あれだけ自信満々に不審者対応できるって言ってたし、かかってこいともいってたよね。早くしないと襲われちゃうぜ?」

「ッ!」

 レイラちゃんのボディを貫いたときとは比べ物にならないヘロヘロなパンチを僕はあっさりと受け止めて、その腕をつかむ。八幡宮さんは振りほどこうとするけれどさせない。八幡宮さんは鍛えてはいるけれど、男女の力の差を超えるほどではないようだ。

「や、やめなさい」

「どうしようか。如月さんに今まで言ったことを謝るなら、やめてあげてもいいぜ?」

 八幡宮さんは、ぐっと下唇をかんで屈辱に耐えている。

「わかったわよ! だから、離れて!」

「よろしい」

 上々の結果が得られたので、僕は八幡宮さんから距離を取った。

「さて、茶番はここまでにして、本題に入ろうぜ。八幡宮さんが正々堂々オーディションを戦ってくれるって約束するのなら、僕は男の娘――犯人として出ていくぜ」

「一体、なにを企んでるの? あんたにメリットが一つもないわ。僕ちゃんの代わりに犯人として名乗り出たら、あんたが大好きな如月にも嫌われるのよ」

「それは、めちゃくちゃ嫌だぜ。でも、それは僕が傷つけば済むだけの話だ。僕は、ボクっ娘が大好きだ。なによりも大好きだ。主役も、わき役も、悪役も、どの役柄であろうが関係ない。ボクっ娘にできることがあるのなら、なんでもしたい。

 八幡宮さん、君は後悔をしている時点で悪役としては中途半端だ。君がやり直しを望んでいるのなら、僕は喜んで身を差し出すよ」

 包み隠さず僕の心の内を明かした。だが。

「正直、ドン引きだわ」

「いちいち酷いこと言ってくれるぜ。けど、悪い案件じゃあないと思うんだけど」

「あんたと約束して、僕ちゃんがオーディションで正々堂々戦うかもわからないわよ」

「それは、八幡宮さんの良心に賭けるぜ」

「ここまで悪事を働いてきた人間を信じるのかしら?」

「ボクっ娘じゃなかったら信じない。でも、八幡宮さんはボクっ娘だから信じる」

「なによそれ。根拠が無茶苦茶だわ」

 呆れ笑い。

 桜島さんや如月さんに、<いい人>だからと無条件に信じられるたびにきっと同じ笑みを心の中で浮かべてしまってたんだろうね。

 腕を組んで八幡宮さんは唸る。何度も何度も僕の真意を探るように顔を見てくるけれど、他意も腹案もないから痛くも痒くもない。

 おそらく、八幡宮さんの観察眼はそれを見抜いたのだろう。

 長く、大きなため息を吐いた。

「わかったわ。あんたの条件、飲むわ」

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