この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね13
「来た途端に鳴きやむなんて気味が悪いね」
「けど、幽霊だろうが、化け物だろうが、とりあえず害はなさそうだぜ」
「ばあ!」
「うわっ!?」
「ぴゃっ!?」
背後からの突然の大声に僕と桜島さんはその場で飛び上がる。
「あはは、驚きましたか?」
背後にスマホのライトを向けると、如月さんが悪戯に成功した小学生が浮かべるような笑みを浮かべて立っていた。
「心臓が悪い人だったら天に召されてたぜ」
この人、立ち振る舞いも、見た目も、話し方も大人っぽいのに、時々物凄く子供みたいなことするね。
「ほらぁ、如月さんが脅かすから桜島さんが立ち上がれなくなってるじゃない」
地べたでうつぶせになって、平泳ぎのような奇妙な動きをする桜島さんはきっと幽霊から逃げようとしてるのだろう。
「ボクはまだ発達途上ゆえおいしくないよおいしくないよ。お猫様、きっと下にいるレイラさんの方がおいしいはず」
「さらっとレイラちゃんを売らない。桜島さん、正気に戻るんだ」
「赤目さん、ボクは君と出会えて幸せだったよ。来世で会おう」
「生きるのを諦めてるんじゃないぜ。だから、如月さんだって」
僕がぺしっと桜島さんの頭頂をたたいて、彼女はようやく現実世界に戻ってきた。立ち上がってジャージについた誇りを払った桜島さんはジトっと如月さんをねめつける。
「如月さん、酷いです……」
「申し訳ありませんわ。でも、予想以上に驚いてくれてぼくたんちょっと嬉しいです」
腰まで伸びる長い髪の毛が蛇みたいに嬉しそうにうねる。
「お二方はこんな場所でなにをしてたのですか?」
「猫の鳴き声がしたからここに来たんだぜ」
「うふふ、赤目様はもしかしてぼくたんの怪談を真に受けちゃってますか?」
「ぼ、ボクも聞きました」
「桜島様、敬語はけっこうですわ。いつものように話してくださいまし。二人そろって猫の声を聞いたのですか。不思議なこともあるものですね」
「ちなみに、聞こえたのはたぶんこの部屋なんだけど、この中で猫を飼っているとかはないの?」
「ないはずですよ。ぼくたんもぜひ猫の声を聞いてみたいのですが、聞こえないですね」
「僕達が部屋に近づいたら聞こえなくなっちゃったんだぜ」
「猫さんも驚いて逃げちゃったんですわ」
如月さんも間違いなく幽霊を信じない人間だろうなぁ。
「気のせい、だったのかな……」と、桜島さんがつぶやく。
「また聞こえたら、次はぼくたんを誘ってくださいませ。一緒に確かめさせてください。あ、もしかしてぼくたんはお邪魔ですかね?」
「女の子同士でいちゃいちゃしてたわけじゃないよ!」
桜島さんが悲鳴じみた声を上げる。
「失礼いたしました。ぼくたん、いろいろありまして百合しか受け付けられない体になってしまいましたので、ついそういう目で見ちゃうんですよね。かっこいいボクっ娘とかわいいボクっ娘のカップルがこの世に実在していたら最高ですわ。もし、お二人がお付き合いし始めたら教えてくださいませ。きっとお似合いですわ」
言いたいことを一方的に言うと、エプロンドレスをはためかせながらくるりとターンして廊下を戻っていった。
「だから、違うよ」という桜島さんの否定の言葉は、きっと如月さんには届かなかった。
「僕達も行こうか」
踊り場にまで戻ってきた僕達は、ようやく一息をつく。結局原因はわからなかったけれど、ま、いいか。
「ところで、桜島さんはジャージを着てるけど、なにしてたの?」
「え、あー、そのぉ」
酷く歯切れの悪く、煮え切らない返事が返ってきた。
「もしかして、オーディションのダンス練習でもしてた?」
「うっ」
どうやら図星だったようだ。桜島さんのバツが悪そうな表情に僕は首を傾げた。
「隠すようなことでもないでしょ?」
「そうかもしれないけど、バレたくない……」
うつむきがちに桜島さんは答えた。
努力を他人に見せたくないタイプの子だったか。
「もし、努力して失敗したとき、あれだけやってたのに失敗したの? とか言われるのが嫌なんだ。努力をすることで他の人からの期待値が上がる。失敗したときの落差も大きくなる。ボクは、どうしようもない人間だから、失敗が多い。嫌なんだ。人の期待を裏切るのは」
今日会ったばかりだから<らしい>なんて使うのは間違っているかもしれないけど、実に桜島さんらしい考え方だった。そして、それは少しだけ共感できる。僕も、人から期待されるのは苦手だ。




