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この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね12

 それからひとしきり騒いだ後、桜島さんと何人かのボクっ娘がいなくなっているのにふと気づいた。知らないうちに、少しずつ自分の部屋に戻っていたみたいだ。対岸の三人組と話した後、基本的にレイラちゃんのバカ騒ぎに巻き込まれていたので気付かなかった。

「ふわぁあーあ」

 あくびが出た。部屋にかけられている時計を見ると、すでに日が変わりそうな時刻で、そろそろ寝ないとお肌に悪影響が出そうだ(無駄な女子意識)。

「そろそろ寝るよ」と、畳にその豊満なおっぱいを押し付けながらうつぶせになっているレイラちゃんに言った。

「えぇー!? もっとぼくとお話しするですます!」

「おじ――じゃなかった、おばさんはもう眠いよ」

「赤目っチのおっぱいはまだたれてない!」

 垂れるどころか、絶壁を保ち続けてるけどね。男ゆえに。

「まだまだ日はあるんだ。今日は寝かして欲しいぜ」

「今日は寝かせないですます?」

 ぱっつんと切られた前髪の下にある碧い瞳が、上目遣いに僕を見る。

 レイラちゃんはかわいいんだから、そんな誘い文句は言わない方が身のためだぜ? 理性の鎖に縛られた僕のフェンリルさんが唸ってるよ。

「仕方のないおっぱいですます」と、不満げに口をとがらせながら、畳の上をゴロゴロと転がるレイラちゃん。

「じゃあね」

「ばいちゃー」

 一階の宴会場を出て階段を上り、二階の踊り場に出た。そこで思わぬ人物と遭遇した。踊り場と廊下の狭間に桜島さんが立っており、廊下の奥の方を真剣に見ている。二階は使われていないらしく、廊下は真っ暗だ。昼間見た限り、この階にも人は泊まれそうなのだけど、どうして三階から優先して埋めたんだろう。

「桜島さん?」

「ひゃう!?」

 声をかけるまで彼女は僕の存在に気付かなかったみたいだ。心底びっくりしたようで、しりもちをついてしまった。彼女はさっきまで私服だったけれど、今は赤色のジャージを着ていた。

「なにをしてたの?」と、手を差し出しながら僕は聞いた。桜島さんは僕の手を取って立ち上がると身をすくませる。

「猫の……鳴き声が聞こえるの」

「猫……」

 耳を澄ます。

――にゃぁあー。にゃーん。

 鳴き声。うっすらとだが、僕の耳にも猫の鳴き声が届いた。

『銀閣温泉街には猫の幽霊がいる』

 レイラちゃんに背後から襲われたとき同様に、如月さんの創作が僕の脳裏をよぎる。

「これって、如月さんと赤目さんが話していた猫の幽霊……?」

 どうやら桜島さんは僕達のやり取りを聞いていたみたいだ。

 レイラちゃんの件もあるし、また勘違いだと思うんだけどなぁ! びっくりするからやめてくれないかな! きっと誰かの悪戯悪戯!

 と、自分に言い聞かせるけれど、原因がわからないのは気味が悪い。

「二階は使われてないし、なにか理由があるのかも……」

 桜島さんの言う通り、僕もその点は引っかかる。

「調べてみようぜ」

「この世の中に幽霊はいないと信じてやまない人間なんだ、僕は。怖いならここで待っててもいいぜ」

「ぼ、ボクは呪う価値すらない人間、ボクは幽霊にすら羨まれない人間、ボクは猫にすら蔑まれる人間……よし、ボクもいくよ」

 自分を奮起する方法がひどくネガティブだね。

「けど、手――つないでていい?」

「あ、あぁ、別に構わないぜ」

 女の子と女の子が手を繋ぐだけで深い意味はない。ないんだ。

 差し出された桜島さんの右手を左手で握る。この子の手は思ったよりも温かい。ジャージを着てるし、運動でもしてたのかな。ふっくらした出来立てのパンみたいな感触に感動を禁じ得ない。

 ぷるぷると僕の体は小刻みに震えた。

「赤目さんも、本当は怖いの?」

 震えてるのは怖いからではなくて、好みどストライクのボクっ娘と手を繋げているからだ。

「ぼ、ボクも頑張るから」

「うん、一緒に頑張ろう」

 僕の悪い心が暴走しないように頑張ろう。電灯の電源がわからなかったので、スマホのライトで廊下を照らしながら、一歩、一歩、暗い廊下を進む。ゴウゴウと雪が吹きすさぶ音と、ぎしぎしときしむ床の音だけがやたら大きく聞こえる。廊下にも暖房は効いているけど、それでも肌寒い。

 うっすらと聞こえてくる猫の鳴き声。その発生源は、廊下の終着点にある客室だった。他の部屋となんら変わらない味がある木の扉には怪しいところはなかった。

「たぶん、ここから聞こえてきてたよね?」

「うん。ボクもここだと思うよ」

 僕達が部屋の前に立つと、その音はぴたりと止んでしまった。試しにドアノブに手をかけてみるけれど、凍り付いたような感触が返ってくるだけだった。

 しばらく、二人で耳をすます。だけど、もう猫の声が聞こえてくることはなかった。僕達の気配を感じ取って逃げたのだろうか。

 天井を見上げながら桜島さんはすんすんと鼻を鳴らした。

「猫のにおいはしないね」

「綺麗好きな猫のにおいってわかるものなの? あのもふもふ物体に鼻をこすりつけてようやく太陽の香りが分かる程度なんだけど」

「鼻のよさには人並みに自信があったけど、たしかにわからないかも」

「わかったら本当のわんこだぜ」

「赤目さん、もしかしてボクのこと犬みたいって思ってる? ボクはわんこじゃないよ」と、不満げな桜島さんの握る手に力がこもった。まったく痛くなくて、それこそ子犬がするような甘噛みみたいだ。

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