この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね18
「わかったぜ。桜島さんが一緒にいる方が安心だって言うのなら、一緒にすごそう」
欲望は理性で抑え込む。性別は絶対にバレないようにする。僕が犯したミスだ。これくらいは我慢してしかるべきだ。
盛大なマッチポンプだけど、怖がっている女の子の頼むごとは断れない。
「ありがと。赤目さんはかわいいだけじゃなくて、なんだか頼りにしたくなっちゃうんだよね」
頼りになるって、それ、もしかして男性ホルモン出ちゃってますかぁ?? 私生活では、女っぽいやら女々しいやらさんざん言われ続けた僕にとって身もだえするくらいうれしいよ。
「あと一つ、お願いがあるんだけど……」
「桜島さんのお願いとあらば、なんでも聞くぜ」
「ちょっとだけ、赤目さんの服の香りをかがせてもらえないかな? その……赤目さんのにおいは、落ち着くんだ」
まさかのお願いだった。僕は別に構わないんだけど、体、くさくないかな。大丈夫かな。
「いいけど、腕でお願い。臭かったらごめん」
「それは、ご褒美」
まじか。
腕を差し出すと、桜島さんは躊躇なくそこに鼻を押し当てた。すんすんとにおいを嗅ぐ姿は、人懐っこい犬のようにかわいらしくて脳にがつんと来る。
しばらく僕のにおいをかいで、ようやく安心したのか、桜島さんは紅茶の入ったペットボトルのキャップを開けて口にした。肩にかかっていた三つ編みが頭の動きに合わせて上下する様子にしばらく見入っていた。
絶対に手は出さないぞ。じゃないと、協力してくれたアナスタシアさんに顔が立たないし、将来、なぜか僕の財布の管理をされる羽目になるし。
桜島さんが紅茶を飲む姿を観察していると、八幡宮さんが休憩室に入ってきた。
「あら、あなた達、こんな場所にいたの」と、言いながら八幡宮さんは自動販売機にコインを入れてスポーツドリンクのボタンを押した。彼女はジャージ姿で、額にはうっすら汗が浮いている。
「井戸端会議中だったぜ。八幡宮さんは、運動でもしてたの?」
「ええ、そうよ。腕立て、腹筋、スクワットを百回ずつ。朝の日課なのに、如月のくだらない話のせいでできなかったからやってきたのよ」
「まったく、あんなことで招集かけて。時間の無駄ね」と、忌々しそうに舌打ちをする。
この人が努力家なのはわかったけど、それに好意が湧いてこないぜ。
「如月さんの話がくだらないって、八幡宮さんは紛れ込んでいる不審者が怖くないの?」
不審者自身が問う。なんて間抜けな構図だ。
「変質者の対応なんてアイドルの仕事のうちよ。地下アイドルの僕ちゃんですら、そういう輩は何回も見たわ。いちいち気に病んでたら仕事にならないわよ」
強気な瞳を細めて八幡宮さんはおかしそうに笑う。
「あぁ、でも、如月のやつは不審者への対応がへたくそだったからアイドルをやめる羽目になったのよね。<ボクっ娘界のレジェンド>はダメダメね」
僕は、今までボクっ娘に対して負の感情を抱いたことは一度もない。本当に好きで好きで仕方がない存在で、そんな感情は人生の中で抱くことはないだろうと思ってたけど、初めて、人生で初めてボクっ娘に怒りを抱いた。
「如月さんの悪口を言うな。あの人がどれだけ苦労したと思ってるんだ。ダメなのは如月さんじゃない。その不審者の方だぜ」
低くなった僕の声に八幡宮さんが目を丸くした。
まったく、どの口が言うんだろうな。自分自身に呆れちゃうよ。でも、如月さんを馬鹿にするのは許せない。あの人が引退の宣言の後で流した悔し涙を、自分の弱さを責める言葉を知っている。
「あなたが如月のファンだからそう思うだけじゃないかしら。アイドルであるのなら強くあるべきよ」
一瞬はひるんだけれど、八幡宮さんは強気に言い返してきた。メンタルの強さは必要だろうけど、如月さんの<あの一件>はそういう次元は超えている。
八幡宮さんは一気にスポーツドリンクを飲み干すと、時間が惜しいと言わんばかりに早足で休憩室を出ていった。
「八幡宮さんってハリセンボンみたいな人」
ぼそりと桜島さんが漏らしたのだった。言い得て妙だ。とげとげしいよね。




