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風が教えるもの  作者: 風見 優
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 もちろんこれはデモンストレーションに過ぎない一戦だが、だからと言って彼はわざと負けるようなことはしない。やる以上、勝つつもりでいく。

 一つ大きく息を吸い込み、気持ちを整える。そうすることで気持ちのスイッチを切り替え、戦闘モードに移る。

——流也はどんな魔法を使うのだろうか。どうにも昔の知り合いらしいんだが、彼のことを憶えていないから戦いながら探っていくしかないな。

 まるで本物の敵と戦っているかのように相手の動きを観察し始める風間。一挙手一投足、何一つ見逃さないように神経を尖らせる。

「それじゃあ軽めのものをいかせてもらいますね」

 地表に手を着き早速詠唱を始める流也。いよいよ戦いの火蓋が切って落とされることになる。

「硬化せよ砂塵、飛散し敵を撃滅せよ。地走砂礫ちそうされき

 流也の周辺の砂が収束し始め、あちらこちらで小さな塊が形成されていく。それはまるで子供が作るような泥団子に似ているが、そんな生易しいものではないと風間は理解していた。

——土、地属性の使い手か。相性はお世辞にもいいとは言えないな。

 風間は唇を噛みそうになる。

 魔法には風や地といった属性があり、その性質上有利な相手不利な相手というものが存在する。

 風間や鬼灯が使う風の魔法は五大属性(風、地、水、火、木)の中で最も強度が劣り、別の属性と同じ魔力量の術式をぶつけても、力負けしてしまう。威力の大きい順に並べると、地、木、水、火、そして風という並びになっており、普通に戦ったのではほぼ間違いなく他の五大属性の術者には勝てない。尤も、無属性魔法(魔法使いなら誰でも使える基本的なもの。属性を持たず、純粋な魔力のみで形成される術式のことを指す)よりも威力は上である。これは元の魔力に風の力が付与されることにある。

 よって風使いの基本的な立ち回り方として、相手の動きを見切ってなるべく正面から迎え撃つことを避ける。多くの者がヒットアンドアウェイ戦法を得意としている。

 風間も例に漏れず、馬鹿正直に戦うタイプではない。相手の弱点を探し当て、相手が嫌がるような戦法を取り続ける狡猾さを持ち合わせている。

 しかし忘れてはいけないことが一つあった。

——そういえば防御術式のレクチャーも兼ねてるんだったよな。危うく忘れそうになっていた。

 そう、これはあくまで生徒たちに実戦を見せるデモであり、決して真剣勝負なのではない。

 それを踏まえて風間は眼前の魔法の対処法を考える。

 流也が使用したのは地層砂礫という地属性の基本となる魔法の一つ。砂を魔力でかき集め一塊にし、魔力でさらに押し固める。そうして出来上がった塊を魔力をエンジンのように利用し加速させ相手に打撃を与える技だ。威力自体は大したことではないが、複数の塊を一斉に斉射する。一発であれば確かにさほど威力はないが、複数発もらえばそういうわけにもいかない。当たりどころが悪ければそれだけで致命傷にさえなりうる。基本の術式であったとしても、決して侮ってはいけない。

 発射される礫の軌道を確認しながら、風間は交わせる位置まで身を翻す。その動きはまるでボクシング選手が相手を翻弄するように跳び回っているかのようだった。

——このまま避け続けることもできるが、それではデモの意味がないな。

 そういうわけで特に必要もなかったが避ける最中に掌に魔力を集中させ飛来する礫を弾く。掌に現れた輪で囲まれた五芒星の魔法陣がわずかな金属音を放ち次々と礫を往なしていった。軌道を逸らされた礫は全て地に落とされその度砂埃が舞う。

——にしても面倒だな。落とすこと自体は簡単だが、角度を間違えるとあいつらの方に飛ぶからな。

 真剣勝負ではないとはいえ、風間は不自由さを感じずにはいられなかった。普通の戦闘よりも気に掛けなければならないことが多く、面倒とさえ思っていた。今までこのような制約を背負って戦ったことがなかったので風間は経験したことのないばつの悪さを感じた。

 そんなことをしている間に投擲は途切れ、やがて攻撃が止んだ。設定された効果時間を過ぎたのだ。

 術者は術式を形成する際に、効果時間も設定することができる。同じ魔法であったとしても数秒で終わるものもあれば、数時間続けられるものもある。その辺りは術者の技能と持ち合わせている魔力総量との相談が必要になる。

