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六話

 翌日、いつものように学校にいったサチは、2年生の教室があるあたりが妙にざわついていることに気が付いた。

 一体何があったのだろう、と教室に近づいていくと、ちょうど教室から飛び出したジュンと鉢合った。


「サチ!」

「あ、おはよー」


 ひらりと上げたサチの手を、ジュンはものすごい形相でがしりとつかんだ。


「由利にはあった!?」

「え? まだだけど」

「よかった!!」


 とてもよかったとは思えない様子のジュンに、サチは眉をひそめる。


「ジュンちゃん、どうかしたの?」

「どうもこうもないよ! カッキーがさ!」

「柿沢くんが?」


 一瞬よぎったのはあのフードコートにいた女の子たちだ。

 まさか、と顔をこわばらせたサチに、ジュンはもしかして、とつぶやいた。


「昨日、カッキーとなんかあった?」

「何かっていうか……」


 言っていいものかどうか。言葉を濁すサチに、ジュンはぐっと顔をしかめる。


「さっきさ、カッキーが女の子たちすごいモメててさぁ」

「もめたって……まさか、昨日の?」

「あれだけじゃないよ! あいつがほかの子も呼んだもんだから、ものすっごい騒ぎになったんだから」


 ジュンの言葉を聞き終える前に、サチは柿沢君の教室へと駆け寄る。と、まだ騒ぎが収まっていなかったのか、昨日の子を含め五六人の女子と、窓際にある机のところにたつ柿沢がにらみ合っているところだった。


「だから! ちゃんと説明してっていってるじゃん」

「何を説明するんだよ」


 吐き捨てるように言い放つ柿沢に、女の子たちはさらにまなじりを吊り上げる。

 そこにはかつて一緒に騒いでいたであろう関係は微塵もなかった。

 その瞬間、女の子がわっと泣き出した。


「あたし、レイジのこと好きだっていったじゃん! レイジだって、少し位おもってくれてたでしょ? だからずっと一緒にいたんじゃん! それなのにひどいよ!!」

「……柿沢君」


 泣き出した女の子のとなりにいた子が、彼女の肩をだきしめながら責めるように彼の名を呼んだ。

 だが、それに答えたのは柿沢ではなかった。

 彼の友人ぽい人だった。ぽい、というのはサチには彼の友達が誰かは、よくわからなかったからだ。

 だが、制服の着崩し方や、纏う雰囲気は柿沢によく似ていた。

 だから友達なのだろう、と思った。

 彼は、緊張と好奇心が入り混じる空気を追い払うように妙に間の抜けた声で「はいはいはい」と言いながら彼らの間に入った。


「まあまあ、レイジもマナも落ち着けって。廊下まで丸聞こえだよー」


 そういって柿沢の視線を遮るように立つと、彼はマナと呼ばれた、泣いている女の子に近づく。


「マナもさー、ちょっといい加減にしろ? こんなところで言われたら、レイジだってほら、立場ってもんがあるだろー」

「……だって」

「そんなことしてっと、マジでレイジに嫌われるからな」

「……っ」


 びくりと肩をゆらすマナに、彼ははは、と小さく笑う。

 そしてやや強引に彼女たちを教室の外へとひっぱっていった。その途中、彼女がちらりと戸口にたつサチに気付いた。

 一瞬、彼女の顔が激しい怒りに満ちたが、柿沢の友人が強引にひっぱっていってしまったのでそれ以上のことは起きなかった。

 騒ぎの中心がいなくなったことにより、あたりはようやく普段の様相に戻っていった。

 だが、柿沢の周りだけ違った。

 いつもはきっと、彼の周りは想像しいぐらいににぎやかなのだろう。

 隣のクラスでも彼を中心とした人たちの噂がでるぐらいなのだから。

 だが、今の彼はおいそれと誰かが近づける雰囲気ではなかった。

 むき身の刃のような。恐ろしいぐらいにまで研ぎ澄まされた雰囲気。

 いつも、話をしているであろうクラスメイトもそれは気が付いていたようで、彼に話しかける人は誰もいなかった。

 柿沢は小さく息をはくと、やや乱暴に椅子に座る。

 そしてそのまま視線を窓の外へとむけた。

 サチには気が付かなかった。

 結局ここでもサチは何もできることはなく、とぼとぼと自分の教室へと戻るだけだった。

 それからは待ち構えていたジュンに何があったのかと詰め寄られたが、サチには何一つ答えることができなかった。その代わりに答えたのは、まったくかかわりのなさそうなクラスメイトだった。


