32話 -KISSは風の中で-
黒部 圭太:何も知らずに異世界に飛ばされた、少し馬鹿でかなり生意気な少年。最初の村で無能と宣告され、追放された。相手を「無能」にするスキルを持っている。種族は悪魔。
安倍 薺:何も知らずに異世界へと召喚された勇者の少女。
異世界の空は抜けるような青をしている。
白い雲が点々と様々な形を作っているが、あまり動いていないので、上空はきっと風があまり吹いていないのだろう。
光輝く短剣を持ち、舞うかのような優雅さで生首を生み出していくのは、黒真珠のような黒髪を持つ色白の少女。
勇者 薺。
最初は一匹のゴブリンだけだった。それが戦いが戦いを呼び森の奥から次々と多種多様な魔物が飛び出してくる状況になっていた。
もうすでに一時間以上たったひとりで戦い続けている。しかしその表情に疲労感は無く、淡々と、的確に、輝く剣筋で敵を始末していっている。
最初は溢れるように出てきた魔物の数が減って来た。勝ち目のない相手だとようやく理解したのか、単に周辺に魔物がいなくなったのか。
丸太のような棍棒を持つ巨体の魔物の首が落ちたところで、周囲に魔物の気配が無くなった。
小さく息を吐いて、光輝く短剣を鞘へともどす。
勝利。
目の前で繰り広げられた一方的な戦闘は、見事に薺の圧倒的勝利によって幕を閉じられた。
強い。
黒部 圭太が寝たまま拍手すると、少女は無表情の中にも少しだけ口角が上がっている。
文句のない戦いぶりだった。戦う姿が舞うように見えたのは、動きに一切の無駄が無いからだろう。戦闘という本来野蛮なものにおいても極めれば美しさを持つのだと教えてくれた。
それはいい、すばらしい。文句のつけようもないほどなのだけど、一つだけ気になったことがある。
それは薺の持っている短剣のこと。
普通の短剣だったはず。それなのに薺のが手にしている間中淡き光りを放っていた。新月のような清らかな光に包まれ、普通の短剣が聖剣みたいに見えた。
しかも見た目の問題だけでは無くて斬っても斬っても刃に一滴の血も付着していなかった。生き物を斬るとその油で剣の切れ味が悪くなると聞いたことがある。
勇者が持った剣は常に最高の状態が保たれ、血で汚れる事が無いから、永遠に斬り続けることが出来るってのか!?
ズルくねえか?
しかも汚れていないのは剣だけじゃない。出会った時からずっと雨と風と野宿という劣悪な環境に一緒にいた。そしてさっきまで血潮がばんばん飛んでいたのだ、それなのに、それなのにーーー。
色白できめ細やかな肌、首元にリボンのついた白いシャツ、そしてひざ丈のスカート。そのどれとして汚れ一つ見当たらない。
髪の毛もツヤツヤ、サラサラで、太陽の光が髪に反射して天使の輪っかを作っている。まるでシャンプーのCMみたいだ。
ズルい、ズルすぎるだろ、勇者。
こっちなんか汚れと汗で、野生のイボイノシシみたいな匂いがするんだぞ!髪の毛もベットベトで「ゴハンですよ」状態だっつーの!同じ転生者のはずなのにどうしてこうも差が付くのか理解できない。
ふたりとも清潔か、ふたりとも不潔にしといてくれよ。もしくは百歩譲って俺だけが清潔でもいい。とにかく今の状態は納得できない。言ってもしょうがないから言わないけどさ。
「!」
息を呑む少女の声。
「どうした、薺」
驚き戸惑っている心の内が伝わってきた。これが主従の関係になったことで生じた変化。彼女の感情と思考がなんとなく分かってしまうのだ。
光り。
淡き光りの柔らかな靄によって薺が包まれている。そして3秒くらいたった後で、ポップコーンのように光が弾けた。
「これは………」
薺の力が増した。
息を呑むほどに以前とは変わっていた。彼女の姿かたちは何ひとつ変わらない。日本の学生服を着た黒髪の少女のまま。それなのに存在感が増した。
「レベルアップだ」
当然と言えば当然、あれだけの魔物をたったひとりで倒したんだから、そりゃあレベルは上がるだろうさ。
しかし、納得できないこともある。
汚ねーぞ!!勇者。
俺がレベルアップした時なんか、とてつもなく痛くて、苦しくて、盲腸になったかと思ったんだぞ!そんで気絶したんだぞ!それなにの勇者様は「!」だけで終わりかよ。あり得ねー、ふざけんな、なんだそれ!
ブン!!!