 流也が展開したそれは時間にして30秒ほど。おそらくはデモ用に生徒が自分の防御体勢を観察できるよう長めに設定してあると風間は推測した。

 それを裏付けるように、今の模様を必死にノートに取っている生徒も数名確認できた。中には自分の動作を見様見真似で再現しようとする者もいた。

 さすがは教師だな、と風間は感心する。咄嗟にその配慮ができる流也を羨望の眼差しで見てしまう。

——こういうところが査定に響いてきたりするんだろうか。

 少しでも給料が上がるならその辺りのスキル習得にも務めてみるか、と普段見せない向上心を抱く。

「さすがだね。見事な身のこなしだよ。今の避け方はさすがに生徒たち、そして僕にも真似はできないけれど、さっきの防御陣の使い方は皆勉強しておいたほうがいいね。お手本のような角度変化を取り入れた使い方だからね。もちろんあそこまで使いこなせるようになるにはそれなりに練習が必要になるだろうけど」

 流也が風間の戦い方を代わりに生徒たちに説明する。その様子を見た風間は若干の焦りを感じる。

 流也の話に耳を傾け頷く生徒たち。その姿を目の当たりにし、風間はこんな感情を抱いていた。

——これ、もしかしたらあいつが俺の代わりになるなんてこと、ある? 

 咄嗟の生徒への配慮、規則に縛られない寛容さ、生徒からの評価。これらすべてを持ち合わせている流也に、自分が勝てるところが見当たらなかった。

 もし学園長が自分よりも流也の方が適任だとこれで判断すれば、自分はこの職を失うのではないか。風間はより一層の焦燥と緊張に襲われる。

 このままではまずい。感覚がそう伝えてきた。

 もしここで流也に負けるようなことがあれば、それこそ本当に自分は彼に勝てるところがなくなってしまう。

 勝たなければ。何としてでも。生徒を危険に陥らせない程度に、頑張らないと。

 力の加減に細心の注意を払い、相手の動きを分析し対策を練り、最適の術式と身の動かし方を解として出す。

——これ、無茶じゃないかなぁ。気にすることが多すぎて神経すり減るぞ。

 だがやるしかない。ちゃんと生徒たちに見せる必要がある。

 自分たちが慕う流也より、戦闘力では優っていると。そう印象付けなければ自分の居場所が危うくなる。

 選択肢は、なかった。

「多重収束……展開」

 風間は力を込め、魔力を放出する。

 ただ闇雲にではなく、流也の頭上に向けて。幾つもの糸のような細い魔力の道筋が上空に漂い、その糸の先がグルグルと目に見えるほどまで渦巻き始める。

 風間が術式を使用する為の前段階、大気を一箇所に集める技法。それを同時に複数箇所で展開する。風を集めること自体慣れている彼でも、同時に大量に展開することは容易ではない。少しでも気が緩めば集める力が弱まり、せっかく集めた風が逃げていく。

 現れた風溜まりを目の当たりにし、流也は僅かに見開く。

 普段は落ち着いて焦りの表情さえも見せない彼であるが、さすがに今回は驚きを隠せなかった。

 風を同時に集める技法そのものは珍しくはない。それなりの技量があれば誰でも術式に組み込んで使用できる。

 しかし風間のものは通常のとは少し違う。

 まず異なる点が、秩序なき詠唱下での使用。これはつまり詠唱文を使用せず、座標固定から術式制御、必要魔力量や諸々の計算を全て脳内で組み上げているということだ。

 驚く点はそこだけじゃなかった。

 目を見張るべきは、その展開の速さだ。

 通常、大量展開を必要とする術式にはそれなりの時間を要する。しかしそれは当然のこと。何せ様々な設定をきめ細かく決め、円滑に魔力を制御しなければならないからだ。制御自体簡単な作業ではない為、慎重になり余計に時間を取られることもある。

 しかし風間にはそういった時間ロスがほとんどなかった。

 いつから術式を用意していたのか、秩序なき詠唱を使われるとそれも分からなくなるが、少なくとも攻撃を避け切ってからそれほど準備時間はなかったはずだ。

 それなのに風間はスムーズに風の同時収束という技をやってのけた。それほどの技能を持っているのは、この学園では学園長くらいのものではないかと流也は戦慄した。

 流也からそんな評価を受けているとは露とも思っていない風間は次の段階へと移行する。

 風を集め終え、反撃の準備は整った。

 後は既に組み終えた術式を解放するのみだ。

階層揺落かいそうようらく

 学園に来て初めて風間が口にした詠唱。普段省力する手順を踏んでいる辺り彼の余裕のなさが伺えた。

 だがそれにも彼なりの理由があった。

 秩序なき詠唱の最大の強みは、相手に術式の準備をしていることを悟られないところにある。あらゆる前準備を粗方脳内で処理することで出がかりを潰されることを防ぐ。術式の発動を勘ぐられるだけで相手に警戒されて、思い通りに戦えなくなる。

