人でなし
石でできた地下室の牢屋に少女が一人、両手を鎖に繋がれた状態で拘束されていた。
髪の毛は老人のように白い。だが注目すべきは目と口であろう。
目に当たる部分に瞳はなく、目蓋もない。黒い黒い穴だけが空いている。
口は耳元まで裂けており、裂けた部分から獣のように唾液が垂れ続けている。
少女は何も言わない。言えないのかもしれない。ただじっと黙するのみであった。
それを牢屋越しに見ている男がいる。男は葉巻に火をつけ、煙を深く肺に吸い込み、吐き出す。
「滑稽だな」
男は言う。充足感が体全体に染み渡る。手放したブランデーのことなど、すっかり忘れてしまうほどに。
「いい顔になったじゃねえか」
本来農場主としての立場から言えば、労働力を無闇に減らすべきではない。今回の奴隷はひ弱であったが、頭の良い子ではあった。しかし、ブランデーを失った気持ちを慰めてくれるのであれば、小賢しい娘を一人失ったところで何一つ痒くない。
「まあ、いいや」
そう男は呟いた。労働力を増やさないといけない。男は今夜母屋に呼ぶ人間のことを考えながら、舌を舐めずりつつ、地下牢を出た。
そして少女は深い眠りについた。
少女は深く深く落ちていく夢を見た。
・・・なぜ自分はこんな目に。
・・・生まれた時からあの男の顔ばかりを窺っていた。
・・・結局、自分のやりたいこともできない人生だった。
・・・そういえば私のやりたいことってなんだ?
・・・そもそもやりたいことをどう見つけるんだ?
・・・あの男のように金のことばかりを考えていればいいのか?
・・・あの男のように女のことを考えていればいいのか?
・・・あの男のように暴力、強ければいいのか?
・・・私のやりたいことってなんだ?
いつの間にか目の前に大きな粘体と汚泥でできた生き物が蠢いていた。
それを見ていると自分が自分でなくなるような、言葉に言い表せない不快感が身体全体を襲う。しかし、そんな不快なものなのに、目を離すことができない。
じっとその生き物を見ていると、二度と人として生きられないのかもしれない。
それでも少女は見てしまった。一瞬、脳が焼き切れる感覚がしつつも、最後まで見る。
少女は人でなくなった。