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この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね47

「それじゃ、八幡宮さんとのデート行ってくるぜ」

「言い方どうにかしようよ! ボクはついて行かなくてもだいじょうぶ?」

「大丈夫。任せてよ」

 そう啖呵をきって桜島さんと別れたはいいけれど、この件を上手に解決できる未来図が浮かばない。そりゃあさ、八幡宮さんが僕のはったりに負けて「はい、僕ちゃんがやりました。すべてを告白します」ってなれば問題はないぜ。ここまで入念に準備して、確固たる意志を持っている彼女の心を動かすことは、人力でしかも道具なしで大岩を動かすような作業に等しい。鋼の要塞をマスケット銃一本で突破するような難易度と言い換えてもいい。

 八幡宮さんは自分の部屋にまだいるかなっと。

 今度は単身で八幡宮さんの部屋のドアをノックする。

「なによ。あんたなの? 胸でも揉みに来たのかしら? だったら、相応の対応をさせてもらうけど」

 扉から出てきた八幡宮さんのクズを見るような眼が痛い、痛すぎるぜ。

「レイラちゃんのように胸を揉みにきたわけじゃないぜ。<男の娘>について、八幡宮さんと話したいんだ」

 ぴくりと、八幡宮さんのシャープな右眉毛が動く。

「お互い、他の人に聞かれたくないだろうから、僕の部屋に来ない?」

「ふぅん、秘密話ね。あんたの部屋じゃなくて、僕ちゃんの部屋でいいわよ」

「なら、お言葉に甘えようかな」

 八幡宮さんが寝泊まりする場所も、基本的な構成は他と同じだ。だけれど、布団は押し入れにしまわれており、テーブルも端っこの方に寄せられている。荷物も部屋の隅っこの方にボストンバッグ一つにまとめられていた。そのせいで、僕達の部屋より広く感じられる。

「ま、座りなさい」と言って、八幡宮さんは畳の上に座布団も敷かずにあぐらをかいて座った。僕も彼女を真似て畳に直に座る。

「八幡宮さん、こんなことはよした方がいいぜ」

「なに? あんたは僕ちゃんにカマをかけにきたわけ?」

 さすがに、カマかけに動じるようなやわな精神はしていないか。

「カマをかけにきたわけじゃないぜ。確固たる根拠を持って、僕は八幡宮さんを男の娘だと断言する」

「はん、なに言ってるのかしら。僕ちゃんが男の娘なわけないじゃない」

「正確に言うならば、男の娘の幻像を創り出した張本人――と言うべきかな」

「ふぅん? どういうことかしら?」

 面の皮の厚さは大したものだ。八幡宮さんにとって痛い部分を突かれたはずだけれど、ぴくりとも眉を動かさない。僕が八幡宮さんの立場だったら、ぐるぐる目を回している自信がある。

「男の娘がいると思わせるような匿名の手紙、その恐怖の象徴になるコンドーム、オーディションに参加するボクっ娘達にとどめを刺すように出された脅迫状、これを出したのは全部八幡宮さんってことだぜ。このオーディションに勝ち残るためにね」

「なかなか面白い妄想ね。現状――このままオーディションをやれば、僕ちゃんの一人勝ち、不戦勝間違いないでしょうね。だから、僕ちゃんが仕組んだってとこかしら。小説家にでもなったらいかが?」

 ふふん、と可笑しそうに口をゆがめる八幡宮さん。

「残念ながら、妄想じゃなくて事実だぜ。八幡宮さん――君が二階の廊下で電話口に話していたことを聞いていたぜ」

 これが、八幡宮さんを切り崩すための切り札。魔王を倒すエクスカリバー。出し惜しみは一切しない。居合斬りの要領で一気に決める。

 八幡宮さんのキレ味のあるその瞳がまんまるに見開かれる。電話の内容が漏れていたのは、彼女にとって予想外だったようだ。

「如月さんの不審者嫌い――男嫌いを利用してオーディションを有利に進める。妹のためにお金が必要。アイドルになるために手段は択ばない」

 ごくり、と八幡宮さんが唾を飲んだ。明確な動揺。一気に僕は畳みかける。

「今ならまだ許されるはずだぜ。引き返せる。全部自白して、謝って、やり直そう」

 沈黙。

 八幡宮さんが逡巡しているのは、明らかだった。

「八幡宮さんは言ってたはずだぜ。努力をしてる人間は嫌いじゃないって。僕は、あの言葉を嘘だとは思えない。方法や程度は違えど、ここにいる人たちはみんなアイドルになるために努力をしてきた人間だ。その努力を踏みにじるのは、八幡宮さんもやなはずだぜ」

「ッッ」

 ひくひくと、八幡宮さんの頬が引きつった。

 さらに沈黙。

 たっぷり十秒、いや二十秒だろうか? とにかく、肌がチクチクなるような沈黙を得て八幡宮さんが口を開く。

「まだ許される、か。いい話ね」

「うん。正直に話せば、きっとみんな許してくれるはずだぜ」

 嫌になるほどきれいごと。許してもらえるなんて保証はどこにもない。だけれど、僕は言うしかなかった。

「だから――」

「けど、僕ちゃんはそんな話をしてないわ。録音でもしてたのかしら? いえ、録音していたとしても、僕ちゃんが男の娘の幻像を作って、卑怯な手段でオーディションを勝ち抜こうという証拠にはならないわ」

 やっぱり、ダメなのか。

 畳が抜けて三階から一階に落ちていくかのような落胆の感覚。

 八幡宮という鋼の少女の意思を突き崩せるだけの力を僕は持ち合わせていなかった。桜島さんに「任せてよ」なんて虚勢を張ったけど、虚勢は虚勢のままで終わるのか。

 ボクっ娘達のオーディションは望まない結末へと向かってしまう。

「仮に僕ちゃんがやったとしても、もう許されるはずがないわ」

「え?」

 後悔の片鱗が、彼女の瞳にわずかに浮かんでいるのを確かに見た。

 自分の行為に罪悪感を覚えてるのか? やり直したいと思ってるのか?

 分厚い面の皮の裏には、大会に参加したボクっ娘達に対して申し訳ないという思いが隠されているのか?

「なら、僕も仮の話をするぜ。もし、オーディションをやり直せるなら今度は不正なしで受けようと思うかい?」

 僕の質問の真意を測るようなねばりつく視線。

「あくまで仮の話だぜ」

「ええ、仮にその状況になったなら、僕ちゃんはそう思うはずね」

「そっか」

 八幡宮さんの瞳を見据える。

「でも、その状況は起こりえないわ。仮に僕ちゃんが自白したとしても、如月が許すはずがないもの」

 自白を提案しておいてなんだが、僕も彼女の行いを如月さんが許すとは思えない。間違いなく失格になる。

 人を寄せ付けない八幡宮さんの瞳を見据える。

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