死体好きのお医者さん
夜の帳がおりた農道を馬車が走っている。御者をつとめる男を見ると、黒いマントを着て、顔には鳥のクチバシのようなマスクをしている。
男は医者であり、魔導技術者であった。
だが男はひどく歪んでいた。
男は死体性愛者であった。男は医者の権力を使い、死体を集めていた。その集めた死体を魔導技術で木偶人形のように動かし、嬲る。それが男の生き甲斐であった。
だが、いくら医者といえども、表立って死体を集めるわけにはいかない。評判で死体性愛者という事実が広まれば、今後医者として生活できなくなってしまう。男は回収しても問題にならない死体、つまり奴隷の死体を解剖目的とかそんな理由をつけて集めていた。
今回はいくつかある収穫先のうち、奴隷をよく使い潰すと有名な男が経営している農場にやってきた。男は使い潰した奴隷を農場脇の崖に投げ捨てているらしく、死体の損壊が激しい。だが、どの死体も瞳が抜き取られていて、口が裂かれた状態で見つかっており、明らかに落下で損壊したのではなく、故意に傷つけられたものとわかる。医者の男が言える立場ではないのだが、もう少し奴隷を大事にしたほうがいいと思った。
農場主の男が奴隷を潰すタイミングはわかっていた。男は少しでも機嫌が悪くなると、奴隷にそれをぶつける悪癖がある。自分の容姿を馬鹿にされたという理由だけで、翌日には立派な死体が崖下に落ちていたぐらいだ。今回も組合を出てくる際に、お気に入りのブランデーを手放さないといけないと喚いていたので、今頃崖下に立派な死体が落ちているだろう。
そんなわけで医者の男は今、農場主の男が経営する農場まで馬車を走らせている。そして今回は死体を回収するとともに、ある魔導具をテストするためにやってきたのだ。そう言ってポケットから2つのガラス球を取り出した。
これは医者の男が魔導技術を使って作った魔導具であり、瞳を失った死体の眼孔にはめ込むことで発動する義眼である。はめ込まれた死体は医者の男の言いなりとなる。これは男にとって最高傑作であった。義眼をはめ込まれた死体は医者の男と魔法でリンクし、死体は医者の男の指示しか聞かなくなる。また魔法でリンクされているので、男と死体が遠く離れていたとしても、死体の義眼を通して見ることができ、遠隔操作もすることができるという代物なっていた。
これがうまくいけば、わざわざ自分から死体を回収する必要もなく、遠隔操作で義眼を付けた死体に回収させるということもできよう。男は自分の頭の良さに酔いしれる。
そうして馬車を走らせていると、目の前に人が立っているのが見えた。医者の男は一瞬幽霊かと思い、馬車のスピードを抑える。だがいつまでたっても襲ってこないので、人間だと思い、注意深く様子を見る。
それは貫頭衣を着た白い髪の少女であった。右手に錆びた片刃剣と左手に錆びた槍を持ち、柄頭と石突を錆びた鎖でつないでいる。だが注目すべきはその顔だ。目にあたる部分に瞳はなく、眼孔がこちらを向いている。口は耳元まで裂け、まるで笑っているよう。
医者の男は農場から逃げてきたのだろうと推測する。あの男め、と思ってしまう。正直医者の男は自分の手で殺すことにためらいがあった。自分は死体を嬲るのが好きなのであって、殺人鬼ではない。男にとってそこは譲れない線引きであった。
しょうがない、いったん持ち帰って誰かに殺させよう。そう思い、医者の男は優しく問いかける。
「嬢ちゃん、どうしたんだい?」
少女は答えない。
「嬢ちゃん、農場の子だろ?大変だったね」
少女は答えない。
「大丈夫。僕が助けてあげるよ」
少女は答えない。
「さあ、おいで?」
男は馬車を少女の近くまで寄せる。馬車から少女に手を伸ばす。
すこし瞬きしただけだった。
その瞬間、少女の姿が消えた。
男は驚き、硬直する。その時、首が絞められる。
「・・・っ」
男は首を絞めているものを掴む。
(・・・あのガキ!鎖で絞めてきているのか!いったいその腕のどこから力が出てやがる!)
どうやら後ろから絞めてきている。とっさに医者の男はポケットにしまっていたメスで少女の腕を切ろうとする。少女は咄嗟に腕を引っ込める。その隙に医者の男は少女を馬車から蹴り落とし、馬車を走らせた。
(・・・あのガキ、イかれてやがる!あんな死に体でなぜ動ける!)
男は持っていた手鏡で首を見る。首に鎖の跡がついているのがわかる。
(・・・こんなに強く絞めていたのか・・・・・・・・・・・ッッ!)
突然、首が絞められる感覚が甦る。
「馬鹿なっ・・・・鎖っ・・・・もうっ・・・・ないっ・・・の・・にっ・・・」
首に鎖が巻かれているわけではない。それなのに首の鎖跡が次第に絞まっていくのを感じる。
(・・・まずい!このままだと、死ぬ!)
だが、男に対策することはできない。男の呼吸は次第にか細くなり、ついに、息絶えた。
男の馬車に少女が近づく。少女は男の死体に近づく。
「ん?」
男のポケットが膨らんでいることに気づき、物色する。それは二つのガラスでできた球体であった。おそらく義眼であろう。
眼の白い部分にあたる部分が黒く、瞳孔は白い。瞳孔は大きく、常に開いているような造りになっていた。これは都合がいいと、さっそく眼孔に入れる。するとサイズがぴったり合ったらしく、義眼の能力で周りの景色を眼でしっかりと見ることができた。
良い拾い物をした、と少女は喜ぶ。そして男の方を見直すと、何やら面白いものを顔につけているではないか。その形に少女は心を奪われた。
「これ、いいな」