ボートン茶会事件 前編
マチューセツ州ボートンの港
Aランク冒険者の山嵐は、正直この依頼を蹴りたかった。報酬の高さと連合王国の冒険者ギルドから後押しされていなければ、この場所にはいなかっただろう。それほどこの依頼は評判が悪かった。
依頼内容は単なる船の護衛、DやCでも充分対応できるものだ、本来なら。これが最近きな臭くなっている新大陸でなければ、どんな冒険者でも諸手をあげて依頼を受けていただろう。
新大陸の植民地では本国に対するヘイトが相当だと聞いている。無理はない、と山嵐は思う。理不尽な増税と課税をされれば、自分だって剣を取るだろう。これが直接自分に関係しない話であれば、本国の酒場で同情の杯を飲み干していただろう。
山嵐はため息をつく。外はすっかり寒くなってしまい、白い吐息は空へと不安定にのぼっていく。そんな山嵐の元に同じAランク冒険者の鼬がやってくる。
「やあ、山嵐。しけた面してんな」
「鼬・・・お前もわかるだろ。この依頼は外れだ」
鼬は肩をすくめる。
「依頼受ける時にわかっていただろ。今更さ」
鼬のいうことは尤もだったので渋々と肯く。
「新大陸で連合王国貿易会社の船を守る。オークの檻の中で女守って一晩過ごせと言われた方がマシさ」
そう言って、鼬は煙草を加え出す。
「おい、仕事中だぞ」
「獣相手じゃないんだ。それに、吸っていないと落ち着かない」
そう言う鼬に、もしや、と思って山嵐は顔を上げる。
「鼬、まさか・・・」
「ああ、今朝からさ。頭ん中がガンガン鳴ってやがる・・・ガーゴイルの群れに突っ込んだ時だって、こんなにはならなかった・・・」
鼬も山嵐も悪寒が凄かった。外の寒さとは別の寒さ、自分たちが窮地に立った時のそれよりも酷いものだった。鼬は煙草に火を満足につけることができず、舌打ちをしてシュガーケースにしまう。
「はぁ、報酬が弾んで、旨い飯を用意してくれる、おまけに屋根がついた寝る場所まで用意してくれる。普通なら当たりなんだがなぁ」
鼬は項垂れた。山嵐も同じように項垂れていると、突然、港の倉庫の一区画から爆発音が聞こえる。来たか、と両者は顔を突き合わせた。
「山嵐!お前はここに残れ!俺は迎撃に向かう!」
当初取り決めた通り、鼬は迎撃に向かう。鼬の魔法的にも、自由に行動させた方がいい。山嵐は首肯し、自身も魔法を起動させる。
山嵐の魔法は土魔法による硬化、特徴的なのは自身を硬化させるのではなく、今つけている白いマントを硬化させるというもので、真正面からオークに殴られたとしてもびくともしない。それにただ硬化するだけではない。
「いたぞ!」
どうやら敵がやってきたようだ。敵は新大陸の原住民族であるリザードマンが着ているような民族衣装を纏っている。頭には角と羽飾りがついているが、剣や盾を持って攻めてきているので、リザードマンではないと推測する。
(・・・おそらく冒険者!)
