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この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね15

 一日目の夜は僕の理性が決壊する事態も、男であるのが露見することもない平穏な夜だった。もう一度自室の温泉に入って、浴衣に着替えた僕は布団でぐっすりと眠った。

 次の日の朝――太陽の光ではなく、ゴウゴウと窓の外で鳴り響く吹雪の音で僕は目を覚ました。部屋には暖房が効いているので、外の過酷な寒さはまるで感じない。昨日の夜から圏外の表記を左端に出しているスマホを取り出す。

「やっぱり電波は届かないかぁ」

 もともと電波が届きづらくて、ウェブサイトを読み込むのもやたら時間かかってたけど、吹雪が酷くなってからついにネット環境からの断絶を食らってしまった。アナスタシアさんに経過報告ができないのがちょっぴり悔しい。

 時刻はすでに十時前だった。

「ふわぁ、ずいぶん眠ったなぁ」

 今日はお昼過ぎから如月さんとオーディション参加者が一対一で面談をしていく予定のはずだ。真面目に参加している人にとっては、緊張の瞬間かもしれないけれど、僕にとっては憧れのアイドルと誰に邪魔されることもなく話せる夢のような時間だ。

「しかし、ずいぶんゆったりまったりした日程だよね」

 オーディションは、もっとスケジュールが詰まっていて、あわただしくなるものだと思ってたよ。なにもない時間で普段の顔も見ておきたいと、如月さんが昨日の宴会で説明してたね。だから、なにもない時間にさりげなく見せる仕草もきっと評価の対象なのだ。

 コンコン――。

 僕の部屋のドアがノックされる。この旅館には呼び鈴の類は一切ない。

「どちら様?」

 僕は身を固くした。ドアを開けてお互いの姿を視認した状態での会話は避けたい。今は浴衣姿でパッドを入れてないし、お化粧もしてない。浴衣も体の凹凸はわかりにくいし、もともと中性的な顔立ちだからこの状態で出てもばれないかもしれないけど、余計なリスクは避けるに限るよ。

「彼方ですよ。如月さんが至急、宴会場に集まって欲しいとのことですよ」

 切羽詰まった様子で彼方ちゃんが言った。

 なにかあったらしい。急いだほうがよさそうだ。

「わかったよ。準備でき次第行くよ」

「あと、もしよろしければ部屋に入れて欲しいのですよ。昨日、お客はんの部屋を用意するときにはたきを忘れてたのですよ」

「っ――」

 今はまずい。猫じゃなくて女の子の皮を被ってるのがばれる。

「お、女の子的にできれば後にしてほしいかな」

「わかったのですよ。では、また後程取りにこさせてもらうのですよ」

「ごめんね」

「いえいえ、私も大人の淑女ゆえ事情は察することができるのですよ」

 ……もしかして、幼女扱いされたのをいまだに気にしてるのかな。

 とてとてと、軽い足音が遠ざかっていく。僕はほっと胸をなでおろした。

 今のやり取りは、苦しい部分もあったけど、怪しまれるほどじゃないよね。うん、一人のレディ的に及第点でしょう。

 さて、如月さんが至急集まって欲しいって言ってるなら、すぐに用意していかないとね。けど、一体どんな用事かな。まさか、殺人事件でも起きたのかな? それだったら、もっとあわただしいか。

 着替えに化粧、レディの準備には実に時間がかかる。さっさと身だしなみを整える。事前に練習を積んでなかったら、三十分以上かかってたかもしれない。

 準備を終えて宴会場に向かったときには、すでに僕以外のすべてのボクっ娘はそろっていた。誰一人欠けていないから殺人事件ではなさそうだね。よかったよかった。

 今日も不思議の国のアリスじみた服装をした如月さんは仏頂面で腕を組んでいる。それ以外の子達は、そんな彼女を見て遠慮しているのか、こそこそと小さな声でお話をしている。

「おはよう。桜島さん、なにかあった?」と、空いていた桜島さんの隣の座布団に座った僕は聞いた。

「如月さんは、仏像みたいに黙ったきりだからさっぱりわからないよ。これからお話があるんじゃないかな」

 三つ編みをなでながら桜島さんは答えた。丈のあったクリーム色のニットのシャツと紺色のロングスカートを着ており、落ち着いた雰囲気のこの子にはよく似合う。

「お揃いになりましたね」と、1オクターブ低い声で如月さんは言った。地獄の底からの使者じみたおどろおどろしさを感じるよ。

 一体なにがあったんだ……。

「実に由々しき事態ですわ。心して聞いてくださいませ」

 宴会場が静まり返る。僕がごくりとつばを飲んだ音さえ響き渡りそうだ。

「今朝、このような手紙がぼくたんの部屋の扉に差し込まれていましたわ」

 如月さんの手には、くしゃくしゃになった紙がある。それを広げて畳の上に置く。

「みなさん、読んでくださいませ」

 畳に置かれた手紙をボクっ娘達はこぞってのぞき込む。

『この中に一人男の娘がいます。被害が出る前にみなさまの力でどうか見つけてください』

 丸みのある文字で書かれた手紙の内容は実に簡潔だった。

「この中に一人男のおとこのこが紛れ込んでいますわ」

 会場がざわりと揺れて、僕の背筋はぞわりと総毛だった。

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