この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね32
「お子様方にはわからないと思ったのですが、理解はできたのですか。そうですよ。コンドームなのですよ」
定番中の定番、誰でもお手軽に手に入れることのできる避妊用具。
「以前のお客はんが落としたものかもしれないのですが、状況が状況ですので如月はんには報告するのですよ。失礼するのですよ」
パタパタとあわただい足音を立てて彼方ちゃんは僕達の元を離れた。
「あ、赤目さん、まさかあれを持ってきたのって」
小動物が捕食者を見るようなおびえた桜島さんの瞳が僕の姿を映している。
「違う! 僕のじゃないぜ」
信じて――とはいえる状況じゃない。
男子の友達がお守りだー、なんて言って財布に入れて持ち歩いているのを見たことはある。女の子が持つケースもあるけど、アイドルのオーディション会場に持ってくる子なんているか? もし、持っているのが見つかればイメージダウンに直結しかねない。
この状況でもっともありえるケースは、<この会場に忍び込んだ男が、その劣情を果たすために持ち込んだ>か。
誰が男の娘かを知る桜島さんに僕が獣に見えるのも致し方ない。
「赤目さん、ボクと一緒の部屋で過ごしてくれるって言ったとき、なにを考えてたの?」
「僕のせいで怖がってるボクっ娘がいるんだ。だから、責任をとって少しでも安心させたい。そう思っただけだ」
はっはっ、と緊張のせいで桜島さんの呼吸が早まっている。
畜生、怖がらせてしまっている。誰だよ、とんでもない爆弾を廊下に置きっぱなしにしてたのは。
これで、桜島さんからの信頼を失って監禁部屋行きか。
それも仕方がないと、半ばあきらめた時だ。
「ごめんね」と、桜島さんの口からは意外な一言が漏れた。
「赤目さんがひどいことをしないのはわかってるんだよ。でも、怖くて」
一体、なぜこの子は僕を信頼してくれるのだろう。そして、こんなにも信じてくれる子が小刻みに震えているのに、僕はなにもしてやれないのか。
完全に思い付きで、桜島さんに向かって腕を差し出していた。桜島さんの大きな瞳がまばたきをして僕を見る。だけど、その後、彼女は鼻を僕の腕のゴスロリ生地に埋めてすんすんと嗅ぐ。
「赤目さんのにおい、落ち着く」
とっさの行動だったけど、どうやら正解を引けたみたいだ。一歩間違えば変質者だからね。
「もっと濃いのが欲しいよ」
「え?」
僕の胸にパッドの谷間の隙間に、桜島さんが顔を押し当ててくる。
すんすんすんすんすん。
容赦なくにおいを嗅がれる。ご主人様のにおいをたしかめる犬か!
まずい、死ぬほど恥ずかしくなってきた。
においなんて吸っても減らないし、桜島さんが不安から逃れられるのなら安いものだろうけど、また僕の理性が悲鳴を上げだす。
「あら、あらあら、これは眼福な絵面ですわ!」
百合百合しい僕達を見て声を上げたのは、階段を降りてきた如月さんだ。両手を口元に当てて、目を潤ませながら幸せそうに僕達を見ている。乱入者のおかげで桜島さんが正気に戻ったみたいで、慌てて僕から離れる。
「ちがっ、これは違うんだよ!」と、両手をぶんぶんと振りながら否定する匂い魔さん。
「桜島様が、昼間の一件を通して赤目様に心を開いたということですわね! すべてを知られてなお受け入れてくれた運命のボクっ娘――惚れるのも致し方ありませんわ」
「それ、大いに如月さんの妄想が入った推測になってるぜ」
「あら、そうですか? ぼくたん歴最高のワンカットになっていましたわ」
「おびえる桜島さんを落ち着かせていただけだぜ」
「おびえる?」
小首を傾げる如月さんは、まだ彼方ちゃんからの報告をうけていないみたいだ。仮に避妊器具のことを知っていたら、この人は怒り狂っているか。
「詳しいことは彼方ちゃんから聞いてよ」
「男がらみでなにかありましたか? だとすると、またしてもいたいけなボクっ娘を怯えさせたわけですか。ぶっ殺案件ですわ。はぁ、どうやらよっぽど地の獄を見たいようですわね。上等ですわ。八つ裂きにしてはつなぎ合わせ、八つ裂きにしてはつなぎ合わせを繰り返したあとに――」
「ひぃい……」
「如月さん、殺意がにじみ出てるぜ。せっかく落ち着いた桜島さんがまた怖がってる」
「っと、それは失礼しましたわ。とにもかくにも、彼方から報告を聞いてきます」
如月さんが去った後に、ぽつりと桜島さんがつぶやいた。
「誰があんな物を……」
その答えを知っている人がいるなら、僕も教えを乞いたいくらいだった。