 もう一つの強みは、相手の不意を突ける点だ。詠唱を必要としないことで術式がほぼ出来上がった状態から顕現するので、相手は非常に短い時間での対処を迫られることになる。術式がどのような変化をもたらしたか、その変化がどのように形を変え術式として完成するのか。そして完成した場合どのような対処が最適なのか。短い時間でこれら全てを考慮しなければならなくなるので、不意打ちとしては非常に有効である。

 風間がその不意打ちとして選択したのは階層揺落という風属性としては上位の部類に入る魔法だ。風の溜まり場を幾つも相手の頭上に展開し、収束が終わると相手目掛けて風の弾を貯めた風の分だけ放ち続けるという高校卒業レベルの魔法だ。

 詠唱に呼応し、風溜まりの玉から高速で飛来する風弾を連続射出する。まるで台風が発生したような音を発しながら標的めがけて突き進む。攻撃の種類としては流也が風間に対して使ったものと似ているが、ほぼ全方位での砲撃なのでこちらの方が回避が難しくなっている。

「母なる大地、堅牢なる岩壁で我を守れ。土流城塞どりゅうじょうさい

 風弾が流也に直撃する寸前、地表から砂が流れるように『昇り』術者を囲った。風の塊にぶつかった砂の壁は、砂埃を大量に撒き散らしながらも流れる勢いを衰えさせない。

 やがて舞い上がった砂埃で流也を視認できないほどまでになったが、術式を放った風間には見ずとも結果は分かっていた。

——さすがだな。あれを即座に受けきるか。それなりに本気を出したつもりだったが、これぐらいじゃ出し抜けないか。

 高校を卒業していない身とはいえ、風間もそれなりに強くなった自覚はあるつもりだった。実戦経験を幾度となくこなし、秩序なき詠唱を使いこなせるよう研鑽を積み、苦手だった勉強も少しはやってきた。

 だがやはり学園の魔法教師ともなればそれなりに戦闘力を持っている。自信があっただけに、今の一撃を凌がれたのは風間には精神的に効いていた。

——しかし反則的に硬いな、地属性ってやつは。

 こういう時なぜ自分は力の弱い風しか使えないのかと風間は生まれ持った資質を恨んだりする。日常生活ではそれなりに便利に思っているので戦闘面での多少のデメリットは仕方ないと納得はしているものの、やはりいざ戦いになってみると無い物ねだりをしてしまう。

 兎にも角にも、気持ちを切り替えて次の一手を考えなければならない。このまま何もせず嘆いているだけでは、勝利なんて掴めるはずもない。

 そう思っていた時だ。

 突如風間の足元の砂が揺れ始め、みるみるうちに体を覆うように四方を固めていった。中心にいる風間は、まるで自分が蟻地獄の中に入り込んでしまったような錯覚を覚える。

 まずい。

 気付いた時には既に遅かった。

 すぐさま足元に風を集中させ逆噴射し、風の推進力で逃れようとするものの、展開速度が速く砂の壁に囚われてしまった。

 突然降りかかってくる漆黒。完全な密室空間に閉じ込められた風間は突破することを半ば諦めてしまう。

——やられたな。あいつ、土で自分を囲っている間に詠唱していたな。土で完全に覆われていたから風で察知できなかった。

 風弾を防ぐ際流也は土で完全に自分を覆っていた。それはもちろん迫り来る脅威から自分を守る術として使用した意味合いが強いが、反撃の糸口としても有効な一手であった。

——土流城塞を展開しながらこの拘束術式を展開したとは考えにくい。となると最初からこれを念頭に置いて長めに時間を設定していたな。

 術式を構成する際に、その術式が展開される時間も注入した魔力によって設定できる。そうすることによって術者が制御し続けなくても注入した魔力分だけ展開され続ける。もちろんこれは相手に魔法で強引に解除、破壊されなければの場合だ。

