滑稽顔
ノースカロン州のとある街
衛兵はこの日変な肌寒さを感じた。
夜の帳があがり、朝陽が照らす。城の門は堅く閉じられ、門の外側で衛兵たちは思い思いに過ごす。
朝になったというのに、この寒さはなんだ?
衛兵は戦闘経験が豊富ではなかった。それなのに、今この瞬間は歴戦の戦士のように警鐘がなり続けていたのだ。
他の衛兵もそのことに気づいてか、顔を上げ始め、衛兵同士、互いの顔を見つめる。
すると、朝陽を背にして一台の馬車がやって来るのを発見する。この時衛兵たちは警戒態勢に入っていた。
あの馬車が原因かもしれない。衛兵は馬車を観察する。
それは随分と立派な馬車だった。貴族や大商人が乗るような馬車ではなかったが、普通の人よりもワンランク上の、それこそ立場のある人間が乗るような馬車だった。
御者をつとめるのは女で、相当な美人だ。医者がつけるようなマスクを口だけ覆うように着け、目は人形のように大きい。白眼にあたる部分が黒く、白い瞳孔がこちらを見つめる。
おそらく人種。予想は魔人種だろう。衛兵は当たりをつける。
衛兵は手を振って馬車を誘導させる。馬車は大人しく、衛兵の元までやってくる。
「ようこそ。身分証を拝見します」
「はい、どうぞ」
そう言って女は身分証を渡す。身分証にはシャーロットと書かれている。身分は医者のようだ。
「お医者様ですか、急患ですか?」
「はい、連絡があったもので」
そう言って懐から光を放っているペンダントを取り出す。このペンダントは医者のみが持つことを許されるペンダントで、何らかの原因で自身の手が離せない時、このペンダントに言葉を吹きかけることで、周りの医者を呼ぶことができるシステムになっている。
衛兵は納得した。医者は絶対数が少ないので、あちこちでこのペンダントが使われている。特にこの街のある医者は働きたくないからと言って、このペンダントを濫用しており、あちこちから医者を集めては、集められた医者から文句を言われているのだ。
かわいそうに。衛兵は先ほどの警戒を解き、女を観察する。髪は白髪で、その白い瞳は人間離れしている。男物の紳士服は改造したのか、女の豊満な胸部のそれをしっかりと包み込んでいる。座っているが、脚がかなり長い。立ってしまえば、おそらく自分よりも背が高いはずだ。
「もう、行っていいですか?」
「・・・っ、ああ!問題ない!貴殿を歓迎する」
衛兵は、開門!、っと言って門を開けさせる。馬車が中に入っていくのを見届ける。先ほどの警鐘はいつの間にか鳴り止んでいた。
門を潜り抜けた元少女は偽体を震わせた。
この日、冒険者ギルドはいつもと同じ、熱気に包まれていた。
あるベテラン冒険者は最近の大陸情勢を振り返る。ここ最近の新大陸は独立熱が渦巻いていた。新大陸はコロンボという商人が発見して以降、ユランジア大陸の各国は新大陸にまだ見ぬ価値を見出していた。多くの人間が新大陸に上陸し、土地を開拓していった。
開拓当初は難航し、本国からの援助も微々たるものであった。環境もユランジア大陸とは異なり、勝手も違う。モンスターもユランジア大陸と比べて協力で、そんな中で暮らす人々は互いに協力していく。
次第に人々も慣れ、新大陸での生活も慣れていく。安定した収益を獲得できるようになっていくと、面白くないのは宗主国である。イーランド連合王国はフューラン王国との度重なる植民地戦争によって財政を大幅に逼迫させ、財政赤字となる。イーランド連合王国は財政赤字解消のため、負担を植民地側に押し付ける。
新大陸に移り住んだ人間は怒り狂った。援助も碌にしなかった癖に何が増税だ!さらには開拓を制限する経済規制が発令され、植民地人の怒りは頂点に達していた。
その怒りを汲むかのように独立派と呼ばれる集団が台頭し始める。若い商人やわずかな土地しか持てなかった農場主、冒険者など、宗主国から干渉されない国をつくるという目的の下、その数を増やしていった。