冒険者となると話は早い。リザードマンの固有魔法はないと判断し、自身の土魔法を発動させる。白マントに包まり、身を球体のように縮める。マントに敵の剣が当たった瞬間、石の棘がマントから飛び出て敵を刺し殺す。
「が・・・!」
「おい!大丈夫か!・・・あいつ、山嵐か!」
冒険者たちが警戒し、間合いを取る。
「お前ら、下がれ!矢で攻撃する!」
山嵐のことを知らない冒険者が矢を放つ。集団をまとめていた冒険者が止める前に、矢が放たれる。
「馬鹿!逃げろ!」
「もう遅い」
矢が当たった瞬間、山嵐の石棘が飛び出し、矢を打った冒険者の腹に穴をあける。穴をあけられた冒険者は苦しさに蹲り、それを見た冒険者の士気が下がっていく。追い打ちをかけるように山嵐はマントの中から声をかける。
「お前ら、冒険者だろ!今なら遅くない!投降しろ!」
それを聞いた冒険者たちに動揺が走る。勝ち目がないと思った何人かの冒険者はすぐさま逃げの姿勢をとる。しかし、それは悪手であった。山嵐の白マントから石棘が針山のように生えてきて、高速に回る球体のように回転を始める。それを見た何人かの冒険者は盾を構える。山嵐の球体は回転を保ちつつ冒険者たちにに突進し、盾を構えた冒険者たちをなぎ倒し、戦場を逃げた臆病者共の背を串刺しにした。
一方的な虐殺であった。盾を構えていた者は腕がへし折られ、剣を握ることもできない。これらはまだマシで、逃げたものは身を守ることもできなかったので、肉屋のくず肉のように分散してしまっている。
山嵐の魔法は土魔法のほかにもう一つ、風魔法も有していた。風の力で体を高速に回転させ、相手にぶつかる。土魔法の硬化と合わさって、凶悪な代物になっている。自身の身長が普通の男よりも小さかったので、本当に棘の生えた球体が回転しているかのように見える。この力で多くの難敵をなぎ倒し、山嵐という二つ名がつけられた。山嵐は元の位置まで戻り、マントから出る。
「どうする?まだやるか?」
山嵐は情状酌量の余地を与える。凶悪な魔法を持っているものの、山嵐は本来そこまで過激な思考を持っているわけではなかった。殺すなら殺されても文句は言えないだろう。山嵐が冒険者になって習ったことの一つだ。故に山嵐は自身の魔法を抑えることはしない。過剰といえども、殺しに来る相手なら誰でも全力で迎え撃った。
生き残った冒険者たちの顔が曇る。剣を握る手が緩みそうになった。
「ありゃ?もうやってる」
場違いな声が後ろから聞こえた。その声のせいで、冒険者たちの張り詰めた糸が弛緩する。あの女は自分たちと同じ突入組だ。しかし、自分たちが走っているとき、この女は散歩するかのように歩いていたのだ。最近話題になっている腕前と大鷲の推薦があったので少しは信頼していたものの、突入時に後ろを振り返った時の優雅なウォーキング姿を見て、ここにいる冒険者たちの信頼を失っていた。
「今更遅い!もうお前だけでもいいから戻れ!計画は失敗だ!」
「なんで?あんたは知らんが、私はやれるよ」
こちらの忠告にもかかわらず、女は首を傾げる。冒険者のこめかみに青筋ができる。
「状況を見ろ!あいつは山嵐だ!でたらめに強い!」
「?ああ、最初に言ってたやつか。じゃあ、私が殺しておくから先に行ってな」
こいつ、イかれてるのか?冒険者は女の神経を疑った。それができたら苦労していないのだ。
「大丈夫、今だったらあいつの横から抜けて船に行ける」
女はあっけらかんと言った。今はなぜか山嵐が動きを見せていないが、その横を通った瞬間ミンチになる未来しか見えない。
「だから!それができたら苦労しないと・・・」
「いいから黙って仕事をしろ」
女は無機質な瞳をこちらに向ける。悪寒が走る。この感覚はなんだ!?自分の命を握られたようなこの感覚は!?冒険者たちはあわてて山嵐の横を通り過ぎる。山嵐は不思議と攻撃してこなかった。通り過ぎるとき、ふと山嵐の顔を見ると、山嵐の顔面に鳥肌が立っていた。
冒険者たちが船に乗り込んでいく。すると山嵐の緊張感が解ける。警戒と困惑の目で女を見つめる。
「お前、本当に人間か?」
「うん、そうだよ」
山嵐は改めて女を見る。普通の男よりも背が高く、黒い紳士服の上に黒いコートを羽織っている。白髪で無機質な瞳。魔人種か?白眼が黒く、瞳孔が白い。クチバシマスクをつけ、左手をポケットに突っ込みながら、右手にさび付いた片刃剣を握っている。手を突っ込んだポケットからさびた鎖が出ていて、それが剣の柄頭につながっている。
おそらく今朝からの悪寒はこいつが原因だ。こいつの姿を見た瞬間、体の自由がきかなくなった。蛇ににらまれた蛙、強敵を前にした時の硬直のそれだった。冒険者たちが横を通り過ぎるときに止めようとしたが、なぜか体が動かなかった。そして冒険者たちが船に乗り込むときに硬直が解けたのだ。
「はじめまして、私は冒険者の滑稽顔。短い間だけどよろしく」
「・・・それを言ってよかったのか?リザードマンの襲撃にするんじゃないのか?」
「別に?誰にも知られずに済むから」
山嵐は警戒しつつも、思ったことを言う。滑稽顔?新大陸側の冒険者か?山嵐は護衛の前に襲撃に来る冒険者のことを調べていた。おそらくAかBの冒険者が襲撃してくると予測していた。大鷲、巨牛、海狸・・・これら有名どころが来るものと思っていたので、滑稽顔という名前に覚えがなかった。
(・・・相手の実力は未知数。おそらく剣士。だが、ポケットに突っ込んだ左手に暗器を隠しているかもしれない。いや、あるいはマスクが本命か?ポケットの手は何かの魔法の条件?)
