この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね17
そんなことを言えるはずもなく、断れるわけもない。僕は頷くしかできなかった。二人で宴会場を出て、休憩室に移動した。そこは、ソファーが二つと自動販売機が置かれた小さな部屋だった。怖がらせてしまった謝意も込めてミニペットボトルの紅茶を一本買って桜島さんに渡す。
もらえない、と言うように両手を前に出してふるふると頭を振る桜島さん。
「別にいいぜ。気にしないで」
半ば押し付けるようにして紅茶を渡す。押しに弱いのだろう。桜島さんはそのまま受け取った。自分用の紅茶も一本買ってソファーに座る。桜島さんは落ち着きなく、三つ編みを触りながら狭い部屋の中を行ったり来たりしている。
「手紙を書いた人は、どうして名指ししないんだろ」と、桜島さんが口にする。
「男の娘がいるのはわかったけれど、それが誰だかわからなかったんだと思うぜ」
「それが、一番ありえそうだね」
完全に特定されなかったのは僕にとっては救いではあるけれど、僕の如何なる行動が<男の娘がいる>という証拠を生み出したのかはさっぱりわからない。
僕の性別を看破した可能性があるとすれば、レイラちゃんだ。昨日の夜、あの子に背後から襲われて互いの体温を感じられる距離まで密着されたからね。かろうじておっぱいを触られるのは避けられたけど、女の子にはない体の固さを感じ取られたかもしれない。
けど、その場合だと、レイラちゃんは明確に僕を男の娘だと断じれる。彼女が手紙の差出人の可能性はほとんどなさそうだけどなぁ。一応、後々レイラちゃんにさりげなくカマをかけてみようか。
「これから、どうすごしたらいいのかな。一人になるのは危ないよね。ボクなんて襲う価値もないかもしれないけどさ……」
桜島さんが僕を思考の海から引っ張りも出す。
「でも、二人も危ないぜ。もし、僕が男の娘だったらどうするんだ?」
実際、桜島さんは今一番危険な状況にいる。この銀閣温泉街に潜む男の娘と二人っきりの状況。もし、僕に害意があったらおしまいだった。
「それはあり得ないから大丈夫」
「どうして断言できるんだい?」
「赤目さんはいい人だから」
「……」
それは、僕が男でない根拠にはならない。けど、理屈がなくとも断言されてしまうと言い返し辛い。
「赤目さんがもしよければなんだけど、これからは一緒の部屋で過ごさない? ボクの部屋、ファミリー用で一人じゃ広すぎるくらいなんだ。だから、二人で使っても問題ないと思うんだ」
予想外の提案だった。桜島さんは人間関係に奥手なタイプだと感じたけれど、案外そうでもないのかも。いや、単にこの旅館に潜む男の娘への恐怖感が強いだけか。
本能的に口から「是非とも!」と即諾の言葉が出てきそうになったけれど、胃液を飲み込むかのような苦しみを味わいながら抑え込んだ。
ダメだ。絶対に断らないとダメだ。
ただでさえ性別がバレかけているのに、とどめの一撃になってしまう。それに、僕の趣味嗜好にどストライクなボクっ娘と一緒の部屋でこれから残りの二泊を過ごすなんて――僕の理性が持つか分からない。害のない変態でいようと誓っている身だけど、野獣へと変貌を遂げる可能性が大幅にアップする。
だけど、どう断れって言うんだよ。この銀閣温泉街に潜む男におびえる女の子の頼みを蹴るの? それって男としてどうなのよ? いや、今は女の身分なんだけどさ。
しかも、なによりこの状況は僕が作り出したんだぜ。オーディションの邪魔はしまいと思ってた。なのに、この有様だ。罪滅ぼしじゃないけど、この子の不安が和らぐなら、一緒にいてやるべきじゃないのかな。




