4話 -ターゲット-
「さあさあ、大司教様もう一杯どうぞ」
いつもは自然の音しかしないココクロ村の夜。しかし今日は夜中を過ぎても酔っ払いの声が響き渡る。
村人たちは冬に向け仕事が山のようにあるので休めるときにきちんと休んでおかなければならない。
しかし相手が大司教一行とあっては文句をいうことは許されない。ただこの迷惑極まりない時が早く過ぎ去るのを待つばかりである。
酒で顔を赤く染めた男たちが大声で歌を歌ったり冗談を口にしたり、彼の偉大さやプーチャル教のすばらしさを語りながら酒を次々に注いでいる。
「バレル様のおかげでプーチャル教はますます繁栄の一途ですな。さあもう一杯飲みましょう」
大司教バレルはすっかりと酔っぱらっていた。村に娯楽が一切ない事と、旅がもたらす解放感のせいだ。
なかには質素で慎ましやかな生活をおくりながら、教義が人々に幸せをもたらすと真剣に考えている教会関係者もいることはいる。
しかし大司教の豚こと、オガアクル・ド・バレルは当然のことながらそんな素晴らしい志を持った聖職者ではない。誰よりも金と権力を望み、それを手にするためにこの職を選んだ。
そんな彼がこんな寂れた村に来たのは、密命を受けての事。教会上層部から極秘の品物を預かり、それをある人物へと受け渡す為だ。
ココクロ村は旅の中継地点の一つとして立ち寄ったにすぎない。ここから先は荒野と岩山が多くテントでの寝泊まりとなるため、何もない村であっても野営するよりは遥かに良い。
しかしながら悪いことばかりではない。普通の旅人とは違い大司教の旅であるから、一般庶民では口にすることができない、高価な酒も飲み物も馬車の中に山のように積まれている。
「おお!ブリリアントポークの串焼きが来ましたよ大司教様」
「これは25年物のトアーメワインです。上物ですよコレは」
大司教バレルは世界で最も信仰されている「プーチャル教」に属している。プーチャル教は日々布教活動に勤しんでいるが、ただそれだけの組織というわけではない。
教会が悪と定めた相手に対しては戦争も厭うことはない苛烈さをもった組織なのである。
かつてプーチャル教の信仰を認めない国と大規模な戦争に発展し、圧倒的な資金と死を恐れない兵を率いて圧倒し勝利した過去もある。
事件のあらましは全世界へと広まり、そのあまりに強大な戦力に他の国々は震えあがった。この事件はプーチャル教の勢力をさらに広げていく大きな転換期となった。
それほどの巨大組織の大司教であるから、この旅に選ばれた者たちはこの機会を利用してなんとか大司教に気に入られたいと思っていた。
時間が経つごとに、顔を真っ赤にした男たちは抱き着くようにバレルに密着している。
「もういい!私は小便に行ってくる」
声を張り上げた。
「それなら俺も」
「俺も丁度いきたかったところです」
「私も一緒にいきます」
チャンスとばかりに、ほどんどの男たちが一斉に立ち上がった
「ついてくるな!小便くらいひとりで行けるわ!まったく、なぜお前たちの様なむさくるしい男達ばかり近づいてくるのだ!」
「しかし、本当に丁度小便に行きたくなったんですよ」
「俺もです、本当です」
「黙れ!」
男たちはバレるが本気で怒っていることに気付かないほどには酔っていなかった。
「付いてきたら首を刎ねるぞ」
冷え切った宴会場のなかをバレルが立ち上がる。
「全く、なんなんだこれは、宴会に女が一人もいないとは世も末だ」
壁に手をつきながらふわふらの足取りで出口へと向かった。
当初の予定では村のキレイどころをここに呼ぶ算段であったのだが、女性たちに露骨に嫌な顔をされたうえに、バレルの眼に止まる女もいなかった。そのため男だらけの宴会となっていた。
ぶつぶつと文句を言いながらドアを開けると、夜の冷えた風が吹きつけた。
「良い風じゃないか。おっとっとっと」
僅かに足を取られた。
彼が普段歩いている王都の石畳とは違い、石ころが転がる土の地面との違いが新鮮に感じられる。
少し楽しい。
歩きながら空を見上げると満天の星が真っ暗な空に光っていてとても美しく感じた。普段の生活ではなかなかこうして星を見るなどという事は無い。
「田舎も悪くないかもしれんな」
村の周囲には雄大な森が広がっている。その大自然を見ているとささくれ立ちまくった心が癒されていくのを感じて、ついついらしくもないことを口に出してしまった。
「どこでするか」
村にも一応、便所があるのだが昼間利用した際に、臭いのキツさと驚くほど大きな虫が出たので、とても使おうとは思わなかった。
それに辺りは暗く村人たちは寝静まっているので昼間とは違い人目を気にする必要もない。
「あそこがいい!あそこならさぞや気分がいいだろう。星を見ながら散歩というのも悪くない」
目を付けたのは村から数分の所にある崖。あの崖の上からするのはさぞ気分がいいだろう。
バレルは歩き出した。
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