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午後の実技の授業を終えた風間はその日の務めを終え、帰路に就こうとしていた。午後は別のクラスを請け負い、その授業では実力テストなどは行わず、ただ監視員として生徒たちの安全を見守る係を徹底して務めた。
ただ見守っていただけなのでそれほど疲れは溜まっていなかったが、午前の時点で疲れていたので帰ってすぐに布団に潜り込もうと決めていた。
暑い風呂に入り、キンキンに冷やした水を飲む。それが今の、金のない彼にとって最上級の幸福な時間を作り出す。
その時間の為に定時で帰ろう。そう決めていた風間だったが、帰り支度をする最中、とあるものを目撃する。
——あれは、鬼灯か? あんなところで何をやってるんだ?
校舎の隅っこで一人佇む鬼灯。彼女の周りには数本ペンが地面に刺さっている。
一見なんらかの儀式を行っている最中かと観察を続ける風間。しかし次の瞬間、それが儀式などではないとすぐに理解した。
——風の魔法。それを使ってペンを浮かせている。なるほど、風を使って複数の物体を操る練習か。
鬼灯は自らの周囲に微風を発生させ、腰の辺りまでペンを浮かせてみせる。
数にして5本。色も形も違うペンが空の上を踊る。
地面の方に目を移すと、そこにはまだ何本かペンが刺さったままでいる。それが一体何を意味しているのか、鬼灯とそれを側から見ていた風間はすぐに理解した。
「はぁ。まだ四本が限界か。全然成長してないな、私」
未だ刺さったままのペンを見つめ、鬼灯は大きく肩を落とす。
彼女は毎日こうして誰も来ない場所でひっそりと修練に励んでいた。目的の為にただひたすら練習を積み重ね、強くなることだけを考え続けてきた。だから今もこうして魔法の練習をしていたのだが。
ボトッ、ボトッ。
浮遊していたペンの二本が地面に落ちる。
焦る気持ちとは裏腹に、鬼灯は伸び悩みを感じていた。どれだけ勉強を積み重ねても、どれほどの時間を魔法の修練に割いても、一向に強くなっている感覚がなかった。
早く力をつけて、それを全員に認められなければならないのに、今のままでは全然足りない。でも焦れば焦るほど結果はついて来ない、そんな気がした。
「何が、足りないの?」
「空間を把握する能力、かな。まっ、練習すればそれも付いてくるだろうさ」
「————誰っ!」
意識がペンから声の方に移ったせいで浮遊していたペンが全て音を立てて地に落ちた。
鬼灯が振り返った先には、彼女の見覚えのある男が立っていた。
「風間! ……先生。一体何の用ですか?」
呼び捨てにしようとして、途端で『先生』と付け足す鬼灯。同じ魔法系統を使うライバルとして意識している反面、生徒と監視員としての立場の区別もちゃんとしなければならない。鬼灯としては複雑な心境である。
「特に用はないが、面白そうなことをしていたからちょっと寄っただけだ。邪魔して悪かったな」
立ち去ろうとする風間を、しかし鬼灯は彼を制止する。
「ちょっと待って。空間把握が足りないってどういうこと?」
指摘した点に関して鬼灯がさらなる説明を求める。
風間のことはライバルという位置で認識し、自分より強い相手ということで反抗的な態度は取っているものの、その力だけは認めている。
そんな彼からの助言だ、聞かないわけにはいかない。
例え嫌いな相手からの言葉だったとしても、自分が強くなる為に利用する。感情だけには左右されない、強い精神を持つことが優秀な魔法使いになる為の一歩である。
「文字通りの意味だ。風を使う以上、周りの空間を全て把握するくらいでないと複数の物体の操作はできない。恐らく今お前が行ったのはあらかじめ座標を固定しそこに上昇気流を発生させることでそのペンを浮遊させたんだろうけど、それだと風に乗ったペンの不規則な動きには対応しきれない。現に浮遊させたペンが数本落ちただろう?」
鬼灯は反論することができなかった。挙げられたことすべてが図星で、言い返そうとしても反論要素が何一つ見つけられなかった。
