この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね24
「これで一安心ですわ」
オーディションの面談をした部屋で、僕と如月さんはソファに座って再び対面していた。彼女は心底安心したようで、ほふぅとため息をつく。
「そう、だね」と、桜島さんが監禁されてから一時間たった今でも訳が分からない状況を受け入れ切れていない僕はあいまいな返事になってしまう。
「赤目様は、発見のときに桜島と一緒にいたようですが、すでにあたりを付けておられたのですか?」
「いや、たまたま一緒にいただけだよ」
「だとすると、危なかったですね。聞くところによると、桜島は<怖いから>という理由であなた様と一緒の部屋で過ごそうとしていたのですよね。まったく――狡猾ですわ。面談の雰囲気から、彼女が男の娘ではなさそうと読んでいたのですが、ぼくたんも勘が鈍ってしまいましたね。それか、桜島が猫を被るのがよっぽどうまいか。いずれにせよ、彼方が証拠を見つけてくれてよかったですわ」
「そう、だね」
上の空で返事をしていたせいで、如月さんが首を傾げた。
「どうしましたか? なにか引っかかることでもございますか?」
ハンガーを引っ提げて何着でも洗濯物が干せそうなくらい、引っかかるところだらけだ。オーディションにボクっ娘として紛れ込んだのは、間違いなくこの僕だ。
そりゃあ、桜島さんが二人目の男の娘だって可能性はあるわけだけどさ。
思い出す。バスから出たときにこけた桜島さんを支えた時、僕の腕はあの子のおっぱいに触れていた。小ぶりだけど、たしかに柔らかい触感があった。それは、パッドなどではないはずだ。それがあったから、彼女が男の娘である可能性は限りなく低いと思っている。
「いや、なんでもないぜ」と、如月さんの疑問にはまたもあいまいな返事をしておいた。
とりあえず、桜島さんと話してみるべきだ。なぜ、「自分が男だ」なんて自白をしたのかを聞き出す必要がある。
「桜島さんが隔離されているのは、最上階の物置部屋だよね」
「はい、そうですが……」
「なんでもないってのは、ごめん、うそついた。桜島さんに聞きたいことがあるから聞いてみる」
「ぼくたんには話せない引っかかりでしょうか?」
「そうだね。杞憂に過ぎないかもしれないから、ごめんけど話せないぜ」
「いえ、いいのです。男の娘はとりあえず捕まりました。赤目様の気のすむまで行動してみてください。ですが、くれぐれも鍵を開けないように気を付けてくださいね」
部屋を出て階段を上がり、三階の廊下に出る。端っこの方に桜島さんが監禁されている物置部屋がある。
「あら、あんたも来たの」
八幡宮さんが、ちょうどその部屋の方から戻ってきている最中だったようで、ばったりと出会ってしまった。体のラインがわかるぴっちりとしたシャツと八分丈のジーパンを履いている。自分の体形に自信がなければ、この服のチョイスはできないだろう。
「八幡宮さんこそ、どうして来たの?」
「間抜けな不審者が捕まったって聞いて、野次馬をしに来ただけよ」
八幡宮さんは侮蔑するような笑みを浮かべて、桜島さんがいる部屋の方の扉を見た。
「ほんと間抜けでクズで、どうしようもない人生の敗者よねえ。わざわざ女装までしてボクっ娘のオーディションに参加したのに、性別がばれた理由が<トランクス>だなんて。普段着ていたものがカバンに紛れ込んじゃったのかしら。ま、僕ちゃんは犯人が見つかろうが、見つかるまいがどーでもよかったけど、男性恐怖症のお嬢様にとってはよかったんじゃない。それに、あなたも襲われそうになってたんでしょう? 怖いから夜を一緒に過ごして、だーって。それに嵌まる赤目も赤目よねえ。ま、とにもかくにも、犯人が捕まってハッピーエンドちゃんちゃんね」
「……」
あまりにも、あまりにも歯に衣着せぬ八幡宮さんの物言いに僕は多少なりとも不快感を覚えてしまう。ボクっ娘に対して、こんな負の感情は向けたくないのに。
今まで、ボクっ娘の綺麗な部分しか見てきていなかったのかもしれないね。メディアに出てくるアイドルは、基本的に真っ白な部分しか出てこない。創作に出てくる子達の中には、悪役もいるけど、<そういう役柄だから仕方ない>と割り切れる。僕が今まで見てきたのは、それこそアイドル――理想像だ。現実のボクっ娘は完璧じゃない。八幡宮さんのような攻撃的な子だっている。
「男の娘になってオーディションに参加するかわいい女の子と交わる努力をするより、もっと他にやりようがあるわよね。努力の方向を間違って時間を無駄にするのは、もっともおろかよ。あなたもそう思わないかしら?」
「それは、そうだね。認めるよ。だけど、桜島さんが犯人だって確証はあるの?」
「男の持ち物が出てきたうえに、本人も認めてるのよ。他になにか必要なものがあるかしら?」
「そうだけどさ……」
「ふぅん。引っかかることがあるのね」
「自己評価はひどく低いけど、あの子は陰で頑張ってた。アイドルになるために努力をしてたんだ。見せるための努力でなく、誰にも見られないところでしていた努力が偽物だとはどうしても思えない」
「ふぅん。なよなよしてて、見てくれだけで選ばれたかと思ったけど、そうじゃなかったのね」
サイドテールを指に巻きながら、八幡宮さんは桜島さんが監禁されている扉の方に瞳を向ける。そこからは、さっきまで灯っていた侮蔑の色が消えている。
 




