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風が教えるもの  作者: 風見 優
7/20

 その日の午前の授業を何事もなく終えた風間は自身の仕事に対する手応えを感じながら午後の授業に赴く。向かう最中、午後に流也という昔の友人らしい男が訪ねてくることを思い出した風間だが、誰かが見にきたところで別段変えるところはないのでそのまんまの自分で行くことにした。

 校庭に向かうと、生徒たちが既に揃っており、皆自分を待つばかりと行った状況だった。周辺を軽く一瞥するものの、流也らしき人物の姿は確認できない。

「遅いです、先生」

「……遅れたのは悪いが、まだ2分しか経ってないぞ」

 腕を組み仁王立ちしていた鬼灯が遅刻した風間を叱責した。

 遅れたことは事実だが、たった2分遅れただけでそれを指摘されるのはいい気分ではなかった。

 もちろんそれくらいで苛立つ程風間は小さい人間ではない。常に大きな気持ちを持って余裕を見せるくらいがいい、というのは彼の弁だ。

 鬼灯の表情を伺う。自分を見ている目が一段と鋭さを帯び見えぬ攻撃を仕掛けてきている。いくら人の感情に疎い風間でも、昨日自分が弟子入りを断ったことに腹を立てていることくらいは察した。

「とにかく、今日は昨日やった魔法壁展開術の続きを————」

 術者を守る為の魔力の壁、魔法壁の展開の練習を始めようとする風間を、生徒たちの声が遮った。

「あっ、地角先生だわ! こっちに近づいてくる!」

「本当だ! やっぱり格好いいわ、地角先生!」

——本当に来たんだな、地角……流也。よし、名前はちゃんと憶えていたな。

 名前を憶えていたことに少し嬉しさを噛み締めながら、生徒たちが向けている視線の方へ振り向く。

「やあ、風間。元気でやってるかい? っと、僕がいたらやっぱり邪魔かな?」

 そんなことはない、と返そうとする風間だったが、彼が返す前に、

「全然、そんなことないですよ!」

「地角先生がいるなら皆気が引き締まって気合を貰えます!」

 生徒たちが食い気味で流也を引き留めた。

——まあ別に俺も同じことを言うつもりだったが、生徒たちに言われると気分的には少し複雑だな。

 すぐに気を取り直して風間は凛とした態度で流也を歓迎した。

「あぁ。今からちょうど実技を始めるところだ。危ないかもしれないから少し下がったところで見てもらった方がいいだろう」

「そうさせてもらうよ」

 流也が風間の申し出に素直に従うことにし、校舎の近くまで退避しようとする。

 しかしそこで一人の生徒が一言、こんなことを言い出した。

「地角先生と風間先生って、一体どっちが強いのかしら?」

 不敵な笑みを浮かべるのは、もちろん、鬼灯だ。

 原則として、先生同士、先生と生徒間、そして生徒間の戦闘行為は許されていない。昨日の鬼灯と倉田のように、『魔法の練習の為の模擬戦闘』などの理由がなければそれなりの懲罰が与えられる。生徒ならば停学などの謹慎処分、先生なら減俸や最悪、解雇まで。その規則があるからこそ、私闘は最小限にまで留められている。

——こいつ、腹いせのつもりか? 断られたから俺に厄介ごとを押し付けるつもりか。

 自分と流也を戦わせようと画策する鬼灯を睨みつける風間。当の鬼灯は彼の視線に気づくと、舌を短く出して片目を閉じながら彼を挑発した。その反応を見て、風間もこれが嫌がらせであると確信した。

 そうと分かれば、取るべき行動は一つしかなかった。

「言っておくが、学内での私闘は固く禁じられている。破れば先生だろうと誰であろうと罰を受ける。それを知らないお前じゃないだろう?」

「はい、ですがそれは相応の理由がない場合に限ります。例えばお互い合意の上で、なおかつ私怨を含まず明確な目的があっての戦闘であればその類ではない。違いますか?」

 その言い回しに、風間は僅かに身を震わせる。

 風間は昨日鬼灯と男子生徒の戦闘のことを思い出していた。あの場にいたギャラリーなら分かっているだろうが、あの戦いは完全に私怨を含んだものだった。鬼灯自身その気持ちはなかったが、男の方には確かな、殺意にも似た攻撃的思考が存在した。

 しかしいざ学園長が来た時、鬼灯は咄嗟に理由をつけてあの戦闘行為を不問にさせた。心にもないことをすらすらと口にし、あたかも最初からそんな理由で戦っていたかのように説明した。

 もしかしたら今回も、言い逃れできるように理由を考えているのか。そう考えるとさすがに風間も身構える。

 だからと言って、諦めて鬼灯の言う通りに動くのも癪に触る。たとえどんな理由を作っていたとしても、全力で戦うことを回避する方針は変えなかった。

「どうやらそういう事になっているようだな、この学園では。だが俺と流也が戦う理由はどこにもない。俺には別段強くなりたいという意思は持っていないからな」

「鬼灯くん、残念だけどそれには僕も賛同しかねるよ。風間は確かに正式な先生ではないかもしれないけれど、間違いなくこの学園の関係者であり、大切な僕たちの仲間だ。そんな彼と無意味に戦うことには賛成できないね」