風間の言った通り、鬼灯は座標を固定し、その固定した座標にペンを差し込んだ。そうすることで初期設定だけで術式が完成し、制御も構築もそう難しくない術式に仕上げた。
しかし座標を固定してしまったことで風に煽られたペンの揺らぎに着いていけず、ペンが座標から外れ地に落ちた。
「悔しいけど、先生の言う通りよ」
それを認めることは、風間に対して敗北したと宣言するようなものだ。しかし負けを認めてでも、風間から教えを乞うことを選んだ。だがもちろん彼女にとっていい気分ではない。
「じゃあどうすればよかったの? エスパーのように自分の周りの空間全てを把握しろとでも言うの?」
「まあ平たく言えばそうだな。確かに不可能に聞こえるが、風を使う者であればできないこともない」
「周りの空間って、自分が見えない範囲もあるのよ? どうやってそんなとこまで全て把握しろって言うのよ?」
「その為の風だろう?」
風間は当たり前という感じで即答で返すが、鬼灯にとってはさらに疑問を深める一言だった。
「風で、一体何ができるって言うのよ?」
「お前、俺との戦いで何も感じなかったのか?」
質問を質問で返されると、鬼灯は午前中の授業での戦闘を思い出す。
真剣に戦って、そして完膚なきまでの敗北を味わった時間。思い出すだけでも忌々しく感じる瞬間であったが、問われ冷静に分析し始める鬼灯。
彼女の怒涛の攻撃を、風間は顔色一つ変えずに冷静に対処しきった。全ての技に対して最適と思われる回答をだし、それを実行した。
思えば、彼女には一つだけあの戦闘での疑問があった。
それは最後の一撃、風間が竜巻で自身を守護していた時、彼はその風量で見えなかったはずの鬼灯の突進攻撃を完璧に読み、たった数秒で座標を固定し自分を傷つけない程度の適切な風量で地面に伏した。まるで最初からその攻撃が来ると知っていなければできない動きだった。
「もしかして、全て把握してたって言うの? あの竜巻の中にいた時も?」
「さすがに全てって訳にはいかないが、大体の動きは掴んでいた。これも、風の魔法を使う者だからこそできる芸当だ」
鬼灯は絶句した。
確かに彼女は、風間とは大きな力の差があることは痛感していた。だが自分も強くなれば、彼と戦えるくらいにはなれるだろうと奮起していたところもある。
だが実際は風間と彼女との間には、圧倒的なまでの力量差があった。知識、経験、想像力、対応力、洞察力。全てにおいて、風間は彼女より優れている。それも、彼女を絶望させるほどに。
力なく、鬼灯はその場で膝を着く。
自分はどう頑張っても、彼の領域に達することはできない。そう感じた瞬間、全身から力が抜け、何も考えられなくなった。
今まで自分がやってきたことはなんだったのか。単なる時間の無駄で、無駄な足掻きだったのか。そう考えてしまうと、途端に脱力感が彼女を襲った。
「どうした? 腹でも減っているのか? 悪いが俺には奢ってやる金はないぞ?」
「違いますよ、先生」
——声色が、変わった? 随分と柔らかくなったな。
さっきまで自分に対してつんけんした態度で接してきた相手の変わり様に、風間は違和感を感じた。
しかし人の気持ちなど理解できない風間には、今彼女がどんな心理状況なのか、察することができない。一つ分かっているのは、空腹で倒れそうになっている訳ではないということだけだ。
「なら何故そんな世界の終わりを見ている様な顔をしている? 健康な身体と生きるために必要な金銭、それがあって何故そんな顔をする?」
風間は体こそ健康そのものだが、今彼にはその生き抜く為の資金が足りていない。だから風間は何故鬼灯が彼以上に切望を感じているのか疑問に感じていた。
「先生には、分かりませんよ。強くて、何でもできてしまう先生には」
「何でもできる? 俺は一言もそんなことは言ってないけどな」
「だけど先生には力がある。私が今までずっと頑張って身に付けた力を、先生は軽く捩じ伏せた。もう私には、何も残ってない。たくさん勉強したはずなのに、魔法に対する理解力も先生には全然敵わない。戦闘のセンスも、私と先生とでは比べ物にならない。もう私には、どうすることもできない……」
