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風が教えるもの  作者: 風見 優
9/20

「しかし本当にすぐに治ったな。魔法治療ってのは素晴らしいな」

 保健室の先生に傷を見せた際、なぜ彼がこんな傷を負ったのか非常に驚かれたが、その後スムーズに治療に移り、ものの10分ほどで治癒させてしまった。なんでも魔法で自然治癒力を高めることで、自然に治る傷であればすぐに治せてしまうらしい。魔力を集中するだけではその効果はないようで、自分に同じ芸当ができないのを残念に思ったが、治癒術師の偉大さを知り先生とはすぐに連絡先の交換をした。

 これは決して口説こうと迫ったわけではなく、治癒術師の知り合いがいれば自分が怪我をした際に非常に便利だと考えた為だ。もちろん学外の時は別料金を払うという条件を付けられたが、それでも便利なことには違いない。

 但し、普通に病院に行くより安ければの話だが。

 金がない風間はその金欠さ故に病院に行けない。もしそれ以上の金を請求されるなら頼るわけにはいかない。

 とは言え職業柄そこまで怪我を頻繁に繰り返すとも思えなかった。学校関係の仕事で生傷だらけになっていればそれは何かおかしな状況に陥っているということだ。

 風間は学園の近くにある公園のベンチで治った両手を見つめていた。時偶視界に映る噴水に目を奪われながら、手の感触を確かめたりしている。怪我した時はあれだけ痛かった指先が、歩くだけで全身に広がっていくような痛みがあった腰も、今は嘘のように痛みが引いている。

 今まで自分が扱える魔法以外には興味を示さなかったが、簡易でも治癒術が使えるようになるなら教えてもらおうかと思うほどだった。

「怪我はもう大丈夫そうですね。でも見ていてヒヤヒヤしましたよ」

「……なんでお前は常に俺の背後から話しかけてくるんだ」

 初めて会った屋上で、通勤中で、そして今回と出会った三度全て後ろから話しかけられている。そこは別に気にしてはいなかったが、常に背後を取られることは非常に気になった。

——まあ別のことに集中している時は周りへの警戒も疎かにはなるが、こうも簡単に何度も気配を察知できずに接近されるのはあまり気分の良い者じゃないな。

 何故か常に背後を取ってくるイースに警戒感を露わにする。その神出鬼没さに、魔法を使っているのではないかと疑いをかけてしまう。

「またすごい戦いでしたね。地角先生も凄まじかったですけど、先生の魔法も容赦が全くなかったですね」

「容赦、ねぇ。むしろあいつの方が容赦はなかった気がするが」

「それもそうですね。みんな驚いてました」

 驚いたのはクラスだけではなく、術を受けた風間自身も驚いていた。むしろ自分が一番驚いていた自負が彼にはあった。

「それで? 今日は一体何の用だ?」

「毎回それ聞くんですね……先生と生徒の間のなんでもない会話を楽しむってのはなしですか?」

「個人的にはあまり好みじゃないな。できれば意義のある話の方が好きだ」

「先生、もしかしなくても友人とかいないでしょ?」

「う、うむ。まあ否定はしない」

「否定、しないんですね」

 この学園に来る前、なるべく自分に関する情報は簡単に外に漏らさないつもりだったはずなのに、何故か最近の自分は個人情報開示に非常にオープンになっている。もういっそ開き直ってしまおうかと思ってしまうくらいだ。

「仕方ないですね。それじゃあすぐ本題に入りますね」

——本題? 一体どんな話を今回は持ってきたんだ。

 風間は昨日イースが自分に話してきた内容を思い出していた。

「朱李ちゃんも必死なんだと思います」

 先日そう話していたイース。その言葉が何故か風間は強く印象に残っていた。

 そんな彼だから、どうしても彼女の話は鬼灯繋がりの話題ではないかと考えてしまう。できればその予想が外れて欲しいと願う風間だったが、ぞの希望はすぐに断ち切られる。

「今日、なんで朱李ちゃんが先生たち二人をけしかけたと思います?」

——やっぱりそっち関係か、どうしても俺を巻き込みたいらしいな。どうしてこいつは俺にここまで固執するんだ?

 教員でもない自分がどうして生徒にそこまで肩入れしなければならないのか、その理由が見つけられずにいた。鬼灯とは見知った間というだけの関係であって、親戚でも友人でもない。ほぼ他人に近いと言っていい。

 しかしイースのその言葉には少々興味は惹かれた。

 何故自分がまんまと戦わされたのか。考えなかったわけじゃなかった。ただあの時は時間もなく、なされるがままに流されてしまったが。

「俺のことが嫌いだからじゃないのか? 理由としては十分に思えるが」

「さすがにそんな単純な理由じゃないと信じたいけれど……でも私は別の理由だと思っています」

「確証はないのか。まあいいが」

「直接教えられてるわけじゃないですからね。でも私は思うんです。朱李は、風間先生にある種の希望を抱いていたんじゃないかって」

「希望? 俺にか?」

 全く想像もしていなかった回答に、風間は目を丸くした。自分に抱く希望とはなんなのか、見当のつけようもなかった。むしろ自分に絶望を与えようとしていたんじゃないかと思うほどだ。