冒険者ギルドもまた同じように独立熱が押し寄せていた。出ている依頼書は独立関連のものばかり、中には独立派に賛同しない農場を襲撃するというものや、宗主国へ輸出する貨物を襲撃するという過激なものまで出ている。本来、冒険者ギルドは政治的には中立でなければいけない。だが、独立熱はそんな冒険者ギルドの掟を吹き飛ばす。ここのギルド長ですら独立派なのだ。非独立派の人間はこのギルドにいなかった。
そんな時、ギルドの扉が開かれ、何となく扉を見る。とんでもない美人が入ってきた。髪は白く、長身で、黒い紳士服を着ている。豊満な胸部が男たちの目を引きつける。瞳は人形のように大きく、目の白い部分が黒く、瞳孔は白い。口は医者がつけるようなクチバシのマスクをしている。
あいつはやばい。自分の鍛えられた勘が言っている。あいつに触れるのは危険だと。自分以外のベテラン冒険者も同じことを思ったのか、お互いに顔を合わせる。調子に乗った新人冒険者が声をかけに行こうとするが、周りのベテランが「やめとけ」と言ってやめさせる。
女はカウンタに近寄る。受付嬢は少しぼーっとしていたが、慌てて元に戻る。
「あっ、ご用件を承ります!」
「冒険者登録をしたいのですが?」
「へ?」
受付嬢も周りの冒険者も驚いた。受付嬢や新人の冒険者は、おそらく女が冒険者の格好ではなく商人のような服装で登録しようとしていることに驚いているのだろう。一方のベテラン冒険者は違う見方をした。こんな実力を持ちながら、なぜ今まで登録していなかったのか。ベテラン冒険者は頭の中で様々な予測を立てる。
「それで、登録できるのでしょうか?」
「ああ!はい!問題ありません!」
問題は何もなかった。新大陸は常に冒険者不足で、質を問わず、数を求めている。ほぼ犯罪者のような者から訳あり貴族まで、家名を隠して名だけ登録やまるで偽名でも登録することができた。
「では登録の前に冒険者の説明をいたします。説明不要であれば省略いたしますが・・・」
「いや、お願いします」
受付嬢は女に対する評価を改める。普段、この説明は省略させられるのだが、結構大事なことも言っているので聞いてほしい、と受付嬢は常々思っていた。説明を聞いてくれるということで、受付嬢は女に良い印象を持ち始めた。
「冒険者ランクはF〜Sまでございます。最初はFランクからスタートします。依頼の功績によってランクは上昇します。ランクが上がればその分報酬の高い依頼を受けることができます。依頼難易度も冒険者ランクと同じように、F〜Sまでございます。冒険者ランクの一つ上の依頼難易度までなら依頼を受注することができます。最初の時はFランクとEランクの依頼を受注することができます。それよりも上の依頼を受注することは原則できません」
このように受付嬢は必要となる情報を詳細に教えていく。女も真面目に話を聞いてくれるので、受付嬢は気持ちよく説明をすることができた。
「・・・説明は以上です。何か質問はございますか」
「いや、今のところはありません。ご丁寧にありがとうございます」
そう言って女はお礼を言った。受付嬢は頭を下げ、では、と言葉を続ける。
「説明を終えましたので、登録に移りたいと思います。職業はどうされますか?」
職業は固定ではない。大体は剣士、槍士、盗賊、聖職者などを選択するのだが、自分で言葉を作ることもできる。魔法使いと剣士の組み合わせで魔法剣士、盗賊の亜種で暗殺者と書くものもいた。ただし職業はギルドの斡旋等で使用されるので、あまりにもわかりにくいものは斡旋しにくいという理由で推奨されない。そのことは先ほどの説明でも言われていたので、女は「剣士でお願いします」と答えた。
「では登録はこれで終わりですね・・・・・あっ!」
受付嬢はしまったという顔をしている。そして申し訳なさそうな顔をしつつ女に言う。
「最初に聞くべきだったのですが、お名前を教えていただけますか?」
女は、伝えてなかったなと思いこう答える。
「滑稽顔だ」
いかがだったでしょうか。
一話から六話までが序章です。
以降、毎日0時に一話投稿できるよう目指して頑張ります。