 そして風間は知っている。

 術式の効果時間を設定する術者は、戦闘感のある強者であることを。

——となると既に詰みの一手を用意しているか。まあ出来ることくらいはしようか。

 出来ることと言ってもあまりないことも彼は知っていた。

 風間が閉じこまられた空間は一辺が約2メートルの正六面体であると風を巡らせて計測した。それだけの大気では、壁を突破できるだけの大掛かりな術式はできない。

——さてと。流也もそろそろ次の術式の準備を進めているところかな。

 風間が気にかけている流也はと言うと。

 心配していた通り、最後の一押しの準備をしていた。

 流也は風間の攻撃を防いだ際、土の防壁の中で再度土流城塞の術式を詠唱していた。

 但しそれは自身の守りの強化の為ではなく、座標を風間の方に合わせたものだった。一見それは相手を守るという行動に見えるが、流也は防御術式を拘束術式として使用しているのだ。

 その発想の柔軟さで風間の拘束に成功した流也だったが、決して余裕だった訳ではない。

 一瞬でも判断が遅れていれば確実に吹き飛ばされていたし、風間を拘束する方法も防御する為に使用した土流城塞から連想できたからだ。これほど流れるような戦い方ができたのは、奇跡に近かったと流也自身は考えていた。

 それほどまでに、風間は強い、強くなっていた。高校時代の彼しか知らない流也には、想像できない程だった。

 手加減をしていては足元を掬われる。優位に立っている今の状況を無駄にしたくない。

「集う大地、障壁を突き通る剛、この地に顕現せよ」

 トドメの一撃を加える為に、次の術式の座標を固定する。

 座標:術者から展開している土流城塞の中心点まで距離10(10メートルの意)。

 魔力充填開始。術式構成に70%、術式構成速度上昇と術式威力上昇に20%、術式制御に5%、残りの5%を自身を保護する為の防御壁展開に割り振る。

 魔力充填完了により術式の構成が開始する。

 流也の眼前で学園の土が周辺から掻き集められ盛り上がっていき、人間大の球体が出来上がる。術式の中に硬質化の効果を付与しているのでまるで鉄球のような外見である。

 この時点で術式構成が6割方構築完了。仕上げとして推進力の構築を開始する。

 鉄球の球面上に軸を合わせ、魔力スプリングを形成する。

 魔力スプリングとは純粋な魔力で作られた不可視のバネで、伸びきった状態で固定される。解放されることで魔力のバネが一気に縮み、その推進力をそのまま術式本体に移す。

 これを以って術式の構築が完了。すぐさま展開に移る。

壊球槌かいきゅうつい

 最後の詠唱を終え、鉄球が遂に動き出す。

 魔力スプリングによって爆発的推進力を得た鉄球は凄まじい速度で風間を捕らえた箱へと猛進する。

「キャァァァアアア!」

 あの速度の鉄球が人にぶつかればどうなるか、さすがに生徒たちも想像に難くない。その場にいた誰もが、そんなスプラッター的映像を思い浮かべた。その結果の生徒たちの悲鳴だ。

 しかしそんな生徒たちの叫び声は届くことはない。

 風の抵抗、地表との摩擦を受けても減速したように見えない土の塊が無慈悲に土流城塞の壁にぶち当たる。しかしそんな壁一枚で止まるはずもなく、勢いそのままに壁の中まで侵食する。

 耳をつんざくような衝突音が辺りに響く。衝突の際に崩れた土塊が飛散し、グラウンドに無数の小さな穴を削り抜く。

 今日一番の大きな砂埃を巻き上げ生徒たちは皆保護の為に目を覆う。

 視界を奪われさらに動揺の波が広がる中、鬼灯だけが視線を逸らさず事態を見届けた。彼女は正面に風を発生させることで降りかかってくる砂を払っているので目を覆わずとも見続けることできた。

