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2話 -希望の文字-

 


「魚が食いたい」


 黒部くろべ 圭太けいたは河原に座り込み、川を眺めていた。


 無能が原因で村を追い出され、歩いているうちに段々と日が暮れてきた。知らない場所を夜に歩くのは危険だから、今日はここをキャンプ地とするつもりなのだ。


 最初の目標は街に行くこと。


 そこなにか仕事を見つけ剣術か魔法を習う。そしてをレベルアップを繰り返して最強になる。これが圭太が考える復讐への道筋だ。


 もうすでにある程度の疲れを感じているが、今のところ歩いたのは1時間くらい。この調子で言ったら村長が言っていた街に到着するまでには何日かかるんだろう。


「焦るな落ち着け、今が一番危険な時だ」


 自分に言い聞かせる。


 RPGなら最初に王様からヒノキの棒をもらうことが定番だが、今の自分はそれすら持っていない。


 木ならいくらでも落ちているがどれも腐っていてすぐに折れてしまう。きっと川の水に浸かって腐ったのだろう。だから今一番武器として使えそうなのはいくらでも落ちている石。


「原始人かよ」


 あまりに酷すぎる状況笑ってしまう。これだともし何かあったら、川に逃げるくらいしかやれることは無い。


 魔物。


 今まで一度も見たことは無いが本当にいるのだろうか。もしいたとしたら川の中までは追ってこないはずだ。


「俺は一体何をしているんだろう」


 というよりもなぜ異世界にいるのかが分からない。


 いや、一晩たって考えてみるとその間に何かあったような気はしている。けれど全く思い出すことはできない。まるでページを破られたように飛んでいる。


「わからない」


 考えても仕方がないと、ため息をついて頭を振った。


「魚はいいなぁ何も考えなくて済むからな」


 大きな魚影が悠然と泳いでいる。


 あのくらいの大きさなら十分に一食分にはなりそうだ。捕まえたい。しかし竿が無い、さらに糸も針もないし、火も無い。サバイバルどころかアウトドアの経験もない。


 自分が今どれだけ絶望的な状況なのかが徐々に分かってくる。


「魔法しかない」


 この世界には魔法がある。


 司祭が鑑定を使っていたし、村長もそう言っていた。他にも魔法があるはずだ。火・土・風・水、いわゆる四元素、それに光と闇。転生ものの主人公なら複数の属性持ちが当然だ。


 圭太の目の前には汗だくになって集めた木の山がある。


 サバイバルをする上で一番大事なのは火を起こすことだとテレビか何かで言っていた。


 火の魔法を使う。


 大丈夫だ絶対できる。異世界転生小説の主人公ならここで絶対にできるはずだ。


 魔法は信じることが大切、イメージが大切。そうだイメージしろ青い炎を。この世界の誰よりも強力な炎を生み出すんだ。


 両手を突き出して叫ぶ。


「炎よ出ろ!」


 しかし、なにも起こらなかった。


 本当は不安だった。魔法が使える気がしなくて、それが怖くて今まで一度も試していなかった。


 この状況で火の魔法が使えない?そんなわけない、イメージが足りなかったんだ、思いが足りなかったんだ。できる、俺なら絶対にできるイメージを持て。


「頼む!」


 全身に力を込めて叫ぶ。


「火炎よ巻き起これ!」


「炎魔法!」


 何も起きない。


「違う!名前が違うんだ、だから出ないんだ!そうに決まってる!」


「ファイア!!」


「ファイヤ!!」


 なんでだ、なんで何も起きないんだ。どうすれば一体どうすれば魔法が使えるんだ?頼む、頼む誰か助けてくれ!嫌だ!頼む!


「ファイア!!!」


 何も起きない。


「なんでだよ!クソ!!」


 思いきり蹴飛ばした石ころは2mもいかないうちに失速して止まった。


「なんだよこの脚力!異世界に来たらとんでもなく強くなるんだろ!?無双なんだろ!?なんだよこれふざけんな!」



 あの言葉がチラチラ顔を出してくる。


 怒りと悔しさと悲しさ、様々な感情が竜巻のように暴れまわっているはずなのにあの言葉が顔を出してくる。



【 無能 】



 あの時の司祭の声がそのまま頭の中で何度も何度も繰り返し流れる。


 無能だから………「無能」は魔法なんか使えない。何もできないのが無能なんだ、お前には何もできない。「無能」は声を張り上げることしかできない、だから無能なんだ。


 村長は「頑張るんだぞ!死ぬんじゃないぞ」と言ってくれた。絶対に死ぬもんか、そう思っていた。異世界転生なら、魔法があるなら、そう思っていた。


 どうすればいいんだ。


 俺には何もない、サバイバルの知識も道具も剣道や空手の経験も何もない。学校の授業で柔道をやったくらいだ。テレビで格闘技を見てたくらいだ。そんなものが役に立つか?そんなもので生きていけると思っているのか?


 死の予感しか感じられない。


 どうしようもないほどの絶望感に襲われて、何もやる気が無くなって勢いよく寝そべる。


 背中にごつごつした川石が当たる。


 こんな時にさらに苦しめてくるなんてこの世界は全く優しくない。自分の体は河原の石ころにすら負けるただの一般人の体。ひどすぎる現実に泣きたくなる。


「神様なんでだ!なんで俺はここにいるんだ。なんで何も教えてくれなかったんだ。なんで魔法が使えないんだ。どうすればいいんだ………頼む、教えてくれ」


 どれだけ切実に言葉を吐いても水の流れる音と、生臭い川の匂いがするだけだ。


 もしかしてこれが見たいのか?神様は打ちひしがれている人間を見て喜んでいるのか?そのために連れてきたのか?


