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8話 -Side story 大司教バレルの事情- 

大司教バレルのサイドストーリーなのでスキップしても本筋には影響ありません。

 

 テンスター国プーチャル教大聖堂 -------



 大司教バレルの喉はカラカラに乾いている。


 その原因は目の前にいる総大司教パトリアルクス。大司祭であるバレルよりも2階級上役に位置するプーチャル教の重役。


 雨が強く降り注ぐある日、自室で日課となっている寄付金の勘定をしていると、強烈に扉をノックする音で椅子から飛びあがった。普段から周りの者たちには、重要な用がある時以外は手をかけさせるなと厳命しているから、油断しきっていた。


 それに加え、寄付金がいつもよりも少なく不機嫌であったため、ノックの主を怒鳴りつけようと考え立ち上がり、扉を開こうと手を伸ばしたがその手は空を切った。


 そして勝手に開けられた扉に立っていたのは、誰あろう総大司教パトリアルクスだった


「パトリアルクス総大司教!一体どうなさったのですか!?」


 2mはあろうかという長身と引き締まった分厚い体、日焼けした肌に白い歯そして短く刈り揃えられた金髪。その体躯は、冒険者と比べてもそん色ないほどに引き締まっている。


 自分だけでなく他者にも厳しいその姿勢は、プーチャル教会組織内でも恐れられている。父も敬虔なプーチャル教の信徒であると同時に、総大司教まで上り詰めた教会の幹部であり、生まれながらのエリートと言って差し支えないだろう


 その引き締まった体を見るたびに、バレルは自分の弛みきった腹を見て自己嫌悪に陥り、叱責されているような気になってしまい脂汗が出てくる。


「バレル大司教、いきなり訪ねてきた申し訳なかった。今、時間はあるかね?」


 その表情はにこやかだが、その存在は威圧的と言ってもいいほどで、鋭く冷徹さを感じさせる目は少しも笑ってなどいない。


 総大司教が訪ねてきたとなれば、重要な用事があろうともそんなものは弾き飛ばすしか選択肢はない。それをわかっていながら「時間はあるかね?」などと聞いてくるパトリアルクスのいやらしさを感じてしまう。


「もちろんで御座います。パトリアルクス総大司教様の前にはすべてがひれ伏すのみです。ははははは・・・」


 脂ぎった顔を必死に取り繕ってゴマをする。


 バレルは典型的な弱者に強く強者に媚びへつらう性格であるが、教会内でのさらなる権力を欲している彼にとって、パトリアルクス総大司教はゴマをするに値する存在において最上位に位置すると言っても過言でない。


「それは重畳。君はなぜ私が訪ねてきたのか疑問に思っているだろうね。」


「さすがはパトリアルクス総大司教様、その通りで御座います。さあさあまずはこの椅子にお座りになってくださいませ」


「ああ、悪いね」


 バレルが指し示した椅子にパトリアルクスはどっかりと腰かけた。


 これはこの国一番の職人に特注で作らせた椅子で、大金貨5枚もする高級品である。椅子は座る人物を選ぶようで、立派な体格をしたパトリアルクスに良く似合っていてバレルはひそかに劣等感を感じた。つい先ほどまでは世界でもともこの椅子に相応しいのは自分だと思っていたが、まるで見当違いな考えだと思い知らされた。


「ところで今日訪ねてきたのはね。バレル大司教」


 足を組みひじ掛けに両手を置き、悠然とした態度で堂々と語り始めた。


 住み慣れた自分の部屋だというのにとてつもなく居心地が悪い。なにかパトリアルクスの気に障るようなことでもしてしまったのだろうか。あるいは待ちに待った昇進か?それとも金を借りにでも来たか?


「君にちょっと頼みたい案件があっての事なのだよ」


 もったいぶるように、こちらの顔色を見ながらゆったりと話し始めた。その様子を見せつけられているバレルの心に、とてつもない不安が押し寄せる。


 今日のパトリアルクスの雰囲気はいつもとは違う、何か異様だ。


 それにこのようなこと今までに一度たりともなかった。簡単な話ではないだろうという嫌な予感で、喉が大蛇に締め付けられているように苦しい。


「パトリアルクス総大司教様の頼みとあれば何なりと」


「そうか。そう言ってくれると思っていたよ」


 スポーツマンのような爽やかな笑みを浮かべながら手を叩き喜んだ。だがその笑顔はまるで大蛇のようだとバレルは思った。


 獲物として見られているのか?「何なりと」とは言ったが自分の得にならない様な事であれば何かいい理由を見つけて断らなくてはならない。だがそれは至難の業だ。


 そもそもいくら彼の父親が総大司教であったエリートとは言っても、このプーチャル教でのし上がることは一筋縄ではいかない。


 数多の人間が権力を欲するこの世界でのし上がるという事は、まるで人間の汚い部分を煮詰めたような世界で生きていくという事であり、それを嫌悪し出世を諦めるものも数多くいる


 ただしバレルは違う。どんな汚い手を使おうとも上に行く。その欲望だけは誰にも負けない自信がある。自分はこの世界の頂点に立つにふさわしい人間だと確信しているのだ。


 全てを


 全てを手に入れる


 この世界の全ては私のものだ


 その邪魔をするなら総大司教とて敵だ


 私を都合のいい獲物と考えて食らいついてくるのなら容赦はしない。あらゆる手を使って逆に喰らってやる


「そう肩ひじを張らないでくれ。簡単な案件なんだ、これをある人物に渡してくる。それだけでいいんだ」


 バレルの緊張を感じ取ったように、苦笑いしながらポケットから取り出したのは白く美しい箱。凝った金細工で装飾されたそれは、それだけでも相応の価値があるだろうが問題はその中身だ。バレルには想像もつかなかった


「これは一体・・・」


 わざわざ総大司教が来て何を言うかと思ったら、お使いのような仕事。だがそんなものは下男にでもできる事。目の前の男は論理的に行動することを重要視する人間だ。それなのにこんな仕事を自分に持ってくるというのはおかしい。


 とすれば、この箱が途方もない代物であるということだろう。だから下男には任せられないのだ。



 怪しい


 とてつもなく嫌な予感がする


 一体何なんだあの箱は


 考えているんだこの男は


 私に何をさせようとしている?


 なぜ私の所に来た?


 私に何をさせる気だ



 バレルは真意を見抜こうとように全神経を集中させパトリアルクスの表情を凝視した。そんなバレルの思いを感じ取ったかのように、相手は観念したかのような顔をして口を開いた


「ふぅ、これは完全に機密情報なのだが・・・」


 顔が変わった


 威圧感が増し背筋に寒気が走った


 恐怖心が湧き上がってきた


 どれほどの人間を沈めてきたのだろう。それはまるで邪悪な彫刻のような顔だった




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