この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね35
「少しだけ……だよ」
「イエス!」
押し切った。
高倍率のプレミアムチケットを手に入れたときのような嬉しさだぜ。僕しかいない部屋で、ボクっ娘のダンスが見られるんだ。過酷な状況も多かったけど、ここに来てよかった。生きててよかった。
立ち上がって布団の上から畳に移動した桜島さんは、ニーソックスを脱いで素足になってから「ふぅ」と大きく息をつく。
「ひ、人に見られるのは初めてだよ。この時点で、いっつも一人で練習している時の百倍恥ずかしい」
「桜島さんがアイドルになったらこの何千倍という人に見られる日が来るかもしれないぜ?」
「そんなのボクには無理だよ」
口癖のように自分に低評価を下す桜島さんだけど、心の底から百パーセント無理だなんて思ってないはずだ。トンネル効果で人が壁を抜けるような低い確率であろうとも、なれるかも――とは必ず心のどこかで夢を見ているはずだ。でないと、<February>のオーディションを受けに来ない。
「動画とってもいい?」
「は、恥ずかしいからやめて!」
「りょーかい」
ダンスに使うミュージックが桜島さんのスマホから流れ出す。リズミカルなギターの間に手拍子が挟まれる。僕の記憶がたしかならば、ネット発の音楽だ。
ローテンポながらノリやすい。口ぶり的に桜島さんはダンス初心者だろうけど、踊るにしても難しくないセンスのある選曲だね。
ギターのリズムに合わせてぴょんぴょん跳ねながら腕を振る。一緒に肩にかかる三つ編みも揺れた。動きはぎこちなくて恥ずかしさが残っている。音楽の手拍子に合わせて桜島さんも右の頬の前で手を叩く。
前奏が終わってボーカルが入る。そこからは、エイリアンじみた若干くねくねした感じの動きが続く。本当はもっとキレのある動きが必要なのだろうけど、照れでそれができてない。印象的な「言わないでね」のフレーズで口元で指を交差させる。
生暖かい目で、僕はそれらを見ていた。歌詞の一番が終わり、桜島さんは踊りをやめる。
「うぅううう!」
そして、野球選手がホームベースにヘッドスライディングをするかのように布団にもぐった。よっぽど恥ずかしかったみたいだ。
「死ぬほど恥ずかしいよ。むしろ死ぬ。枕に顔を埋めて窒息死したい」
「死ぬにはまだ早いぜ若者よ」
「うぅう~~~~~~~。オーディションで適当に踊るだけの人は気楽だよね」
嫌味を言われちった。
「振り付けは自分で考えたの?」
「そんなの無理だよ! この音楽でダンス踊ってる人がいたから、その人のを参考にしながら、自分なりに改造したんだ」
沈黙。
「どうだった?」と聞きたげに布団がもぞもぞ動く。意地悪な僕はあえて桜島さんが僕に感想を乞うのを待つ。
「感想……」
「ん?」
「赤目くん、まだ言ってないよ。見るだけ見てなにも言わないのは、食い逃げと一緒だよ」
おねだりされるのは気持ちいいなぁ。
「アイドルの追っかけ歴が長い僕から言わせてもらうと、歌って踊るプロのアイドルの足元には及ばないぜ」
オブラートに一切包まない率直な感想がそれだった。如月さんが青いエプロンドレスをひらめかせてステージの上で踊る姿が僕の脳裏で再生されていた。動きのキレ、振り付け、表情作り――どれをとっても一流だった彼女と比べるのも酷だけど、桜島さんは一流にはほど遠い。
「うぐぅううう、一方的に評価できる立場ってずるいぃいいい」と、布団の中で桜島さんがもだえる。
安全地帯から自分の思ったことを言えるのは、実に実に実に悪くない気分だ! と、思う僕はもしかしてゲスなのだろうか。
「でも、桜島さんの踊りは見ていたくなった。なんだろう、下手くそなんだけど、応援したくなるんだよね。それって、アイドルとしの一種の魅力だと思うぜ」
「……ほめ、てる?」
「うん。桜島さんはいろいろ世話焼きたくなる系アイドルだぜ! それがきっと君の持ち味だ。でないと、僕も自分の性別がバレるリスクを冒してまで、監禁部屋から引きずり出そうとは思わなかっただろうし」
「うれしいような……うれしくないような……ようするに、ボクがポンコツってことだよね」
「マイナス部分だけ抽出しなくてもいいのに」と、僕は苦笑いしてしまう。
「僕は、すでに桜島さんのファンと言っても過言じゃない」
「ファン……?」
ひょっこりと、亀が甲羅から顔を出すように布団から顔を出す。
「本気で言ってる……?」
「もちのろんだ」
「ファン、かぁ」
その言葉を噛みしめるように、再びつぶやく桜島さん。
「だから、僕は桜島さんを応援するぜ。ぜひ、頑張ってほしい」
「う、うぅ……わかったよ。頑張る」
桜島さんのファン第一号になれるのなら、それはとても幸せなことだった。
桜島さんが、他のボクっ娘達が、全力でオーディションに臨めるように環境を整えないと。
どこの誰だか知らないけど、もし、悪意ある人物がこの会場にいるのなら、絶対に見つけ出してやる。ボクっ娘のオーディションを汚すなんて許せない。
決意を新たにして、僕は自分の部屋に戻ったのだった。