山嵐が相手を分析していると、滑稽顔と名乗った女が答える。
「ひとつ。君の未来を言おう」
「?」
「君は5分後、痛みに苦しんで死ぬ」
山嵐は挑発と取った。そうであれば耳を貸す必要はない。
「君は頬に切り傷をつけられ、その傷をかきむしって死ぬ」
山嵐は憤慨した。山嵐は自身の持つ魔法に自信と誇りを持っていた。自分は今までこの守りを崩されたことがない。傷を負ったことなど一度もなかった。しかし、山嵐はAランク冒険者、すぐに怒りを抑え、先ほどの言葉を考察する。
(・・・頬に切り傷を負って、痛みで死ぬ・・・毒か!)
相手の話を信じれば、毒系統の可能性が高い。だからどうした。自身の守りは毒にも耐性がある。毒が回るよりも先に串刺しにしてしまえばいい。山嵐はすぐにマントで体を包み土魔法と風魔法を発動させる。高速回転した球体がその場に留まり地面を抉っていく。
「あー、そう来るか」
(・・・今更後悔しても遅い!)
山嵐は風魔法で急加速し、滑稽顔に飛びかかった。ところが、滑稽顔の立っていた位置から急に奴の気配が消える。山嵐は驚いた。
山嵐の魔法は、発動中周りの様子を眼で見ることができない。いままで回転しながら攻撃できていたのは、風魔法を使い、敵の匂いと音を探りつつ攻撃していたのだ。それが急激になくなる。山嵐は混乱した。魔法による迷彩能力でも匂いや音は消せない。まるで最初からいなかったかのように消える。山嵐にとって初めての経験だった。
「どうなってやがる!?」
思わず山嵐は回転を解除し、マントから出てしまった。
「こういうことさ」
すると背後から滑稽顔が現れ、頭に斬りかかってきた。
「・・・っ!」
間一髪で剣をよける。左頬が掠っただけだが支障はない。山嵐は再びマントに包まろうとするが、目の前の女が笑っているのに気になって声をかけてしまう。
「何がおかしい?」
「いや、だって予言通りになったでしょ」
「!」
「君は頬をかきむしって死ぬ」
今までよりも強い悪寒がした。この場にいては駄目だ。山嵐は実力のある冒険者だ。今まで依頼を投げ出したことなどない。そんな彼が初めて、稚児のように逃げ出したのだ。
「ありゃ、逃げるんですが。まあ、遅いんですが」
そう言いながら滑稽顔はポリポリと頬をかく。そして、ゆっくりと山嵐の逃げた方角に足を進ませた。
「・・・ああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
山嵐は何度目かわからぬ咆哮をあげていた。あの後、近くの倉庫に身を隠していたのだが、急に左頬から焼けるような痛みを味わったのだ。痛い、痛い、痛い!何度叫んでも痛みは治まってくれない。痛みで立つこともできない。
ポーションはすべて飲んだ。毒消し薬も飲んだ。呪い剥がしも使った。それでもこの痛みは軽減するどころか次第に痛みを増していく。
ついに耐え切れなくなった山嵐はポーションで治った頬をかきむしる。何度も、何度も、何度も、・・・。
「やあ、やってるね」
女の声が響く。山嵐は恐怖と自身の血で染まった顔で声の方向を向く。
「言った通りになっただろ?」
山嵐は戦う気力も残っていない。ただ自身の頬をかくだけしかできない。滑稽顔はしゃがみ込み、山嵐の様子を見つめる。
「恨んでくれて構わない。仇に看取られながら死んでいけ」
山嵐はその言葉に答えることができない。頬をかく指を止め、静かに仇敵の顔を見つめる。滑稽顔も無表情のまま死にゆく顔をただじっと見つめる。
そして、あたり一面に血痕を残し、連合王国のトップランカー冒険者、山嵐は静かな死を遂げた。