この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね2
冬休みを迎えた僕は、暖房が効いた自分の部屋にこもって<February>のオーディションに向けて最終調整をしていた。机の上に置いたゴスロリ衣装にちくちくと針を通して最後の補修をしている最中だった。
「貴様、まだ行く気でいるのかね」と、衣装の脇に置いていたPCから呆れた調子の声が響く。
「なにを言ってるんだい、アナスタシアさん。行くに決まってるぜ。なんのためにかわいく自撮りする方法やら、着飾る方法やら、化粧品の方法を君に聞いたと思ってるの」
アナスタシアは、いわゆるハンドルネームであり、ネット上のボクっ娘について語る掲示板で知り合った女の子だ。はじめて通話をしたとき、かすれているけど男の物より一オクターブ高い女子の声が聞こえてきたときはびっくりした。
「はじめは冗談だと思ったのだがね。紅はボクっ娘が絡むと常識外れの行動力を発揮するな。私は一周回って恐ろしいよ」
紅は僕がネット上で活動するときのハンドルネームだ。
「しかし、まさか男が<February>のオーディションの書類審査を通ってしまうとはなぁ。一次審査ですら倍率ン十倍はくだらないのにな」
「僕も驚いているぜ。昔から顔立ち、声、性格、どれも女っぽいって言われてきてうんざりしてたけど、今回ばかりは感謝してるよ」
「私もはじめて貴様の声を聴いたときは女と勘違いしたものだ。オーディションに使った写真も、本当に男の紅が撮った写真か目を疑ったぞ」
「そりゃどうも。この千載一遇のチャンスは活かしてくるぜ。<February>のオーディションについて、ばっちりがっちり取材して戻ってくるから、アナスタシアさんも楽しみにしててよ」
「それは期待しておこうではないか」
アナスタシアさんも僕も、ボクっ娘が大好きだ。
僕の部屋の本棚を見れば、ボクっ娘のヒロイン達が活躍するラノベや漫画がある。PCやゲーム機のそばを見れば、ボクっ娘のヒロインと仲良くできるゲームが山のように積まれている。テレビのそばを見れば、ボクっ娘達が躍動するアニメのDVDが積まれている。天井を見上げれば、ボクっ娘のアイドルグループのポスターが張られている。
ボクっ娘が好きになったきっかけは、小さい頃に読んだ<猫の指輪は外せない>という一冊のラノベだった。猫耳にボクっ娘という欲張りな属性を持ったヒロインが登場する物語で、文字上で女の子が使う<ボク>の文字にカルチャーショックを感じたのを覚えている。幼い頃に得た趣味嗜好というか、性癖というか、とにかくそういう物は体が大きくなっても心の中に残っていた。アニメ、映画、ゲーム、様々な媒体で活躍するボクっ娘がいるけれど、とりわけ僕が好きなのは文庫のボクっ娘達だ。文字の上がボクっ娘の輝く最高の舞台であると僕は思う。もちろん、これは僕の感想と偏見であり、人には人のボクっ娘がいて各々が思う最高の舞台があるはずだから、意見の押し付けをしたりはしない。
ちなみに、本の中のボクっ娘が好きと言ったが、さらに突っ込んで言えば、一人称の表記が<僕>でも<ぼく>でもなく、<ボク>が好きだ。
そんな僕が<February>のオーディションに行くのは、アイドルになりたいからではない。一人のファンとしてオーディションの現場に触れてみたい。そして、アイドルを夢見るボクっ娘達を(視覚的に)愛で楽しみたい。夢に向かって駆けるボクっ娘は、きっと何よりも美しくて尊いはずだ。
そこにあるボクっ娘達のドラマを見てみたい!
「楽しんでくることも大事だが、はめを外しすぎて私との鉄の約束を忘れるではないぞ」
「わかってるぜ。女の子の裸を見ない、襲わない。この二つを絶対に守れって約束だよね? さすがに犯罪者になるつもりはないぜ」
「やろうとしていることは、すでに黒よりのグレーなのだがね。ま、私は共犯者だからそれを指摘する資格もないが。約束を破ったら貴様の将来の稼ぎは私が管理する。くれぐれも忘れないようにな」
「アナスタシアさんに財布のひもを握られないといけない理由がよくわからないけど、それくらいの覚悟は持っていくよ」
「そうしたまえ」
クツクツと、意地の悪い老人のような笑い声がPCのスピーカーから聞こえてくる。年齢は僕と同じ十六だと聞いてるけど、時々老女みたいになるんだよね。
「オーディション会場は銀閣温泉街だったな。ついでに温泉まんじゅうを買ってきてくれたまえ」
「アナスタシアさんの住所を教えてくれたら送るよ」
「女の子のアイドルオーディションに潜入するような変態に住所を教えるのは少々リスキーだから、遠慮しておくかね」
「酷い言われようだぜ」
「事実だからな。せいぜい性別がばれないように気を付けたまえ。知っての通り如月は男嫌いであり、特に不審者、変質者には異常に厳しい」
「ま、僕のかわいさならばれることはないだろうぜ」などと、冗談を言ってこの日の僕は来たるべき楽園を夢見て笑っていたのだった。