「何を言っているか分からないな。一体どんな希望を抱いていたって言うんだ?」

「多分朱李は、先生に道を示してもらいたかったんですよ。何せ彼女にとって、地角先生は倒さないといけない人ですから」

「倒さなければ、ならない?」

 説明を受ければ受けるほど理解から遠く離れていく感覚を風間は覚えた。

 何故鬼灯が流也を倒すべき相手を定めているのか。勤め始めて二日の風間には人の繋がりなど知る由もなかったが、そんな穏やかじゃない関係だったとは思ってもみなかった。

「つまり俺が流也を倒せていればそれをヒントに自分が相対し倒したと? ふむ、しかし一体流也を倒してなんの意味があるんだ? あいつは何の為にそんなことを望む?」

「興味、出てきました?」

——こいつ、俺を誘っていたな。まあ俺の前に現れた時点で疑ってはいたが。イースとか言ったか? 本当に水の魔法しか使えないんだろうな? 心理魔法なんて使ってないだろうな。

 あまりにも自分が上手く誘導されるものだから、そうさせている術式が施されているのかと考えるのも納得できることだった。これまでの人生の中で、ここまで心を揺さぶられることがない風間には、今のイースは人の心を操ることのできる心理魔法の使い手にしか見えなかった。

 そして同時に、自分も人間心理を勉強すべきだと感じた。戦闘においても有用であり、それ以外の情報戦でも役に立つ。

——治療術を習うのは、後でもいいかもな。

「そんな恐い顔しないでください、冗談です」

 イースは手を振りながら敵意がないことを示そうとする。さすがにイジリが過ぎたことを把握したのか、真面目なトーンに声色を落とす。

 ついでに顔から笑みすらも消し、真剣な眼差しで語り始める。その様子を見た風間も彼女の心情の変化を汲み取りそれ以上の追求は控えた。

「実は朱李と地角先生は、ただの生徒と先生の関係ってわけじゃないんです」

「まあそれは今までのお前の発言などで何となく把握はしている。一応聞くが、その関係は倫理上問題ないものなのか?」

「さすがに風間先生が想像するような爛れた関係ではない、ことを願ってますが。当たらずとも遠からず、と言わざるを得ませんが」

「もったいぶるな、言うならさっさと言ってくれ」

「地角先生は、朱李と婚約する予定なんです」

「そうか、こんや……な、なるほど。そういうことか」

 さらっと流す予定だった風間だが、さすがにそうもいかない事情を聞かされ思わず言葉を飲んだ。

——婚約って、要するにあれだろう? 結婚を約束した間柄という意味だろう? まあ高校生なら別段不思議というわけでもないが。

 この国の法律では年齢に関係なく、高校生であるなら誰でも結婚することを認められ、婚姻届も受理される。もちろんそういう法律であるから、中学卒業まで飛び級は許されていないので、15歳くらいであれば法律上問題はない。

 しかしそれは法律の上での話であって、さすがにそれ位の歳での婚姻は早いというのが世論であり、風間にもその一般常識は備わっている。ただそこまで興味もないので特に賛成も反対の意見も持っていない。

 要するに彼のスタンスから言わせれば、早いとは思うが、当人たちが納得しているなら何も言うことはない、だ。

「まあいいんじゃないか? 悪い相手とも思えないし」

「それは地角先生のことを知っているから言っているんですか?」

 イースのその問いに、風間は答えられなかった。

 確かに彼女の言う通り、彼は流也のことをほとんど知らない。何せ同校出身だと言うのに名前さえ憶えていなかった程だ、流也の性格や趣味といった内面の部分は把握していなかった。

 いくら興味がないからといって、無責任な発言をしていいという訳ではない。その点に関しては、風間もさすがに反省した。

「すまない。確かにお前の言う通り、俺は流也のこともよく知らずに発言してしまった」

「いえ、別に責めてる訳じゃないんです。先生には確かに関係のないことですし、今私はそんなあなたを巻き込む形で話を進めています。その反応は尤もです」

「分かってて巻き込もうとしているのか」

「人間、時には図々しさも必要だと思いますよ?」

 目を細め、にっこりと笑みを向けるイース。その姿はさながら現世に降臨した小悪魔の様だった。

 風間はそんな彼女を見て嘆息し、引き続き話を聞くことにした。

「それで? お前は知ってるのか、流也のことを?」

「これでも色々調べてますよ」

「将来は探偵になるつもりなのか?」

 足元を掬われないように気をつけることを心に刻み込む風間。しかし同時に必要な時があれば積極的に頼っていこうとも思っていた。

「まあいい。それで? お前は一体俺に何を伝えたいんだ?」

「実は二人の婚約には、ある理由があるんです」

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