いつも強気で勝気な彼女から想像もできない様な態度と弱音を目の当たりにし、風間はどう声をかけるべきか悩んでいた。
ただ気軽に声をかけただけだったが、どうやら彼女にはそれが差し含ませるトリガーになってしまった様だ。
——あの生徒、イース=アールストレームが言っていたのはこれのことか。どうやら本当に鬼灯には、力を手に入れなければならない事情があるらしい。だが俺に一体何をしろって言うんだ。
あまり大きく動いて騒動を起こせば責任を取らされる。それが原因で職を失えば絶望の淵に立たされるのは自分となってしまう。
今風間には、人のことを気にしている余裕などどこにもなかった。
——しかし、それはそれ、これはこれ。彼女の発言に対して言っておきたいことならある。
「一回二回負けたくらいで何を言っている? それにそれは俺を見下していたからじゃないのか? 確かに俺はただの監視員で、教員でもないが、踏んできた場数、経験はお前たち生徒よりは多い。だが当たり前だろう? 俺はお前たちより少しは多く生きてるんだ。経験はお前たちより豊富だ。そして戦闘において、経験は大きな武器になる。だから経験が自分よりも多い相手に負けることなんて、普通のことだろう? むしろそんな相手に勝ってしまう方が珍しいんだ。まあそいつは紛うことなき天才ってことになるが」
別に落ち込んでいる鬼灯を元気付けようとしている訳ではない。ただ、少し負けただけですぐに挫けてしまっている心の弱さを、風間は見ていられなくなった。
まるで、かつての自分を見ているようで、我慢がならなかった。
「あまりこういうことを言うのは好きじゃないが、確かに俺は強くなった。だが、俺もそれなりの研鑽を積んだ結果の強さだ。そして俺に少なからず魔法の才能があったことも認めてやる。だがお前や、ここにいる者たち全員がそうだろう? 皆魔法の才能があるからこの学園にいる。そして付け加えると、この世界全員、何らかの才能を持っている。魔法力か、体力か、はたまた芸術に対するセンスか。それは人それぞれだが、皆光るものがどこかにある。それが光らないのは、諦めてしまうからだ。磨くことを諦めた宝石が、光るわけがない」
思いの外力説してしまった、と言ってしまった後に後悔する風間。もっと軽い感じで「諦めるな」とだけ言いたかったはずなのに、気づけばどんどん言葉が溢れてきて口から漏れていった。
自分は諦めている目の前の生徒に怒っていたのか。
いや、そんなはずはない、と頭の中で風間は強く否定する。
怒るという感情は、相手のことを少なからず思っているからこそ湧き上がるものであり、今日会ったばかりの他人に向ける感情ではない。それに風間は別に彼女が原因で何らかの被害を被った訳でもない。喧嘩を売られ戦いこそしたが、怪我を負うこともなく無傷な為別段彼女に怒る必要がない。
それなら今の感情はどう説明する。怒ってはいない、だが声をかけずにはいられなかった。そんな複雑な感情を、風間は今まで感じたことなどなかった。
非常に居心地が悪くなった風間は、最後に締めの言葉を付け加えてこの場を立ち去ることに決めた。
「要するに、何が言いたいかというと、諦めるにはまだ早いってことだ。別に諦めること自体悪いことじゃない。そうした方が早く次の目標を立てられるからな。だがもし夢があるならば、半端で諦めるのは勿体無い。できること全部やって、それでも無理なら仕方がない。そうでないならまた頑張ればいい」
「————まだ私、諦めなくていいの?」
「お前は諦めたいのか?」
風間のその問いかけに、鬼灯は涙ぐみながら答えた。
「私は、まだ……諦めたくない! まだまだやりたいこと、いっぱいあるのに。私はもっと、自由でいたい!」
涙を流し泣いてはいるが、その言葉は力強く、そして凛とした表情で紡がれた。
まだ諦めない。挫折や困難を乗り越えてみせる。そんな心の強さが垣間見える願望だった。
ただ、風間には分からない点が一つ、彼女が発した最後の言葉に存在した。
——自由でいたい? 一体何の話だ? 魔法を諦めることと自由になることと一体何の関係がある?
