番外編*メンヘラと病みかわとお薬と
「精神科の先生へ、メンヘラより」の番外編で逃避行その17に続きます。
私は薬の入ったビニール袋を、黒無地に白色で「おやすみ世界」と書かれたトートバッグにしまった。
バッグには眼帯をはめて手にはお薬の入っていた空の包装を持たせたテディベアの小さなぬいぐるみがぶら下がっている。
「ああ、今週もどうにか行き済ませた」
私は白いシフォンフレアスカートの裾をふわりと広げてバス停のベンチに座った。
今は3月29日で、だいぶ暖かくなってはきたものの、まだ少し肌寒い。
淡い紫と白のサテンブルゾンを白いTシャツの上に羽織って来たのは正解だった。
……頭が痛い。これは昨日図書室から借りてきた本の読みすぎだ。
私は首をまわした。
耳にはめているイヤリングがぶらんぶらんと揺れる。イヤリングにはピンクと白色のカプセルがぶら下がっていた。
今日の足元は白い厚底のスニーカーだ。薄いピンク色したオーガンジーの靴ひもが通され、ふんわりと蝶々結びされている。
バッグ以外は全体的に淡い色合いで空気に溶け込んでしまいそうだ、と自分で思う。
いっそ溶けて消えてしまえばどんなに楽か。
私は解離性障害と強迫性障害を患っていて週1で精神科に通院している。
解離性障害とは心の無痛症だと私は思っている。
ショックな出来事に関する記憶が飛ぶのだが、その時の嫌な気持ちは残り、知らない間に体を蝕んでいくのだ。
そんなこんなで今の精神科に行き着くまで、皮膚科、婦人科、胃腸科、耳鼻科……数えきれない程の病気をし、病院を点々とした。
……どこでも「原因は不明です。恐らくストレスからでしょう」と言われていたが、学生時代通っていた心療内科が相当な薮医者で薬漬けにされたトラウマがあり、精神科に通院するまでに相当な時間がかかってしまった。
病気ばかりしていたせいで10年程全く働いておらず、ニート生活を余儀なくされている。
警察を目指したり、フラワーデザイナーを目指して通学したりもしたが、怪我や閉校(通っていた専門学校が人数不足で潰れた)で諦めざるおえなくなった。
小さい頃から絵を描くことが好きだった私は今はもうない地方紙「ざ・ながさき」のイラストコーナーにイラストを7年間投稿し続けた。
そこでファンになってくれた方々から「漫画家になれる」と言われ、漫画家を目指していたけれど、練習や勉強があまりに辛くなったのと、漫画家には年齢制限があることを三十路の最近になって知り、諦めてしまった。
もともと読書が好きで読書感想文を書いていたせいか文章を書くことに関しては抵抗がない。そこで、今度は漫画ではなく小説を書いてみることにしたのだ。
……我ながら節操がない。
いい事もあった。
小説を書くために色々な本を読むことにした私は、家の近くの公民館にある図書室に通っている。
そこで親子ほど歳が離れた同性の職員さんと友達になったのだ。
今、私の右手の薬指には洒落た指輪が嵌っている。この指輪はその職員さんが手作りした指輪で、ゴロッとした大きな宝石型のレジンの中には綺麗なピンク色の貝殻や水晶のさざれ、紫のレジン液などが薔薇の花のように入っていてとても綺麗だ。
綺麗なものや素敵なものは私の心をひどく励ましてくれるし、「心の栄養」だと思っている。お守りだ。
今日の先生の診察ではその職員さんのお話をした。
この間、図書室を訪れたとき、職員さんの機嫌が何故か悪かったのだ。
私はてっきり自分が気付かないうちに何か失礼なことをしたせいだ、と思っていたし、せっかく仲良くなれたのに嫌われたのではないかとすごく不安になっていた。
「あなたはよくも悪くも心が子供のままなんですよ」
先生からそう言われた私は内心ムッとした。
「それは……私の心が未熟で幼稚、ということですか?」
私はわざっと、しゅんとした様子でそう言った。
「うーん、そうだなあ……例えば小さい子供は周りの機嫌が悪いと原因が自分でなくても「自分が悪い」と思い込み、客観的に周囲の状況を把握できないものなんです。
何でもかんでも自分が悪いせいがするのはあなたの心が子供のままだからですよ。
もっと自分だけに目を向けるのではなく、周りのことをよく見るようにしてください」
…………私は自分のことしか見えていない、自己中心的な子供?
私は持っていたゴルチエの定期カード入れの角でベンチを軽く叩き続けた。
なんだか納得がいかない……モヤモヤする。
そうこうしているうちにアーケード行きのバスがやってきたので乗車したが、心は晴れない。
あまりに気分が悪かったので、すぐには帰らずに浜ブラ(浜の町アーケードをブラブラすること)することにした。
今日は平日の木曜日だというのに人が多い。
年寄りばかりかと思いきや高校生や中学生なんかの若者が多いのは春休みだからだろう。いくらかは私と同じようなニートも混じっているに違いない。
こういう、若者が多い空間は苦手だ。
「見て見て、あれ。恥ずかしくないのかな~?」
擦れ違った女子高生らしき2人組が私の「おやすみ世界」バッグを指さして笑っていた。
正直こんな田舎出ていきたい。
東京だったら一々こんなことぐらいで馬鹿にされたりしないだろう。
気晴らしに浜ブラしていたはずが、ひどく嫌な気持ちになった。
私はひどくイライラしていたから、通りすがりに「キモッ!」と言ってきた男を睨みつけた。
私のメイクは通称「病みメイク」ですごい迫力がある。
男は怯んで逃げていった。
……ざまあみろ。
あまりにも道端で馬鹿にされることが多かったので、最近はバチバチにメイクしている。
そうすると馬鹿にされるどころか人は私を避けて通るから面白い。
見たい店を回り終え、帰りのバスに乗ったが、やはり満員だった。
私は運良く座れたけれど。
こんなにたくさんの人がいても、関わり合うことはほとんどない。
ただ、声をかけて友達や恋人になれば孤独にはならないのに。
そう思うとなんだかおかしい。
1人でいる時よりも、大勢の中に1人でいるほうが寂しさを感じる。
私はぼんやりと景色を見る。
桜が満開だ。
なんだかバスの振動と春の気温が心地よくて私はうとうとしはじめた。
眠い。昨日遅くまで本を読んでいたせいだ。
うとうとしながらも、先生に言われた腑に落ちない言葉について考える……。
私はどうして「何でも自分のせい」だなんて思うようになったのだろう?
先生は「よくも悪くも心が子供のままだから」と言ったけど、違う。子供の頃の私は「何でも自分のせい」だなんて考えもしていなかった。
我が強くて、何でもかんでも人のせいにしたがるタイプのとても我儘な子供だった。
いじめによる洗脳だ。
何も自分に関係のない事でも私が悪いことにされたり、濡れ衣を着せられたりした結果だ。
このことは今度の手紙に書こう。
それより今はとても眠いから少しだけ…………。