「あれはさー、柿沢のことをずっと好きだったマナが、別の子に手を出した柿沢にブチきれたってことでしょ。柿沢ってそういうとこあるよねー。まあ、モテるからしょうがないんだろうけどさー」


 何がそういうところで、どこがしょうがないのだろう。

 黙り込んだままクラスメイトの話を聞いていたサチのとなりで、ジュンはくだらないと一蹴し、由利はあいかわらず柿沢の文句を並べていた。

 いや、彼女たちだけではない。

 柿沢とはさほどかかわりのなさそうなクラスメイトたちまでもが、彼らのことを話していた。世界の違う人。彼らが柿沢たちに感じるのはそれだろう。

 その世界の違う、一段高いところにいる輩のくだらない喧嘩。

 周りの印象は一言でいってしまえばそれだった。

 けど、サチだけは少し違うと思っていた。

 いや、今までのサチならば同じように思っただろう。派手めなグループの中での些細ないさかい。三角関係かな? 恋愛がらみで学校でもめるなんて、サチにはまったく関係ない。そんな顔をしてすぐに忘れてしまったことだろう。

 けど、この一か月柿沢と一緒にいて、たくさんではないものの話をした。その大半はたわいのないものだったけど、それでもサチの中での柿沢の印象はたった一か月で大きく変わっていた。

 だから周りの噂も、先ほどのマナに対する態度もサチの中ではいまいちしっくりこなかった。まるでずれた映画でも見せられているようだった。

 一体、何がどうなっているのか、サチにはまるでわからなかった。

 だから、ちゃんと話をしたい。誰でもない柿沢の口から。

 サチができることといったらそれだけしかなった。

 だが、柿沢はその日を境にふっつりと、サチの前から姿を消したのだった。

 まあ、彼もこの学校の生徒だから性格にいえば姿は消えていない。だが、今まで見たいに彼が教室に来ることはなくなった。

 彼が来ないならば、自分が行けばいい。

 そう思ったサチが柿沢の教室へと向かった。

 昼休みも半ばを過ぎた教室の中は、まったりとした空気に包まれていた。だが、教室の端。ちょうど窓際の席だけがやたらとにぎやかだった。

 みればそこに柿沢と、彼の友人たちがひと固まりになっているのがみえた。

 彼らはサチの言うところの「派手な人達」で、彼らのやたらとにぎやかな笑い声が教室に響き渡っていた。

 その彼らの中、柿沢は唇にうっすらと笑みを浮かべていた。

 それはサチに向けていたものとはわずかに違う。唇は笑みの形にはなっているが、目はどこか冷めているようにみえた。

 声をかけていいものかどうか。戸口で迷っていたサチに、彼の友人の一人が気が付いたのだろう。ふいに彼の友人の数人がサチのいる扉の方へと振り返った。


「……あれー、あの子ってさぁ」


 彼らは声のトーンを落とすということを知らないのだろうか。

 一人の声に、教室中の視線がサチにあつまった。

 その中に柿沢もいた。気が付いた、と軽く手を上げかけたサチに、柿沢は特別な反応を示すようなことはなかった。

 眉をあげるでも、驚くでもない。

 ああ、そこに人がいたのか、とでもいうようにちらりとサチを見た柿沢は、すぐさま視線を別の友人へとむける。

 それは無言の拒絶のようにサチには感じられた。

 柿沢が取り立てて反応をしめさなかったせいか。彼らの話題はすぐにサチから離れていった。


「ねえ、なんか用?」


 ふいにかけられた声に、サチは振り返る。そこにいたのはマナと呼ばれた子だった。

 マナは不機嫌さを隠そうともせず、サチをにらむように見つめた。え、あの、声をつまらせているサチに、マナはふっとその顔に笑みを浮かび上がらせた。


「まさか、レイジに会いに来たのぉ?」


 ふふ、と笑みを漏らすマナの唇は、グロスでも塗っているのだろうか。ぽってりと色づいている。まるで誘っているようにも見える。

 けど、それはサチにではないことは明らかだった。

 だってサチを見つめる目は、さっきから何もかわらない。

 鋭く突きさすような視線だ。

 思わずうつむき、「いえ、あの……」といいながら背をむけたサチの耳に、がたんと何かが倒れるような音が聞こえた。

 思わずふりかえったサチは、立ち上がってこちらをにらむようにみつめている柿沢の視線とぶつかった。

 怒りを含んだ強いまなざしに、サチは一瞬立ち尽くす。


「な、なによう」


 はっとしたのは、マナの甘えるような声がきっかけだった。

 そしてサチは逃げるようにその場をあとにした。


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