この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね4
「七人全員揃いましたわね。では、出発いたしましょう」
「え? 七人?」
僕を含めて女の子は六人しかいないはずだ。いや、この言葉に語弊があるか。オーディションの参加者は六人しかいないが正しい。
「ここ、ここ! ぼくにゃんは、ここにいるにゃん!」
後ろの席からやたらにゃんにゃん言う女の子の声が響いてきた。後部座席をのぞき込むと、そこにはノートパソコンが置かれていた。ディスプレイには猫耳を生やした女の子の3Dモデルが描写されている。顔つきも心なしか猫っぽく、人間に愛されるために生まれてきたかのようなキュートさだ。実在するのか否かはわからないが、高校の制服を着ている。
「岸花様はバーチャルアイドルですわ」
「今時のアイドルですね」
「えぇ。ボクっ娘に貴賎なし。ぼくたんはどんなボクっ娘でも受け入れますわ」
先進的な考えはいかにも如月さんらしい。ファンの一人として、この試みが成功することを祈りたい。
僕は背もたれから体を乗り出して、ノートパソコンに映る岸花ちゃんを見る。
「にゃ」と、片手をあげる岸花ちゃんに、僕も「やぁ」と手を挙げてふりふりと振った。
猫耳にボクっ娘――心なしかモデリングも、僕がボクっ娘を好きになったきっかけの<猫の指輪は外せない>のヒロインに似ている。この製作者は、わかってるな。うん。
「そろそろ出発いたしますわ」
ふわりとエプロンをはためかせて僕の右隣に如月さんが座った。まさか隣だなんて――僕の体が緊張でこり固まる。あこがれの人が手を伸ばせば届く距離にいるのだ。握手会で何度か手に触れたことはあるけど、イベントの空間で会うのとは意味合いが全然違う。
体が熱いぜ。バスの暖房が効きすぎてるんじゃないかな。
な、なにか話した方がいいかな。いや、でも、下手なことを話して嫌われたら嫌だ。
バスが出発して混雑した東京の道路を走りだす。
「お名前は赤目薫様で間違いないですか?」
如月さんの方から話しかけてくれた。この瞬間に限っていえば、僕は世界で一番の幸せ者だ。
「はい、そうです」
「あぁ、敬語はけっこうですわ。ぼくたんはみなさまの本来の姿が見たいのです」
「如月さんも敬語じゃないか」と言うのは彼女に対する理解の浅さを晒すはめになる。この人の丁寧な話し方は、キャラであり、ありのままの姿なのだ。
「わかったぜ。なら、普通に話すよ」
「あら、うれしいですわ。<普通>に話す。これは、オーディションの主催者をやっているとみなさまにやっていただけないのですわ」
「だろうね。どうしても試されてるんじゃないかと思うからね」
僕が躊躇なく敬語を切り捨てられるのは、オーディションの結果にこだわっていないのも大きい。
「ぼくたんは世間話がしたいだけなのですけどね。うふふ、話のネタに、一つ怖い話でもいかがですか?」
「大歓迎だぜ。だけど、怖がらせようと思っても無駄だよ。如月さんの怖い話は、僕にとってはご褒美以外なにものでもないからね」
「あら、燃えることを言ってくださいますね」
肩をゆすりながらふふっと屈託なく笑う如月さん。思ったより、緊張せずに話せている僕自身を褒めてやりたいぜ。
「ぼくたん達は、本日から銀閣温泉街の<二月壮>という旅館に泊まりますわ。実は、そこには幽霊が出るのですわ」
偉大なアイドルの口から語られるにしては、ずいぶんベタな出だしだった。
「<二月壮>は、三階建ての旅館で、二階の一室に呪われた部屋があるのですわ。そこからは、毎夜毎夜、猫の鳴き声が聞こえてくるそうなんです」
「ふむ」
「その旅館の女将は、もちろん声の原因を探しましたわ。ですが、部屋には猫なんていなかったのです」
「不思議な話ではあるね」
「不思議――だけでは済まないのです。そんな奇妙な部屋があると知れ渡れば、旅館の営業はうまくいかなくなる。女将はお祓いをしてもらうことにしましたばあっ!」
「うわっ!?」
如月さんが両手を上げながら大声を出したせいで、僕は驚いてしまった。
「驚かさないでよ……。それで、なにがあったの?」
「落ちが思いつかなかったので、せめて驚かせようと思った所在でございますわ」
「結局作り話なんだね」
「一応、銀閣温泉街には猫の幽霊が住まうという伝説はありますわ。元がありきの駄作になってしまいました。怖がってはいただけませんでしたが、驚いてくれたのでよしとしましょう」
「そりゃ、急にあんな大声を出されたら驚くぜ」
くすくすと笑う如月さんは、アイドル業をしていた時よりも子供っぽく見えた。
「猫の幽霊には気を付けてくださいませ」
「うん、そうするぜ」
話したいことを話して満足したのか、如月さんは、主催者にも関わらず腕を組んでくぅくぅと寝息を立てだした。僕は話すチャンスを失っちゃったわけだ。
後部座席の方ではすでに仲良くなったボクっ娘達がきゃいのきゃいの騒いでいる。
<ぼく>のワードを聞き取っていくと、<ぼく><ボクさん><ぼくにゃん><僕様>が聞き取れた。種類と人数が現状は合わないけれど、とりあえず話してる子達はみんなボクっ娘みたいだ。
ぼくぼくぼくぼく、ぼくだらけ。耳が幸せとはこの状況を表すためにあったんだね。
僕は左隣に座る女の子に目を向ける。
思わず息を飲んだ。
隣に座る子は、如月さんのような派手さこそないけれど僕はその容姿に衝撃を受けた。その子が僕の好みどストライクな見た目をしている。
すけばさらりと通りそうな黒髪を三つ編みに結んで肩に垂らしている。彼女はそれを左手で一定のリズムでなぞっていた。子供っぽくくりくりした瞳は、太ももの上に置いたタブレットに向いている。色白で、儚げで、触れば壊れてしまいそうな雰囲気があった。声をかければ消えてしまいそうで、一瞬声をかけるのをためらった。
「はじめまして」
「……はひっ!?」
上ずった声を上げる少女。返答に間があったのは、自分に声をかけられたのだと気付かなかったからみたいだ。
「僕、赤目薫って言うんだ。よろしく」
「桜島日鞠っていいましゅ」
言葉かみかみだぜ。
桜島さんはやたらすそが長いニットのトップスを着ており、それ自体がワンピースのようになっている。不安そうにぎゅっとニットの生地を握った。