振るった短剣の一閃は先ほどとは段違いの鋭さ。もはや剣先が確認できない。軽く振っただけで、風が巻き起こり近くの木の枝が揺れていた。
驚いたような表情を浮かべる薺。何が起こっているのかわかっていないようだ。
「良かったな。さっきの戦いでレベルが上がったらしい………つまり強くなったってことだ」
あまり教えない方が良いかもしれない。もし自分が強くなったことを知ったら、反抗しようとしてくるかもしれない。隷属のスキルで縛ってあるから大丈夫だとは思うけど。
「………」
不思議そうな顔で見られている。
「ゲームとかだと敵を倒すと強くなるんだよ。そういうのをレベルアップって呼んでるんだ。そうやって強くなっていままで倒せなかった敵を倒して冒険するんだよ、ゲームって」
ペラペラと喋ってしまった。薺に真っ直ぐに見つめられると、なにか言わないといけないような気になってしまったんだ。
別に威圧されたりしているわけじゃないんだけど、子供の頃にいたずらが見つかった時みたいに、落ち着かない気持ちになるんだ。
「薺は前より強くなったんだよ、よかったな」
「………」
少女は嬉しさを感じているようだ。
そして多分少女はゲームをあまりやったことが無い。レベルが上がったと言ってもピンと来てない感じがしたので、分かりやすく言ってみたら伝わったようだ。
ブン!!!
ブン!!!
ブン!!!
嬉しそうに剣を振る。
しかし凄い、これは強い。薺はただ嬉しそうに剣を振っているだけなのに風が巻き起こっている。
あの時、勝てたのは奇跡のようなものだ。もう一生勝てないのかもしれない。勇者、やはりそれは特別な存在なんだ。
ブン!!!
ブン!!!
ブン!!!
風がますます凄くなってきた。自分でも自分の変わりぶりに驚いて、楽しくなっているように見える。前までできなかったことが出来るようになっていることが楽しい、みたいな。
風というよりも旋風と言った方が良いかもしれない。地面の草や太めの木の枝まで揺れるほどだ。
黒部 圭太は吹きあがる風の中で梅干しみたいに顔を顰めている。
それは彼がいま風邪を引いて、地面の上に寝込んでいるから。つまり顔の位置がとても低い状態なのだ。
風は小石や千切れた草を運んできて、圭太の顔にバンバン当たる。呼吸もすごくし辛い。巻き上がった砂ぼこりが口の中に入ってきてジャリジャリするから。
コロン。
首が転がった。
それは勇者が斬り落とした生首。森から大量に出てきた魔物達は全部首を斬られたので、ふたりの周囲にはそこいらじゅうに生首が広がっている。
圭太は出来るだけ見ないようにしていたのだけど、これだけ転っていたら、もう見ないわけにはいかない。
梅干し顔のまま、目線と同じ高さで生首が転がるのを見る。
コロン、コロン、コロン。
一度転がり始めるなかなか止まらず転がり続ける。生首は丸く風は強い。切断面からは血が飛び散っている。
最悪の光景だ。
おい薺!何をしてるんだこの野郎、強くなって嬉しいのは分かるけど、周りを見んかい!
ここは一発、怒鳴りつけてやる!俺は主人なんだから、俺のことを一番に考えて行動しろや!
ガツンと言ってやるか。
うん………。
けどまああれだな、薺はいま剣を持ってるな………。散々魔物の首を切り落としてきた光輝く剣が。
逆切れ?
いやいや勇者がそんなことするわけないだろ。注意したらキレて襲い掛かって来るなんてそんなの駄目だろ。ちゃんと誰が主人なのか教育してやらないといけない。
今回は止めておこう。嬉しそうだし、もう少ししたら多分、自分から止めるだろう。
風はますます強くなる。風が風に押されて勢いが増して行くから。
首は転がり、首と首がぶつかり合う。
ビリヤード、あるいは、ピタゴラスイッチ。
最悪すぎる。
NHKは絶対に放送しないだろう。さすがにもうそろそろ止めてくれないかな。寝ている所から見ると迫力があって気持ち悪すぎるんだけどな。
コロン。
コロン。
ガン。
コロン。
「んあ!?」
ひとつの生首がこっちに向かって来た。緑色をした狡賢そうな顔をした魔物。
生まれて初めて見た魔物。
たぶんゴブリン。
俺のことを最底辺の食料扱いして、見下してきたあいつ。
やばい。
近い。
来るな、こっちに来るな。
ぶつかる!
目の前が緑一色に。
Chu
唇に柔らかく、そして少し暖かい感触。
「ぶふぉーーーーーーーーーーーー!!!!!」
それは異世界に来て初めてのKISSだった。
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