 流也も風間の意見を尊重した。実際に戦うとなれば流也も部外者ではない。教師である彼も重い罰を受ける可能性が高い。

 心強い味方をつけた風間はさらに念を押す。

「そういう訳だから、俺たちが手合わせをすることはない。模擬戦をしたいならばしかるべき手順を踏んで認可をもらうことだな」

 風間が昨日何の気なしに目を通した学園の目次に私闘に関する掲載に乗っていた。

 双方が合意の上で明確な実益のある理由を挙げ、学園長他審査員役を引き受ける教師最低2名の計3名以上認可が下りれば学内での戦闘行為が認められる。

 ここで重要なのはもちろん、双方が合意の上で、の部分だ。

 話は簡単、自分が戦闘を望まなければ認可が下りることはない。それが分かっているからこそ風間は余裕を見せることができている。

 しかしここで風間は怪訝な顔を浮かべた。

 なぜか鬼灯もまた、余裕そうな顔をしていたのだ。それどころかニヤッと薄い笑みさえも溢している。その不気味さに、風間は不思議と飲まれていくのを感じていた。

「確か今日の授業は防御術式の有効的な展開法についてでしたね。防御術式は私たちにも使えますが、実戦的な使い方にはまだ慣れていません。それにそういう使い方を実際私たちの目で見る機会もありません。その理由はこの学園の規則で私闘が認可の元でなければ許されないというところにもあります。そう、私たちには実戦形式で練習する機会があまりないんです。ですからこの実技の時間は私たちにとって大切な時間なんです」

 風間は彼女の演説を聞き、大きく見開いた。

 この流れはまずい、直感でそう感じた。そう感じてしまうほど、その演説には力と勢い、そして抑えるべき要所は抑えていた。

 彼が最も目を見張ったのは、風間が盾にしていた学園の規則を引っ張ってきたところだ。

 彼女はただ自分と流也が戦うことで得られる経験を述べただけではなく、学園が設けている規則があることで自分たちが不利益を被っていることを訴える。そうすることで自分が盾にしていた規則が突然、生徒の成長を妨げる原因であるような印象を植え付ける。

 そして風間が最も恐れた事態が発生してしまう。

「うーむ。確かに私闘が学内で問答無用で許されれば生徒たちの安全面や倫理的な問題に抵触してしまうけれど、君の言う通り実戦で使われるような魔法やその使い方を見る機会は限られてくる。それは君たちの学ぶ道を妨げているのかもしれないね」

 流也が彼女の演説に感化されたのか、そんな心情の変化を吐露する。彼も教師として日々生徒のことを第一に考え、生徒たちが成長することを何よりも願っている。

 鬼灯は彼のそんな性格も計算に入れてあの演説をしたのだと、今更のように理解した風間。しかしそれが理解できたところで、風間には既にこの状況をどうすることもできなかった。

「そうだね、風間さえ良ければお相手するよ。もちろん授業用に威力を抑えた術式を使用する。どうだい?」

 鬼灯の言葉で乗り気になってしまった流也をどう対処するか、風間は困り果てた。どのような言葉で応戦すれば流也を再説得できるのか。残念ながら咄嗟にいい文句が思いつけずにいた。

 何か反論しなければ一気に戦う方向へ傾いてしまう。分かってはいるものの、何も言い返せない自分を非常にもどかしく感じた。

 そしてそんな風間を、さらに追い詰める事態が起こる。

「そうだよ、先生。私たちに見せてくださいよ」

「俺も講義では展開方がよく分からなかったんだ。見せてくれると助かるぜ」

「風間先生! お願いします、もっと実戦で見せてください!」

 他の生徒たちも流れを汲むかのように風間を追撃した。その場にいた人間の内、風間の意向を支持する者は彼以外、誰一人いなかった。

 ここで風間は考える。

 今彼が生徒たちから挙がる声を殺し頑なに拒否すればどうなるか。

 この場は乗り切れるだろうが、教師たちの、そして学園長への心証が悪くなるのではないだろうか。頭の非常に硬い融通の利かない監視員だと思われ、職を追われるようなことに発展しないだろうか。強迫観念が風間を急襲した。

 チラリと生徒たちの表情を窺ってみる。

 ほとんどの者が笑顔で自分を見つめている。その笑顔の数だけ、風間は恐怖を覚えた。

 その中でも一番嬉しそうな顔をしている鬼灯は口元を手で隠している。恐らく笑うのをひたすら我慢しているのだろうと風間は推察した。

——こいつ、本当に憎たらしいな。憎たらしい程、頭が回る。だが、いいだろう。こうなったら、付き合ってやるよ。

 ゆっくりと目を閉じ、天を仰ぐように頭を傾ける。いつも心地よく思っていた緩やかな風の流れや音が、今は楽しめなかった。

 こうなってしまった以上、自分も受けるしかない。そういう空気の流れを人の気持ちに疎い風間でもひしひしと感じていた。ここで屁理屈をこねていても自らの評判を落とすだけだ。それならさっさと終わらせて早く心地よい風を取り戻そう。追い詰められた風間はそう心に決める他なかった。

「ふぅ。分かったよ。それじゃあ防御術式の使い方ってやつをまず見せる。その後お前たちはペアを組んで片方が攻撃、もう片方が防御術式で防いでみるんだ。五分毎に交代を繰り返す」

 今日の授業の内容を先に説明し、風間は流也に向き直った。流也は戦うことになったのだが、それでも笑顔を絶やさずにいた。むしろこの状況を楽しんでいるんじゃないかと風間は勘ぐる。

「まあそういうことなんで、一つよろしくお願いします、地角先生」

「はい。お手柔らかにお願いしますね、風間先生」

 成り行きとはいえ、戦う以上風間は負けるつもりがなかった。

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