110話 ー覚醒ー
「薺は助けを呼びに行け!」
助け。そんなもの来るはずがない、来たとしても間に合うはずがない。大体にしてこの状況をどうやって何も知らないやつらに説明したらいいのかもわからない。
お前格好つけてるのか?いや違う、薺が死ぬところを見たくなかっただけだな骨の助が死んだときものすごくショックだった。だからあれ以上のショックを受けたくないだけ、自分のために言ったんだ
それよりもお前は何で絶対に勝てない敵に向かって走っているんだ?「ぶくぶく」は薺が仮初の命を与えたもの。といっても仲間になってからほんの少ししかたっていない。感情移入するの早すぎるだろ。
悪魔らしくない、まあそれはいいか自分からなりたくてなったわけじゃないし。それに今更引き返したところで裂けている腹のせいで逃げ切れそうにもない。あと俺って理屈よりも感情のまま動いて死を選ぶ、そんな奴だったんだな。自分では自分のこと理論派だと思ってたくせによ。
「グゴオオオオオオオオオオオ!」
4足で走りながら振るった右腕はぶくぶくが作り出した泡の壁の半分以上を一気に破壊した。
まだだ、まだ届かない、もう少し、もう少し、今だ!
特殊スキル「黒渦 to Dive」を発動してぶくぶくを強制的に収納。そして直ちに引き返して地上を目指す。
3歩目を踏むかどうかの瞬間、背中が爆発した。
世界がゆっくり動いているように見える。舞い上がる土ぼこりも顔から地面に突っ込んでいく自分もすべてがゆっくりだ。
なぜか熊が隣にいる。距離はまだ離れていたはずなのになぜだ。
視界がますます白くなっていく、体が動かない、音も聞こえない、痛みを感じない。ますます腹からは血が流れだし自分の魂まで抜けていっている感覚。
終わった。
と思った瞬間、炸裂するような白い光。
「薺…」
そこにいたのは俺が知る薺ではない。
月みたいな色の髪が逆立っている。
お前、それ………お前言ってたじゃないか、子供のころから修練ばっかりで漫画とかアニメとかは全然見たことがないって。それなのにお前のその姿、まさに主人公じゃないか。
突き出した剣が熊の体を貫通している。
覚醒?
無音の叫びの中で両腕を振るう黒と金色の目を持つ熊よりも圧倒的に速く、そして強力に走る。
ぶつ切りになって崩れ落ちていく熊。
嗚呼、もしかして俺はこのためにこの世界に連れてこられたのか?勇者を覚醒させるためのただのスイッチとして。酷いなそれは……
熊の体がヘドロみたいに崩れる、そして蒸発するように消えていく。素材にもさせないつもりか。
魂の存在も感じない。
あの熊はいったい何なんだ。今までは人であろうと魔獣であろうと体の中には魂があった。死んだ後で体から抜け出していく魂を喰うことで、俺は自分の力としてきた。肉体も魂もない魔獣、いったいこの熊はなんなんだ?
つかつかつかと歩いてきた薺が倒れている俺の前で立ち止まった。すっかりと様相の変わってしまった薺にゆっくりと抱き上げられた途端、俺の電源が落ちた。
目が覚めた時俺はベッドに寝ていた。
「薺…」
枕元にはいつも通りの薺がいる。けど心なしか表情は暗く伝わってくる心情も暗い。
ここは病院か?清潔ではあるが無機質な感じがする。あの後俺は薺に担がれてここに来たのだろうか?誰かに聞いてみたいが誰もいない。何もない広い部屋の中に俺と薺だけがいる。
見知らぬ服の下の腹をさすってみると若干の痛みはあるが傷口は塞がっているようで血が染みだしていない。
生きていた、良かった。
息が止まった。
一打の心音。
「ウソだろ………」
アフロになっていた。
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