この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね46
――なによ。電話をかけてきても、ほとんど繋がらないわよ。今はかろうじて繋がってるけど。
――大丈夫なのって。当たり前よ。
――僕ちゃんは、如月菜々の行動原理を把握してるわ。あれは弱点の塊よ。特に不審人物、男に対しては脆いわ。それをうまく利用すれば、きっと僕ちゃんの有利な状況を作り出せる。絶対にアイドルになれるわ。
――は? 無茶をするな? なによ今更。僕ちゃんはダメで役に立たないあんたの代わりに、稼いでやるわよ
――謝るなんて、やめなさいよ。時間の無駄よ。あんたはあんたで、今を変える努力をしなさい。
――さゆだけには、絶対に不自由させないわ。有名アイドルになって、絶対にお金を稼ぐ。
――そのためには手段は選ばない。
「声の主は、間違いなく八幡宮だったにゃ。きっと、二階には誰もいないと思い込んでいたからぺらぺらと自分の秘密を明かしたにゃ」
「八幡宮さんか。しっくりきすぎて嫌になるぜ」
現状、これからのオーディションに参加するつもりなのは、八幡宮さんのみだ。他の子達は、創られた男の娘の存在で戦意消失状態。このままオーディションを行えば、八幡宮さんの不戦勝は火を見るよりも明らかだ。
男の娘の存在を信じている人からすれば、八幡宮さんは不審者にも恐れず、アイドルを目指す勇ましい人といったところか。
八幡宮さんが自分が勝つために仕組んだシチュエーションとしては、しっくりきすぎる。
もしかして、彼女が桜島さんを助けようとしたのも、自分が作り出した男の娘の幻像が、本物になってしまっては困るからではないだろうか。幻像に実像が加わり、その実像が捕まってしまえば、恐怖を振りまくことはできない。
「岸さんの話を信じるならば、犯人は八幡宮さんなんだけど、困ったことに証明する手段はないぜ」
「録音でもしてたら証拠になったのかな」
「いや、仮に岸さんの聞いた言葉を録音できたとしても、言い訳ができるレベルだぜ。容疑は濃くなるだろうけど、確信に至るほどではないぜ。ただ、八幡宮さんが男の娘の幻像を創り出した犯人である可能性は限りなく高まった」
「八幡宮さんが認めなかったら、うやむやなままってことなのかな?」
「その通りだぜ、桜島さん。男の娘の幻像を消すことはできない。八幡宮さんがやったっていう決定的な証拠を見つけないと、この状況は打破できない」
うぅむ、と桜島さんが腕を組んで唸る。
「そういえば、岸さんはこのことを如月さんに言ったの?」
「いや、言ってないにゃー」
「それはなぜ? 本来は、すぐ言うべきじゃない?」
「今までの行いが全部八幡宮がやったって確信が持てなかったからにゃ。男の娘がいて、それを八幡宮が利用しようとしているようにも聞こえたにゃ。ぼくにゃんがお姉にゃんに、八幡宮のことを言ったら、お姉にゃんは百パーセントぼくにゃんの言葉を信じるにゃ。だとすると、八幡宮はオーディションにおいて相当不利になるにゃ。ぼくにゃんが下手なことを言って、あの子が不利になるのは嫌だったにゃ」
「岸さんは優しいんだね」
「優しいわけじゃないにゃ。さっきの話の中に出てきたさゆちゃんは、おそらく八幡宮の妹にゃ。他にもいくつか会話を聞いていたから、ぼくにゃんにはわかるにゃ。八幡宮は、職業を失った片親に代わって地下アイドルとして家計を支えてるにゃ」
八幡宮さんがアイドルになるのは、夢のためではなく、金のためだと言っていたことを思い出す。
「妹のために頑張るお姉にゃんに安い同情をしただけにゃ。家から出られなかったぼくにゃんは、奈々お姉にゃんに迷惑をいっぱいかけて生きてきたにゃ。お姉にゃんは、いつでもぼくにゃんにかっこいいところを見せるためだって言って頑張ってたにゃ。ぼくにゃんは、そんなお姉にゃんを見ていることしかできなかった――けど、尊敬してたにゃ。妹のために頑張ってる一人のお姉にゃんの邪魔をするような真似をしたくないっていうぼくにゃんのエゴにゃ」
長く長く、岸さんはため息をついた。
「八幡宮が悪いことをしてるって、今ならはっきりわかるにゃ。絶対に許せない行為で、意地でも証拠を見つけて、すぐにでも失格にするべきなのは明らかにゃ。男の娘なんて脅威がない状態でオーディションを開催するべきにゃ。でも、オーディションを受ける権利までは剥奪してほしくない。そう思う気持ちがぼくにゃんにはあるにゃー」
「岸さんは八幡宮さんの悪事を暴かずに、男の娘がいない平等なオーディションをやって欲しい、と」
「にゃー。わがままにゃ」
「たしかに、物凄いわがままぜ。そして、それはとんでもなく難しい提案だ」
「容赦ないにゃ」
岸さんの案は、まず、実現不可能だ。
だけれど、この場には実体を持った男の娘である僕がいる。
八幡宮さんが、男の娘の疑惑をかけられた桜島さんを救おうとしたことからもわかるだろうけど、男の娘の幻像さえ消し去ってしまえば、普通のオーディションは戻ってくるのだ。
それを成すための一つの簡単な方法。
犯人を用意すればいい。
犯人に、悪役に、汚れ役に、僕はなれる。
僕は考える。
八幡宮美穂という人間を。
僕の偶像であるボクっ娘をさんざん汚した人だ。
正直に言おう。僕はあの子が苦手だ。致命的なまでに苦手意識がある。
そんな人をわが身と引き換えに、助ける必要なんてあるんだろうか?
嫌だ。
そんなのはごめんだ。
「オーディションの開始まで、もう時間がないし、とりあえず八幡宮さんに僕達の推測をいかにも確信あるように伝えて、自白を引き出してみようか。八幡宮さんの事情云々を考慮するよりも、他のボクっ娘のために平等なオーディションができる状態にするのが先決だぜ」
「にゃー。わかってるにゃ。それしかないにゃ」
押し入れの中で、岸さんが落胆するのがわかった。
「八幡宮さん、認めてくれるかな」と、桜島さんは心配そうだった。
「僕の読みでは十中八九、ダメだぜ」
一体、僕はどう行動するのが正解なのだろうか。二月壮を隙間なく包む吹雪が、いつの間にか僕の周りにも迫ってきており、まったく先が見えない状態になっていた。