 その鬼灯の目に写り込んだのは、鉄球に圧され壁を突き抜け吹き飛ばされる風間の姿だった。

 両腕で防御する姿勢は取っているものの、その顔は険しくとても受けきれているとは思えない。圧倒的質量に圧され、体は宙に浮き、どんどん飛距離を伸ばしていく。

 しかし鬼灯は不思議に思うことがあった。

 壁から押し出された時、風間はなぜか体を丸めた状態で飛び出してきたのだ。

 普通であれば、このような攻撃を受けて受け身を取れば背中か頭から壁に衝突し、突き抜けると背中から倒れこむように飛ばされるはず。

 一体なぜ風間はそんな通常ではあり得ない体勢で出てきたのか。

 その理由は風間が捕らえられていた中で取っていたある行動にあった。

——攻撃の種類は大方予想通り。だがやはりダメージは結構残るな、さすがに。

 僅かな『風のクッション』を挟んで地面に叩きつけられながら風間は分析を怠らない。

 なぜ風間が体を丸めた状態で出てきたのか。

 それは彼が流也の次の攻撃がある程度読んでいたことにあった。

 自身が閉じ込められた際風間がまず何を考えたかと言うと、次に流也がどのように自分に攻撃を与えてくるかだ。

 土流城塞で形式上では拘束されているが、これはあくまで拘束術式ではなく、防御術式なのだ。なので実際に拘束されているわけではなく、防御壁内では自由に動き回れる。

 完全に拘束されている状態と、一定の範囲内に拘束されているのとでは大きく状況が違う。

 手足などを縛られ完全に身動きが封じられている場合、どんな術式を使用しても致命的な一撃を与えることができる。動けない以上、サンドバッグになるしかないからだ。

 しかし範囲内を自由に動ける場合、行動は限られるものの防御体勢を整えたり攻撃を回避することも可能だ。

 そのことを念頭に置いて、風間は自分の置かれた状況と照らし合わせた。

 自分が囲まれているのは隙間のない土の壁。この壁の中の状況を把握できる術がなければ、向こうも攻め手に困るはず。

 特に困るであろう点は、この土の壁にある。

 この壁は自分の渾身の一撃であった階層揺落を難なく受け切った代物だ。いくら風属性が土よりもパワーが劣るとはいえ、易々と受け切れるものではないと風間は思っている。

 となるとどのようにこの壁を超えて自分に攻撃を当ててくるかが問題になってくる。

 一つ目のパターンは土流城塞を解除してからすぐさま攻撃に移る場合。術者が強制的に解除するか、時間制限で解除するかの違いはあれど、必ず一度壁を全て取っ払った時、いくら流れるように次の攻撃に移れたとしてもそこには僅かばかりの隙が生じる。その隙を突いて回避行動を取るなり事前に用意していた防御術式を展開するかの行動を取れる。もちろん今用意できる防御術式では次に来るであろう高威力の魔法には対応できないが、上手く回避すればかすり傷程度で済む可能性は生まれる。

 流也としてもそれでは面白くないはずだ。

 そこで二つ目のパターンが、壁を取り払わずに攻撃を通してくる場合だ。そうなると壁そのものを無理やり壊すという方法を取って来るだろう。そうすることで逃げ場を失くし、確実に痛い一撃を叩き込める。

 だがこの方法にも欠点はある。

 それはもちろん、壁を破壊しなければならない点だ。破壊するにはそれなりの威力の魔法をぶつけなければならないし、それには相応の魔力量を必要とする。それに壁が破壊される際にその威力は自分に到達する前に軽減される。

 この現状を打破するには、それを利用する他ない。

 風間は自身を風で僅かに浮遊させ、周りを更に風で覆う。例えるならば、大きなボールの内側に入っているような感覚に近い。風でクッション性を再現することであらゆる方向からの攻撃に備える。

 続いて風間は残り少ない大気を利用して、地面を僅かに削り取る。こうすることで仮に上から重い一撃が来たとしても作っておいた隙間に逃れることができる。特に上からの攻撃を読んでいたわけではなく、保険の為の一手だ。

 最後の仕上げとして体を丸めて、流也と向かい合っていた方向に足を向ける。

 風間は流也は正面から攻撃を仕掛けてくると予想していた。細かい理由はいくつかあるが、主な理由として遠隔ではなく自ら放った方が術式構成、制御共に簡単だからだ。但し、その風間の思考を読み立ち位置の移動などを行えばこの考察は全て無駄となるが。

 全ての準備を終えた風間は、流也が次の攻撃を仕掛けてくるのを待った。

 そして。

 想定していた通り、真正面から壁を壊しながら進む攻撃が飛んでくる。よって風間も想定していた身の運び方を実演する。

 迫り来る鉄球に足を(正確には足を囲っている風を)押し付け、流れに逆らわず身を任せる。

 しかしそれだけでは壁に圧殺されるだけで、何の防御姿勢にもなっていない。

 そこで風間は姿勢を僅かに変え、両手を組み大きなグーを作りそれを自身の頭のつむじ付近に持っていく。

 両手が反対側の壁に着く頃、できる限りの魔力を両手に集中させ、更に足も精一杯鉄球を蹴り突進力を最大限高めた。

 両手を組み壁の一点にだけ接点を持つことで持てる全ての推進力をその一点にだけ集中することができる。

 風間がこの姿勢を取った理由がもう一つ。

 中の暗さで忘れてしまいそうだが、囲んでいるのはコンクリートではなく、土である。つまり、壊すこと自体そう難しい素材ではない。

 自分の力だけでは風として使う大気が少なすぎるので断念したが、鉄球という推進力を得た今では話が違う。

 一点に大きな衝撃を加わったことで壁を維持できなくなり、亀裂が走り、やがて大きく穴が空いた。肥大していく穴に、今度は自分の体が頭から突っ込んでいく。すると穴は更に拡大していき、丸めた体が通ってしまうほどの大きさまで広がった。

