岐路
農場主と呼ばれる男は奴隷小屋に入る。乱暴にドアを蹴って開けると、中で雑魚寝をしていた少女たちがびくっと震え、こちらを見る。
「お前とお前、今夜来い」
男に指をさされた少女に絶望感が襲う。いずれこうなることは理解できていた。最近は年長の少女が生贄にされていたのだが、今の時間になっても帰ってこないことを考えると、もう戻ってこないのだろう。
男はそんな少女たちの様子を見て、ひどく満足し、奴隷小屋を出る。
「おねえちゃん・・・」
一人の少女がぼそりと呟いた。
奴隷小屋から母屋に至るまでの道から、農場の様子を満足そうに眺める。夕日で真っ赤に燃える農場が男には黄金に思えた。
この農場にいれば、王になれる。最近では独立派とか非独立派とか騒がれているが、男にとっては正直どうでもよかった。男が所属する組合の方針が独立派であったので渋々従っていただけに過ぎない。
宗主国が増税を要求したとしても、奴隷に頑張らせればよい。それでもノルマが足りなければ自分が労働力を増やしてやればいい。増やし過ぎれば今日みたいに間引けばよい。あとは奴隷どもが勝手に新入りを育ててくれる。今までも、それでうまくいったのだ。これからも、それでうまくいくだろう。この農場が男の世界の全てだったのだ。
そんなことを思いながら歩いていると、道の真ん中に誰か立っているのが見える。
また組合の人間が金をたかりに来たのかと思って顔をそちらに向ける。
先ほど自分が猛りを、欲望をぶつけていた少女が立っていた。
男はひどく驚き、乱暴に声をかける。
「おい!お前!なんで牢屋から出てきた!」
少女は何も答えない。右手に錆び付いた剣(しかし片方にしか刃がない)と左手に錆び付いた槍を持ち、柄頭と石突を錆びた鎖が繋いでいる。眼孔をこちらに向けている。裂けてしまった口が笑っているように思えてくる。
男は苛立った。同時に玩具ができたと歓喜した。さて、今度はどんなふうに遊んでやろうか。そう思った男は欲望を膨らませ、少女に近づく。
男の上半身と下半身が真っ二つに分かれる。
「あひぇ」
男は事態が飲み込めなかった。少女が目の前から消えたと思いきや、自分の上半身がずれ落ちる感覚がした。男は倒れると同時に徐々に耐え難い痛みが襲ってくるのを感じた。
声にならない獣の叫び。男はただ叫ぶしかなかった。なぜ自分がこんなことに。自分は王様なのに。
そんな男を少女は目の前でじっと佇んでいる。その眼孔を男の顔に向けている。男は叫んでいるうちに少しだけ冷静になった頭で考える。先ほどまで立っていたあのガキが元凶に違いない!
「お前!こんなことをしていいと思っているのか!散々面倒をかけてやっただろう!」
「薄気味悪いガキめ!以前からお前のことが気に入らなかったんだ!」
「母親と同じ淫売の癖に!薄汚い奴隷の小娘め!」
「お前は悪魔の子供だ!そうなったのも神の思し召しだ!」
「しね、しね、しね!」
男はあらん限りの罵倒をぶつける。だが、次第に体力がなくなっていき、男は静かになる。少女は右手に持った剣についた血を男の服で拭う。少女は何も感じなかった。
自分の持っている剣と槍は、錆びててとても斬れそうにないのに、これ以上の業物はないと確信していた。自分のか細い腕で男を斬れた理由もわからない。男に気づかれずに背後に回れた理由もわからない。ただ自分ならいけるという自信だけがあった。
「おねえちゃん」
少女はその声に振り向く。一人の少女が、新たに年長の少女となり、農場主の欲望のはけ口にされるはずだった少女が立っていた。
元の姿とはかけ離れ、髪は老人のように白く、瞳を失い、口は獣のように裂かれ、人を一刀に真っ二つできるほどの怪力。
それでも、なぜかはわからないけど、目の前のあの人はあの優しく頭をなでてくれる憧れの人だと思った。
眼を失った少女は一瞬、小屋の蝋燭が一瞬暖かく思えた。世界が止まる。
「ごめん」
少女は出口へと向かっていた。肌寒さが少女の肌を蝕んでいく。
もう一人の少女は悔しさとやるせなさで涙を流していた。