229話
アリルはゆっくりと一歩踏み出した。
「アリル様、どうかご無理なさらずに」
「はい」
久しぶりに足裏に感じる地面の感触に心臓が高鳴る。
「あ」
痛みが無い。
「アリル様!」
「大丈夫です、痛みはありません」
「アリル様ーーーーーーーーーーーー!!」
歓喜の雄たけびを上げるサーバントの横でアリルは、あまりにもあっさりと思い描いていた目標が実現したことに現実感を感じなかった。
「こんな感じなんだ」
もう一度自分の足で歩きたい、走りたい。突然現れた見慣れぬ顔立ちの男からもらった見たことのない奇妙な味の飲み物、それを飲んだ日から体調は日に日に改善していった。
一歩踏みだし二歩目を踏み出した時、背中に痛みが走った。
「うっ」
「アリル様!」
サーバントが支える車椅子にゆっくりと腰を下ろす。
「でも、歩けた」
久しぶりの感覚にようやく喜びが押し寄せてきた。
「歩けたぞーーーー!!」
静かな病室にアリルの叫びが響いた。
〇●〇●〇●〇●〇●
「すいませんケイタさん。まだ使えないと思います」
「そうかお前の特殊スキル「変化」というのを試してみたかったんだけどな」
「すいません」
「いや、謝らなくていい。気持ちは分かるぞ、俺も怪我をしていたときは負担の大きいスキルは使えなかったからな」
無能を使おうとした瞬間、背中に激痛が走って反射的にやめてしまった時のことを思い出す。あれは脳からの危険信号だと感じた。
「体調は良くなったんだろ?」
「そうなんです、あの飲み物を頂いてから調子が良くなりました。本当にありがとうございます」
「それでどうする?ハレルヤには行くか?」
ハレルヤとはノブナガたちがいる隣の国の都市。
「いいんですか?まだ「変化」は使えないんですが」
「それはいいんだ。今日はあの六輔が素晴らしい料理をふるまってくれる日だから人数が少なすぎると盛り上がりに欠けるから、お前も来れるなら来てくれ」
「本当ですか!?ずっと楽しみにしていたのですごく嬉しいです。サーバントさんもいいですか?」
「もちろんだ」
「ありがとうございます」
あの日、病室で大暴れしたのとは別人のようなサーバントが頭を下げた。
「ルルカさんもいるんですか?」
「もちろんいるだろうさ」
「そうですか………」
顔を赤らめている姿はまるでラブコメのようだ。
「これも試してみるか」
黒渦から人差し指くらいのプラスチックの容器に入った液体を取り出した。
「これは?」
「ダンジョン塔からでた体にいい飲み物だ」
「ええ!?」
「俺は毎日飲んでいるんだが結構数はあるからひとつだけだったら飲んでもいいぞ」
ノブナガとのダンジョン塔探索で発見したアイテム。数が結構あるのには理由があるんだがそれは言わないでおこう。
「いいんですか!?」
「ああいいぞ」
アリルの目に映るケイタの表情は笑いをかみ殺していた。




