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この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね36

 オーディション三日目。吹雪は相変わらず止む気配を見せず、朝だというのに薄暗く、電灯がなければ本も読めない状況が続いた。

 この合宿二つめにして最後の選考項目のパフォーマンスの披露が昼から行われる。舞台で活躍するアイドルを構成する要素として、重要視されるこの項目。<February>はもろにそのタイプなので、テストの配点で言うのなら、七割はしめるんじゃないだろうか。

 そんな大事な一日。なのだけど、如月さんからの不吉な緊急収集が朝一番にかかった。これは、デジャビュを感じてしまうぜ。

 嫌な予感を覚えながらも、鏡の前で化粧をして、ゴスロリ衣装を着て、最後におでこ靴を履いてから玄関を出る。

 集められたのは、また宴会場だ。女の子は準備が遅いというけれど、手慣れていない僕よりかは何倍も速いようで、すでに全員集まっていた。

「何度も何度も申し訳ございません。ですが、やはりどうしても伝えなくてはいけない事柄があるのですわ」

「また男の娘絡みかしら? 毎朝毎朝、くだらないことで呼び出されるのは、もううんざりよ」

 いらいらを全開にした八幡宮さんが、つばでも吐き捨てそうな様子で言った。

「申し上げづらいですが、その通りです」

 不思議の国のアリスは、怒りの炎を目に灯している。

「主催者が無能だと参加する側も嫌になっちゃうわよね。さっさと犯人を捕まえなさいよ」

「返す言葉もございませんわ」

 男の娘に対する怒りは一瞬なりを潜めて如月さんはしゅんとなる。彼女がへこんでいるのは、もしかしたら自分のせいかもしれないと思うと、申し訳なかった。 

「時間の無駄だから、さっさと言うべきことを言いなさい」

「はい、わかりました。実は、この手紙を公開するかは悩みました――隠しておく方がリスクが高いと判断した故、公開いたします」

 如月さんは、その懐からジッパー付きの半透明パックに入っている手紙を取り出した。まるで、汚物のような扱いだ。

「読み上げます。『オーディションで一番になった人間は、俺が犯す。絶対にだ。俺は、このオーディションを必ず潰して見せる』」

 小さな悲鳴が部屋にいくつも起こった。左隣にいた桜島さんが少なくともその発生源の一人だ。

 その後には沈黙。その内容は、あまりにも強烈すぎた。

 完全に、疑いの余地なく、女の子の尊厳を完膚なきまで奪うその文言。

 当然、書いたのは僕ではない。この中の誰かが悪意を持って書き出したのだ。これで確信が得られた。

 悪意を持ってこのオーディションを妨害しようとしている人間がいる。けど、なんのためにアンノウン存在はオーディションの邪魔をするの――?

「はんっ」と、八幡宮さんが息を吐く。

「一番になるのは、僕ちゃんだろうけど、来てみなさいっての。返り討ちにしてやるわ」

 この人だけは、最初から最後まで一貫して折れない。男の僕ですら不気味さを感じるというのに。

「八幡宮様は、お強いのですね」

「あんたと違ってね」

 如月さんを罵られるのは嫌だ。だが、ここまで来ると、不快を通り越して一種の頼もしさすら感じるぜ。

「いかれてるにゃ……やっぱり人って怖いにゃ……。もう、家からでたくないにゃあ。やっぱり引きこもりが最強だってはっきりしたにゃあ」

「じょじょに露わになる悪意――ついに、その全貌が見えたといったところかね」

 いつも劇場の役者のように振る舞っている天津川さんだが、抑揚乏しく言った。

「惨劇には慣れているつもりだったが、巻き込まれるのはあまりいい気分ではないな。明確な悪意を経験したのは初めてだが、これは、思ったよりも精神を蝕むものだ」

「ぼ、僕様は、犯人が見つかるまでもうオーディションには参加しない!」

「賢明な判断だ、佐々木嬢。さすがにこれは気味が悪い――ボクさんも、遠慮しておこう」

「だからデウスエクスマキナと言っているだろう!」

 佐々木ちゃん、天津川さんペアが、オーディションを降りると言い出す。それは、この場ほぼすべてのボクっ娘が胸に抱いた判断ではなかろうか。

 選考を勝ち抜けば、正体不明の男の娘に襲われるかもしれないのだ。そんな危険なオーディションに一体全体誰が参加するというのだ。

「みんな怖いかお……?」

 能天気で日本語の理解が乏しいレイラちゃんですら、不穏な空気に飲まれている。

「赤目さん……」

 桜島さんの華奢な指が、僕のゴスロリ衣装のすそをぎゅっと掴んでいた。そこには、やはり僕に対する疑いは見て取れない。あるのは、正体のわからない悪意への恐怖だけだった。

「主催者様さぁ、どうする気よ? まさか、男の娘に負けてオーディションをやめるなんて言い出さないわよね?」

「当り前ですわ」

 如月さんの判断は間違っている。ボクっ娘を贔屓目に見てしまう僕でも、今回の彼女の決断にはそう感じた。

「如月さん、この手紙を出した犯人を見つけるまではオーディションを中断すべきだぜ。こんな状況じゃあまともなオーディションはできない。みんなベストを出せない状態のオーディションに、なんの意味もない」

「そうだにゃ! ぼくにゃんはこんなオーディション嫌だにゃ!」と、岸さんが同意の声を上げる。

「中止はしません。ぼくたんは――変質者には屈しませんわ。もう、二度と、絶対に」

 アイドルをやめるはめになった不審者への怒り。多くのファンを残してやめた後悔。そういう感情が、如月さんの判断を狂わせてしまっているのだ。

 主催者がやると決めたからには止められない。

 天津川さんではないけど、狂騒劇という言葉をこの状況に当てはめたくなった。

 狂った歯車同士がかみ合ってしまって、誰にも止められない。

 まったくもって意味のない茶番劇オーディションが続行されようとしていた。

「オーディションを降りる方がいるのなら、止めはしませんわ。ですが、新メンバーの選考は続けさせていただきます」

 如月さんの言葉に、落胆の空気が部屋に流れたのだった。

「本日のオーディションは、予定通りお昼から始めますわ。よろしいですね?」

 その言葉に頷いたのは、八幡宮さんだけであり、<ボクっ娘界のレジェンド>に対するボクっ娘達の失望を僕の肌は敏感に感じ取っていた。

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