「だったら成功だよ」


 石に叩きつける勇気が出なかった拳を、そのままゆっくり下におろす。


 寒い。


 風がひときわ強く吹いていた。落ち着いて周りを見て見ればさっきよりも暗くなっていた。


「どうすればいいんだ………」


 現実は絶望に浸っている時間さえ与えてくれない。


 強い風が体温すらも奪っていく。何とかしないといけない。気温はこれからもっと下がるだろう。風も強くなってきた気がする。


「夜……」


 無事に夜を明かせるのか不安になってきた。この世界の夜はどのくらい冷えるんだ?布団も寝袋も当然ないなかで寒さを凌げるのか?


「火があれば」


 魔法。


 火の魔法が使えればたき火ができるのに。そうすれば体を温めれるし魔物だって寄ってこないかもしれない。この状況で火は間違いなく必要だ。


 木が寂しげに高く積みあがっている。


「そうだ!あれがあるじゃないか」


 村長がくれた袋の中を見てみよう。魔法が無くとも火をつける手段はあるはずだ。例えばマッチとか。


 もしなかったら?


 どうにか村に戻れないか?駄目だ、そんなこと考えるな。戻れるわけがないんだから考えるな。


 弱気を振り払って袋に手をかける。


 行動をしていないとあの大司祭に頭を下げて何とか村においてもらうという選択肢を考えてしまう。


 魔物がいるんだこの世界には。喰われたくない、魔物に喰われて死ぬなんてそんな死に方あってたまるか。


 だったらあいつに頭を下げろよ。あいつだって聖職者だ誠心誠意頼めば何とかしてくれる。それが聖職者ってものだろ。頭を下げろ。何を言おうが謝って謝って謝り倒せ。


 何馬鹿なこと言ってるふざけんな!


 あいつに頭を下げる?それだけは絶対に嫌だ。それにどう考えてもあの豚が助けてくれるとは思えない。笑うだけ、喜ばすだけだ「もう戻ってきたのか!」ってそう言うに決まっている。


 そして俺のことをもう一度追い出すつもりだ。あの時のあいつの目を思い出せ、そんな情けないことを考えるな。これ以上惨めな思いをしたいのか!


 弱気になるな。村を出てからまだたったの数時間しかたってない。こんなことで諦めたらだめだ。何をするのが最善なのか考えろ。


 今やるべきことは暗くなる前にしっかり持ち物を確認しておくことだ。電気がないんだ夜になったら真っ暗になるぞ。諦めるっていうことは死ぬってことだ。


「アイツに復讐するんだ!」


 復讐もしてないのに死ねるか!あの豚に復讐する。あの豚、人をゴミみたいに見やがって絶対に許さない。何が出世だ!何が大司祭だ!何が神だ!


「ふざけんな!」


 あの時の事を考えると力が湧いてくる気がした。思い出せ、あの時の怒りを力に変えるんだ。


 気持ちを奮い立たせ、紐でガチガチに縛ってある袋の口を何とか開けた。


「肉だ」


 ビーフジャーキーみたいな乾燥した薄い肉。ほかにも干した果物と水が入った皮の袋とパンと短剣と、なかなか強烈な臭いのする草が出てきた。


「これが薬草か?」


 村長は薬草を入れたと言っていたからこの草がそうなんだろうと思うがどう使ったらいいのかわからない。怪我をしたときにこれを食べるのか、それともすり潰して怪我にあてがうのか。


 ビーフジャーキーは手のひらサイズのが3枚で、パンは拳よりも少し大きい位で黒くてカチカチのが6個、干した柿のような果物も6個入っていた。街につくまでの3日分位の食糧なんだろう。


 ビーフジャーキーを口に入れる。


 初めて食べる異世界の食べ物は噛みしめた途端に臭みが広がった。食べるしかない。これしかないんだから。食べることを楽しむな、生きるために食べるんだ。


 なかなか噛みきれなくて、水で流し込もうと皮袋に口をつけた。


「うっ」


 皮の匂いが移った生ぬるい水の違和感に思わず吐き出してしまった。


「しまった貴重な水が………」


 覚悟しないといけないと思ったばかりだったのに。この世界ではこれが当たり前だっていうのに………。


 自己嫌悪に捕らわれながら目の前の川を見る。


 水ならばいくらでもある。けれど川の水を直接飲むのは危険だとテレビで言っていた。


 火がない今この水はとても貴重。


 村長が持たせてくれたこの水は村の人たちも飲んでいるのだから安全なはずだ。分かっていたはずなのに貴重な水を吐き出してしまった。


「最悪だ」


 自分の出来なさ加減にうんざりする。すべてが整った日本の生活に慣れきったこの体はこの世界に順応できるのだろうか


 自分の手がぼやけるほどに闇が下りている。


 何も知らない世界の夜がやってくる。街灯一つない本当の闇が辺りを覆っていく。その心細さに泣きたくなる。誰でもいい誰か助けてくれと叫びたい


 駄目だ!やっぱり魔法しかない!魔法しかないんだ、頼む、頼む、頼む!!!



「水出てこい!」


「雷出ろ!」


「土よ盛り上がれ!」


「木よ生えろ!」


「えーと、あとは………」


 思い出せ魔法はほかにどんなのがあった?魔法なら何でもいいとにかく魔法が使えれば。


「無能なんて何かの間違いだ。頼む!」


 頼む、頼む、頼む、頼むよ神様。


「鑑定!」



 文字



 何もない空間に突然、青白く光る文字があらわれた。



「ギョエンチョ!!!」



 自分でもわけのわからない言葉と大量の鼻水が一気に出た。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


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☆5なら踊ります。


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