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この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね3

 オーディション開始当日の朝――東京駅のバスターミナルに集合して、山形の銀閣温泉に向かう手はずになっていた。

 静岡産まれ山梨育ちの僕はそこそこの頻度で東京に遊びにくるけど、

「人混みと迷路みたいな駅にはなれないよなぁ」

 と、東京駅の構内でゴロゴロとキャリーバックを転がしながらぼやく。赤煉瓦のレトロな外観と現代的な内装は、この駅の特徴だ。おみやげの売店が数多く並んでおり、いちいち僕の目と唾液を誘ってくる。

 定番中の定番である東京レモンが売っている店の前で立ち止まって見ていると、売店のお姉さんから「コスプレイヤーの方ですか!?」と、意気揚々と声をかけられた。

 そういえば、ゴシックロリータを着ているんだった。先進的な東京の街でもなかなか見られない服装は、やはり人目を集める。三泊四日もボクっ娘達の楽園で過ごせると思うと、夜はわくわくして寝られなかった。そのせいで、電車の中で半分寝てたから忘れてた。

 なんだか急に恥ずかしくなった僕は返事もせずに、早足に売店の前を去った。

 それから、人の視線が気になりだして身を縮めながら移動する。バスターミナルに行く前に、一度トイレに行っておこうと思い立ったけど、よくよく考えればこの姿で男性用の方に入るのはまずいよね。ゴスロリ姿で小便用のトイレの前に立つ……想像しただけでもシュールだし、そもそもうまく用を足せる気がしない。

 意を決して女子トイレの前にできる順番待ちの行列に並ぶ。もし、男とバレればボクっ娘達の姿を目に収める前に手錠をかけられてしまう。だが、幸いなことに個室に入るまで僕を男だと疑う人はいなかった。

「うん、ちょっと自信出てきたぜ」

 便座の前でつぶやく。

 大丈夫――ボクっ娘達のオーディションに参加しても、男だってバレないはず。

「しかし、人が多い場所だと女の人はトイレするだけでも大変だぜ。ずいぶん並ばないと入れないもんねぇ」

 しみじみと、女の子になりきって初めて気づいた感想をつぶやく。便座の前で。

「それでもって用を足すのも大変だ」

 ゴスロリ衣装を汚さないように苦労して用を足す。

 うん、ゴシックロリータじゃなかったらもっと簡単に用を足せたよね。でも、仕方ないんだ。ふわふわもこもこしてて、体のラインが分かり辛い服装がこれなんだから。僕の趣味嗜好が入ってるのも否定はしないけどね。

 両隣から聞こえてくるチョロチョロという音は聞かなかったことにして、女子トイレを出た僕はバスターミナルに向かった。思いのほか迷ったせいで、八重洲南口にある高速バス乗り場に到着したのは集合時間の五分前だった。

 ボクが乗るべきバスはすぐにわかった。如月さんがその前にいてくれたおかげだ。如月さんは、かつてアイドルとして活動していた時期があり、僕は彼女の大ファンだ。変装をしていない彼女を見間違うはずがない。

 ウェーブを描くような長髪に、日本人離れしたくっきりとほりの深い顔立ちには目を奪われる。不思議の国のアリスの主人公が着るような青いエプロンドレスを着ており、体のラインがわかりにくいのだけど、それでもプロポーションが抜群なのがわかる。童話上のアリスが成長したらこんな立ち姿になるんだろうね。

 如月さんの恰好も大概目立つ。この不思議の国のアリススタイルは、この人の代名詞であり、きっと目印になるためにわざとやっているんだろう。その影響力は大きく、遠巻きに人だかりができている。スマホを片手に写真を撮る人もいる。時々話しかける人もいるが、それは女の人。男の人はみんな遠巻きに彼女を見ている。うん、マナーのいい理解あるファン達ばかりだ。今、如月さんは男と話せる状態にないというのは、過去に彼女のファンであるのなら誰しも知っている。

 如月さんの前で僕は立ち尽くす。僕に気づいた彼女は、勝ち気な瞳をやわらかく細め、口元を三日月状にして微笑んだ。

「ぼくたんに御用でしょうか?」

「生ぼくたん――!」

 悲鳴にも似た感激の声上げてしまう。この人はお嬢様のような姿をしているくせに、一人称がぼくたんなのだ。エベレストとマリアナ海溝比べた時の高低差すら足元にも及ばないギャップで数々の男を魅了してきた。三次元のジャンルとしてはマイノリティなボクっ娘を世に知らしめて広めたこの人の功績は大きい。

「体調が悪いのですか? 白目を剥いておられますが……」

 あれ、僕、白目剥いてた? あ、僕から一歩引かないでください、如月さん。僕は変質者ではないのです。……嘘ですやっぱり変質者でした。でも、害がある変質者ではないんです!

 女子力が下がる行動はくれぐれも避けなければ……。おしとやかな淑女のように、窓際の令嬢のように、心に余裕を持って。

「オーディションに参加しに来ましたわ」と、如月さんの真似をして上品に返してみる。メールで送られてきたオーディションの参加証をスマホの画面に表示させて見せると、彼女は頷いた。

「そうですか。お待ちしておりましたわ。では、バスにお乗りください。もうすぐ出発のお時間です」

「はい!」

 荷物は荷台に乗せてバスに乗り込む。席は九しかない。僕は四列の狭苦しいバスにしか乗ったことなかったけれど、これは座席で足を大っぴらに広げてもなお余裕がある。ぱっと数えた限り、僕を含めて六人のオーディションの参加者がいた。

 席の指定は特になかったので、空いていた中列の先頭の席を選んで座る。

 しかし、ほんの少ししか見られなかったけど、どの子も学校に1人いるか否かの逸材ばかりだ。このバスに乗っている全員がボクっ娘のはずなので、実に、実に……なんだろう、言葉にならない感動がこみあげてくる。

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