この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね10
レイラちゃんがいなくなったらいなくなったで手持ち無沙汰になったので、すんすんとステーキのにおいを嗅いでは口に入れてもぐもぐとほおばる行動を繰り返していた桜島さんに話しかけた。
「桜島さんはどうしてアイドルになろうと思ったの?」
ごくり、と咀嚼を終えたお肉を飲み込んだ桜島さんは、むぅ、と考え込む。
「認められたいからだよ」
自己承認欲求を満たすため――というのはわかりやすいけれど、それ自体を目的として上げる人がいるなんてね。
「意外だぜ。もっとかわいい理由かと思ったぜ」
「期待に添えずごめんね。ボクはキミが夢見るようなボクっ娘じゃあないよ。期待に応えられないことに関しては定評があるんだ」
自虐的に笑う姿は妙に様になっていた。きっと日頃からこんな笑みを浮かべているからなのだろう。
かわいいのに、もったいない。
「赤目さんこそ、どうしてアイドルになろうと思ったの?」
「それはもちろん、きらきら輝くステージに立つためだぜ! だって凄いと思わない? たくさんのサイリウムが揺れる観客席をステージから見られるんだ。それは、間違いなく世界で一番の絶景だぜ!」
もちろん、これは事前に用意していた返し文句で、アイドルが夢見がちな子であって欲しいなという願望も混ざっている。
「まぶしい……。赤目さんは可愛いし、ボクよりよっぽどアイドルに向いてるね」
女子が他者にかわいいと言うとき、往々にして<自分の方が可愛いけど>の前置きが付くけど、この子の場合は本気で思ってるようだった。
「なにもないボクだけど、ちょっとだけかわいさには分があると思ってたから、<かわいささえあればなれるアイドルにならチャンスあるかな>なんて考えたんだけど、ダメかなぁ。ボクがオーディションを勝ち残れるように、赤目さんが失敗することを祈るよ」
半分冗談、半分本気で言ってるようだった。かわいければアイドルになれるというのは間違っているので訂正したかった。アイドルに真に必要なのは、人を惹きつける魅力だ。それは、見てくれだけじゃない。人なりや、立ち振る舞いが大事なのだ。
「ぼくは、ボクっ娘の王になっておっぱいもみほうだいするですます!」と、八幡宮さんに絡んでいたレイラちゃんが野望を暴露する。
「うっとうしい、離れなさいよ」
「もませてくれたら!」
「そこのくだらない夢を持ったあんた、こいつと仲がいんでしょう? どうにかしなさいよ。迷惑よ」
レイラちゃんと仲がいいと指名された僕だけど、会ってまだ一時間もたってないからね。
「僕の夢をくだらないなんて言う人の命令は聞きたくないぜ」
「事実じゃない」
「なら、僕の夢をくだらないと言えるほどの八幡宮さんの大層な夢を聞かせてもらおうじゃないか」
「僕ちゃんに夢なんてないわ。あるのは目的だけよ。金が欲しいからアイドルになる。ただそれだけよ」
「……」
「なによその目は。赤目のふわふわしたお幸せな幻想よりも、僕ちゃんや桜島の言うように、認められたい、金が欲しいの方がよっぽど人間味があるわ」
八幡宮さんの言葉は、僕の偶像を脅かすものだった。アイドル、理想像――僕は、夢を見すぎていたというのか? 八幡宮さんに断言されたダメージは思いのほか大きかった。
「さっさとこの子、どうにかしてくれないかしら?」
僕は言われるがままに、力業でメイちゃんかを八幡宮さんから引き離した。
そこで、三十路を迎えたにも関わらず、小学生じみた姿をした女将である彼方ちゃんがおずおずと部屋に入ってきた。




