この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね34
しかし、避妊器具を持ち込んだ犯人は目星すらつかないなぁ。如月さんが発表したときの反応を観察すれば、誰が持ち込んだか推測できると思ったんだけど、犯人らしい素振りをする人は皆無だったね。
「怒らないのでもし間違って持ち込んでしまった女の子がいるのならば、あとでこっそりとでも教えていただきたいのですわ。男の娘なら、言う必要はないですわ。ぼくたんが必ず見つけ出して叩きのめしますので」
如月さんは女の子に対してはやんわりと言っているが、選考の結果に影響が出かねないので「自分のだ」なんて言う人はいないだろう。
<この中に男の娘がいる>という匿名の手紙、落ちていた持ち主不明のコンドーム。 コンドームがたまたま落ちていただけならば、僕が手紙に指摘された男の娘で済む問題なのでいい。
だけど、もう一つの可能性を考慮しないといけない。あれが意図的に落とされていた場合だ。
両方、共通の人物が意図的に準備したとしたら、悪意を持ってオーディションを荒らそうとする人物がいることになる。
その後の夕食では、初日のようにバカ騒ぎする人はいなかった。粛々と食事を終えて、注意喚起が如月さんからなされて解散になった。
ほとんどすべてのボクっ娘がすぐに自分の部屋に戻っただろう。今やこの館に殺人鬼がいるのと変わらない状況なのだ。
「赤目くん、また少しだけ話したいことがあるんだけど……」
僕と桜島さんの部屋は隣同士であり、別れる直前で桜島さんがおずおずと上目遣いに切り出してきた。この子のくりっとした瞳に上目遣いで迫られて頼みを断れる人はいない。ボクっ娘をフェチでなくても間違いなくいない。
あと、ちょっと気になったのが、今まで赤目さんだったのが、赤目くんになってるぜ。二人のときだったら不都合ないしいっか。
「いいけど、あんまり僕の理性を揺さぶらないでほしいぜ」
「わ、わかってるって! さっきのは――その、事故だよ事故!」
桜島さんの部屋に来たのが今日何度目か数えるのもおっくうになってきたぜ。
今まで性別を気にして女の子座りや正座を意識的にやってきたけど、座布団にあぐらをかいて座る。桜島さんはあごを膝の上にのせる体勢で布団の上に体育座りしている。
「アレの件だけど、男の娘は二人いるのかな?」
「可能性としてはそれもあるね」
「だったら、とっても危ないよね」
「おいおい、僕のことももっと恐れてくれてもいいんだぜ。可能性の話をするなら、僕がいい人ぶって桜島さんに取り入ってる可能性もあるんだから」
意図的に声高めに話していたけれど、桜島さんと二人きりの時はそれもやめた。普段話すときと同じ感じで話す。
「赤目くんは、大丈夫だもん」
桜島さんは口をすぼめる。
その信頼が僕には重いぜ。
「誰かがが男の娘がいるように仕組んでいる可能性もあるぜ」
匿名の手紙で男の娘の存在をほのめかした後に、避妊器具を出して恐怖感を付与する。
「なんのために?」
「さぁ、それはわからないぜ。現状じゃあ推測しかできない」
「男の娘の幽霊でもいるみたいだね」
幽霊。
正体不明の男の娘を表すにはもってこいの言葉だ。
如月さんにまとわりついて、そのアイドル人生を終わらせた幽霊。二月壮に住み着く猫の幽霊。幽霊にまつわる話が多いだけに、因果を感じずにはいられない。
「けど、この世の現象には往々にして人間が絡んでいる。そのはずだぜ」
こくりと頷いて桜島さんが賛同する。
「ま、なにかを考えるにしても、今は材料が足りない。一度、考えるのはやめようぜ。明日、明るくなったらいろいろ調べてみよう」
「探偵みたい」
「残念ながら、犯人だぜ」
「そうだね」と、桜島さんは可笑しそうにくすくすと笑った。
それから、しばらく身にならない話をした。そのネタが切れかけてきたころ、ふと僕は思いついた。
「桜島さんのダンスを見てみたいぜ。ここで踊ってみてよ」
「えっ、やだよ! 下手くそだから恥ずかしい」
「僕のダンスも見せるからさ」
「赤目くんはそもそも受かる気あるの?」
「あるあるあるありまくりだぜ」
「ボクっ娘を見に来ただけで、オーディションの結果には興味ないよね」
よくわかっていらっしゃる。さすが僕を男の娘と知るボクっ娘だ。
「コサックダンスでも踊ろうかと思っていたぜ。ってのはさすがに冗談だぜ。この場に真剣にオーディションを受けに来た子達に失礼だからね」
「赤目くんなら適当に踊っても、受かっちゃいそうだよ」
「さすがにそれはありえないぜ。この場に集まった魅力的なボクっ娘達には、僕が逆立ちしたって勝てない」
「そうかなぁ」
「そうだぜ。あぁ~桜島さんのダンスみたいな~見たい見たい見たい。見ないと気になりすぎて今日は眠れないかもしれない。だから、練習の成果をこの目に収めるまでは帰れないなぁ」
「ううっ」
桜島さんはきっと押しに弱い人類だ。だから、僕は強気に押してみることにした。基本的に努力を他人に見せたがらない桜島さんは、指を付き合わせてもじもじしている。