 そのまま鉄球に押し出され、風間は見事に壁を突き破って見せた。

 もちろん無傷で突破できたわけではない。両拳は土壁を破壊した際の衝撃で膨れ上がり、首も穴を広げた時に痛めた。それに、風で体全体を包んでいたとはいえ、全身に擦り傷程度の傷が付いた。しかし何もせず押し潰されるよりかは大分被害は抑えられたことには違いなかった。

 地に仰向けの状態で伏している状態の風間を、鉄球はそれ以上追ってこなかった。どうやら建物などに被害が及ばないように、移動できる座標を壁の位置までに設定していたらしい、壁は全て破壊されたがそれ以上進行してくることはなかった。

「けほっ、凄く煙たいな。おまけに体が痛い」

 体の痛みよりも砂煙による煙たさを嫌った発言を受け、流也はたまらず笑ってしまった。

「はははっ! すごいね、風間は本当に。今の攻撃をほぼ無傷で切り抜けたのにも驚いたが、その余裕ぶりには本当に恐れ入るよ」

「無傷とは程遠いと思うけどな。それにそこまで余裕ってわけでもない、ギリギリだったよ」

「謙遜も程々にしておかないと嫌味に聞こえてしまうよ?」

 頭を掻きながら流也は苦笑する。

 嘘を吐いているつもりはないが、確かにまだまだ戦える状態ではあった。魔力もそこまで消費していないし、体の傷も両拳の痛みだけだ。そこさえ我慢すれば戦うこと自体は容易だ。

 しかし繰り返しになるが、これは戦闘ではない。あくまで防御術式のデモンストレーションだ。

 だからここは。

「俺の負けだよ、流也。なかなか強いね、楽しかったよ」

「僕も久々に全力を出してしまったよ。大きな怪我はしていないみたいだけど、保健室で見てもらった方がいいね。怪我をさせて悪かった」

「気にするな、自分の未熟さが招いた結果だ。保健室にはデモ中に多少無理をしたと説明しておくさ」

「そこまで気を使わなくてもいいけどね、生徒用のデモとは言え怪我をさせてしまったことは事実、いかなる処分も受ける所存だよ」

「俺が頼んだことだ、心配するな。それに生徒たちはおかげでそれなりに刺激を貰えたと思う」

 風間の言葉通り、生徒たちには多大な衝撃が走っただろう。

 魔法を使っての本気の戦闘を見ることさえ初めての者が多い中で、あれほどの戦闘を見せられたのだ。衝撃を受けないはずがなかった。

 必死にノートに書き留めていた生徒たちも、ノートが手元から落ちたことさえ気付かずに目の前の戦闘に集中していた。しかし彼らもノートを取らずとも、その目で捉えらものを脳内に刻んだか、輪郭に焼き付けたに違いない。

「とまあこんな感じで防御術式の展開例を見てもらったわけだが、もちろん使い方は他にもたくさんある。とりあえず今から二人、あるいは三人組を作り一人が簡易攻撃魔法、もう一人がそれを防御してみろ。三人組なら余ったもう一人が分析するのも悪くないだろう。時間が終わるまでに全員に最低でも一回は防御の番を回すようにな」

 急遽実技の監視員としての風間に戻り、生徒たちは一瞬固まるがすぐに言われた通りに各々の組みを作り上げた。グラウンドにいた全員に目配せをし、あぶれた者がいないことを確認する。

「今日は僕がここを見ておくから、風間は保健室に行って治療してくるといい。幸い大きな傷ではないからすぐにでも治してもらえると思うよ」

 流也のその申し出に、自分の居場所が取られる危機感を覚えないでもなかったが、風間としても早く手の痛みを解消したいところだったので快く受けることにした。

「そうか。それじゃあここは頼んだ」

「任されたよ」

 短く言葉を交わし、風間はそそくさと保健室に向かった。

 しかし彼はこの時気付かなかった。

 その場に、さっきまでいたはずの鬼灯がいなかったことを。

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