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突然ですけど、僕の友達の神谷純一君は、不死身です

作者: 植木枝森

 不死身とは、文字通り死なない身体のことである。そして僕の友達の神谷君は、何があっても絶対に死ぬことがない。

 かすり傷や怪我の治りが早いことは然ることながら、心臓を刺されようが、脳を撃ち抜かれようが、すぐに傷口が塞がる。車や電車に撥ねられたり、どれだけ高いところから落ちたとしても、何事もなかったかのように彼は起き上がる。腕や脚が切り落とされても、近くにあればすぐにくっつくし、なかったとしても再生される。それは、目玉をえぐり取られたり、爪を剥がされても同じこと。

 身体を挽き肉状になるまでバラバラにされたとしても、その肉片が寄り集まり、粘土の如くこねられて人の姿を形成する。体中から血を噴き出そうが、毒を盛られて意識を失おうが、次の瞬間にはケロッとしている。濃硫酸の雨を浴びて皮膚がただれてもその先から元に戻り、その身を焼かれたとしても、焦げた表面が剥がれ落ちて復活する。首絞めや水死、酸欠状態になっても、空気が吸えるようになればまた息を吹き返す。

 こんな感じで、神谷君の身に何が起きようとも決して死ぬことはなく、まさに不死身の存在だ。そしてなにより一番驚くべきことは、自分の身体にこれだけの危害が加わっても、神谷君自身は痛みというものを、一切感じないというところだ。これはもはや不死身を通り越して、無敵の存在と言っても過言ではないだろう。

 僕はある日、神谷君にこう言ったことがあった。不死身の身体なんて便利だね、と。しかし彼は、僕の予想に反してこう答えた。

「便利なものか。だって俺は死ねないんだから。どんなに辛く苦しくても、死ぬことさえも許されないんだから」

 そう答えた神谷君は、下唇を強く噛み締めた苦しそうな表情をしていた。

 そのとき、彼の家族関係はあまり良好ではなく、父親から日常的に暴力を振るわれていたとこを、僕は思い出した。そして彼は実際に、何度も自殺を測ったことがある。手首や首をナイフで切ったり、駅のホームに身を投げたり。校舎の屋上から飛び降りたこともあった。しかし結果はこの通り。それを思わせる傷跡も後遺症も、神谷君の身体にはなに一つ残っていない。

 例えこの地球が、いや、宇宙の全てが崩壊したとしても、きっと彼だけは生き残るのだろうな。なんて、そんな呑気なことを考えてしまうくらいに、神谷君の死んだ姿というものを、僕は想像することができなかった。

 それ以来、僕と神谷君はなんとなく口を聞くことがなくなり、高校卒業と同時に、すっかり疎遠となってしまった。

 そんな友人のことを、何で今更思い出しているのか。それは、僕が今いるこの場所と関係している。

 あるひとつの舞台の周りを大勢の人々が取り囲み、その舞台の上には大きな黒い箱があり、一人の男がその中へと入って行く。そしてもう一人の男が箱の蓋をしっかりと施錠すると、今度は大きなナイフをいくつも持ち出してきて、次々と箱に刺していった。観衆の中からは、動揺とも悲鳴とも取れる声が聞こえてくる。しかし、しばらくしてから男が箱の蓋を開けると、中から先ほどの男が、無傷の状態で箱から出てきたのだ。それと同時に周囲からは、歓喜の声と万雷の拍手が鳴り響く。

 さすがだな、と思いながら僕も手を叩く。ステージの横に設置された看板には大きく、こう書かれていた。

『神谷純一による、不死身のマジックショー』

 神谷君は舞台の上で、歓声の鳴り止まぬ観客に向かって手を振りながら、せかせかと次の演目の準備をしている。そしてその顔は、楽しそうに笑っていた。

 僕はあのときの、死ぬことができないと言ったときの神谷君の表情を、今でも鮮明に覚えている。死にたいほど苦痛な現実から逃げられない、死ぬことによる現状からの逃避が許されない。そんな自分の身体を常に憎み嫌っていた神谷君の姿。

 でも今の君は、こんなにもいい笑顔をしている。自分が不死身であることによって、こんなにもたくさんの人々に驚きと笑顔を与えている。

 僕はもう一度、彼に聞いてみたいと思った。

 不死身の身体なんて、便利だね。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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