14話 -圭太の視点-
黒部 圭太:何も知らずに異世界に飛ばされた、少し馬鹿でかなり生意気な少年。最初の村で無能と宣告され、追放された。相手を「無能」にするスキルを持っている。
時は黒部 圭太が「無能」の発動を念じた少し後。
深い闇と満天の星が共存するココクロ村の深い森に潜み、手にした短剣で無能となったはずのバレルに襲い掛かろうと決きめた時。
あらぬ方向から違和感を感じた。
闇の中にうっすらとした人影。それはバレルの方へ小走りで向かっている。
(マズイ!人が来やがった!)
森の中で息を潜め態勢を低くした。心臓がうるさい。見つかったら計画は全てパーだ。それどころか自分の身も危ない。
気づかれてはならない、こんな夜中に村を追放された自分が短剣をもって潜んでいるのを知られたら、どうなってしまうかわからない。慎重に様子を伺う。
(これは無理だ)
完全に計画が狂った。
「無能」は複数の相手に使うことはできない。
段々と近づいてきているその人物は、暗がりの中でもはっきりとわかるほど戦士の体だ。身長が高く体も分厚い。そんなやつを相手にまともに戦えるわけがない
バレルに付与している「無能」を解除しこの兵士にそれを付与し直すか?いや、だめだ。そうしたらバレルに逃げられ村に助けを呼ばれに行ってしまう。
倒したいのはバレルであって兵士じゃない。
(クソ!失敗か)
せっかく今、「無能」のスキルの効果でバレルのステータスは下がっているというのに。だけどもしここで出て行ったら兵士に見つかる。殺される。ただ黙ってみてるしかないのか。
そしてただ諦めの気持ちで茫然と目の前の光景を眺めている時、それは起こった。
バレルが転倒した。
(え!?)
丸太か水族館のアザラシのように転がった。そしてそれは止まることなくもう一度。
さらにもう一度。もう一度。そうして速度を上げながら、どんどん崖へと転がっていく。
(なんだこれ)
まるで映画でも見ているように現実感が無い。バレルの姿はとっくに死角に入ってしまって見えなくなっている。
ドサッ。
離れていても聞こえるほどの低くて鈍い音。途中までしか見えていなかったけど普通に考えればこれは………。
「運マイナス100………」
もう何度も見た「無能」の説明文が頭の中に蘇っていた。無能状態になると全ステータスが90%ダウンし、運はマイナス100になる、そう書いてあった。
バレルは自分一人で転んでそのまま崖へ向かって転がっていった。
指一本触れていない。
これはただの偶然。普通に考えれば夜中に起きた、ただの事故だ。街灯が一つもないから暗くて、酒をたらふく飲んだせいで足元がおぼつかなくて。
だが違う。
分かってしまった。能力を発動し、それが実行されたことで「無能」が自分自身の中に馴染む感覚。まるで補助輪を外した自転車に初めて乗れるようになった時のような、一生忘れないコツを会得した感覚。
これこそが特殊スキル「無能」。
ステータスを極端に下げるだけではなく運をも下げる。これこそが自分だけに与えられた力。ただの偶然なんかじゃない。偶然を引き寄せるのがこの能力なんだ。
頭の中が熱くなっている。
見上げれば世にも美しい星と月が出ている。
ゴッホの描いた星月夜は歪んでいたが、いま目の前にある空は今まで見たどんなものよりも美しく見える。
俺は力を得た。
前の世界の常識では考えられない、神のような力。今自分の中にあっていつでも振るうことが出来る特別な力。
絶叫したいほどの感動。
「大司教様ーーーーーーーー!!!」
兵士の男が大声を上げながら走っていた。
こいつもあの光景を見ていたのだろう。緩い斜面まで近づいたところで速度を落とし、進む。そして慎重に崖下をのぞき込み、悲鳴を上げた。
その後、斜面を慎重に上って行き、落ちる心配のない所まで来たところで、再び走り出し村の方へと向かって行った。
見たい。
男が背を向け村へと走っていくのを見た圭太は、バレルが本当に死んでいるのか確認したくなった。危険なことは分かっていたがどうしても知りたかった。
村までは距離があるし暗闇もある。そして森は近い。一瞬だけ確認して戻ってくれば大丈夫なはずだ。
一世一代の勝負。
心臓が高鳴り頭が血流でドクドク音を立てる。
摺り足に近い素早い足運び。崖が近づいて来て地表は斜面になっていく。その時、足が何かを蹴っ飛ばした。
心臓を突き刺されたような驚き。
村の方向が気になるあまり、足元がおろそかになっていた。ついさっきここから転落していく人間を見たばかりだというのに。
音が違った。
蹴飛ばした時の音も転がる音も。
石や木の根なんかじゃない。軽くて中に空洞があるような音だった。目を凝らして音のした方に目をやったらすぐに見つかった。
自然界には存在しないほど正しい立方体だったから。拾い上げてみれば、その手のひらサイズの箱は相当に手の込んだ作りだった。唐草の細工が施され宝石のようなものも付いている。
村の誰かが落としたのか?いや、この寂れた村にこれほど美しいものは似合わない気がした。
その時、遠くで人間のどよめきが聞こえた。
思っていたよりも早く戻ってくるかもしれない。バレルの死を確認することは諦め来た道を引き返す。
頼むから見つからないでくれ。祈りながら早足で森の中に身をひそめた。
安堵の息。
村から人が来る様子はまだない。どうやらさっきの声は村の中での声だったようだ。あの兵士が村人を叩き起こしているのか?様子を伺いながら出来る限り事件が起きた現場から離れていく。
しばらくするとたくさんの松明の明かりが灯されていくのを見た。それらがあの現場に到着した時、圭太はすでに普通に歩いても音が届かないほどそこから離れていた。
案の定大きな騒ぎになっている。もしも周囲を探索する様子が見えたらすぐさま走り出そうと考えていた。
しかしいつまでたってもそんな様子は見られなかった。まだ誰もバレルの死が人の手によるものだとは思ってもいないようだ。
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「!!」
突然、機械的な声が頭の中に響いて背筋が凍った。
こんな大きくてはっきりした音が鳴ったらいくら距離があっても見つかってしまうと思った。
しかし変化が無い。
距離があるために聞こえていなかったのか、現場の様子に特に変化はない。混乱した様子で崖下をのぞき込んだり、集まって話しをしているように見える。
彼らの持っている松明は彼らのことも照らしているので離れていても何をしているのかは大体わかる。
見つかるどころか誰一人として、こっちを見ている者はいなそうで、心から安心した。
圭太は河原へと向かう。
その手にはあの白い箱を持っていた。
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特殊スキル 無能 Lv3
特徴:自分自身から30m以内の生き物に「無能」のバッドステータスを付与して無能状態にする。無能状態になると全ステータスが90%ダウンし、運は-100になる。ただしターゲットとして選択できるのは1体に限る。下位能力による付与阻害や能力低下の影響を受けることはない。