一見何の繋がりもないその二つの願いを脳内で繋ぎ合わせようとするものの、どうにもその二つは交わらなかった。おそらく彼女が抱えている何らかの問題と関わりがあると推察したが、これ以上深く踏み入るとろくなことにならない予感を感じ、追求するのをやめた。
「それなら……」
意を決したように、鬼灯はまっすぐ風間の方を向く。そしてさっきまでの泣きじゃくる声ではない、力強い声色で言い放った。
「私に、魔法を教えてください!」
言葉の真意を理解できず、風間は一瞬思考が停止する。
今の鬼灯は明らかにおかしい。それだけははっきりとしていた。
——今あいつは何て言った? 魔法を、教えてと。そう言ったのか?
明らかに自分を毛嫌いし、敵対心を剥き出しにして向かってきた相手から発せられたものとは到底思えないものだった。しかも出会った初日のことでもある。なぜそんな見ず知らずの者に師事を申し立てるのか、そしてそれがなぜ自分なのか。何度も自問し答えを見出そうとするものの、風間には納得のいく回答が一つも浮かばなかった。
「まるで俺に魔法を教えてくれと聞こえたが、今のは俺の気のせいではない、よな?」
とにかく確認する必要がある。そう感じた風間は今の発言を再度要求した。
しかし帰ってきた言葉は、彼の求めていたものとは程遠かった。
「はい。私は先生から魔法を教わりたいです。私に強くなる方法を、教えてください!」
「ちょっと待て。一体なぜそれが俺なんだ? 俺なんかに教わるより他の先生たちから教わった方がよっぽど建設的だろう。知識の方はもちろん、経験だって先生たちも積んでいる。教員免許を持っていないただの監視員から教わるより他の先生を頼った方がいいぞ?」
面倒なことに巻き込まれたくないというのもあったが、それ以上に風間は真面目に師事する人間を変えることを提言した。
——こいつには言っていないが、俺は勉強もろくにせず高校を中退した身だぞ? よくそんな人間に師事しようと思えるな。
そのことを伝えれば自分に師事することを諦めると風間は踏んだが、無闇やたらに個人情報を公表することを好まない(さっきのリーンに対しては仕方がないと思っている)ので心の内に潜めておいた。
しかし鬼灯も負けずに食い下がる。
「私は先生の他に師事する人はいないと思います。先ほどの戦いで先生が見せた術式の数々。目立ちませんがどれも高度な技で、的確に私の攻撃を防いでいました。私が繰り出した攻撃に対し、先生は最適の術式を即座に組み上げ座標も見事に押さえてきました。動作に全くと言っていいほど無駄がなく、そして怪我一つさせることなく私を組み伏せました。同じ系統の魔法を使う人に、これほど圧倒されたことはありませんでした」
急な称賛の嵐に、風間はどう反応すれば分からず硬直した。
褒め慣れていない、というのもあったが何より彼が知っている彼女のイメージからは想像もできないような言葉が次々と紡がれたからだ。
驚いたのはそこだけではない。
彼を感心させたのは、彼女の理解力と分析力だ。
戦っている最中、鬼灯はただ激情に任せてただ闇雲に目の前の敵を倒すことだけに集中、執着していただけだと感じていた。現に彼女の視界には風間しか映っていないような、無茶とも言える戦い方をしていた。後先のことを考えず、ただ風間に勝つ。戦っていて、彼はそんな印象を持っていた。
だが実際はちゃんとあの戦いを見つめ直し、自分なりに分析していた。それを戦闘中にやっていたのか、終わった後に見つめ直したのか。どちらにせよ、自分を客観的に見れることは非常に良い習慣だ。
しかしそれはそれ、これはこれ。前途有望な生徒であることには変わりないが、だからと言って弟子に取るということにはならない。
むしろ彼は、彼女が優秀だと分かっているからこそ、取りたくない気さえしているところだ。
「それに師匠とするならば、自身と同じ系統の魔法使いの方が何かと都合がいいはずです。術式の構成法や座標固定への観念、戦闘に関する考え方まで、同系統の魔法術師はあらゆる共通点を持つ。なら同系統の使い手から学ぶ方が得られるものも大きく、より早いスピードで成長できる。違いますか?」
何も違わない、全て鬼灯が語った通りだ。そう思っている者がほとんどだからこそ師弟は同じ系統の魔法使いが多い。弟子側からしてもメリットが多く、師匠の側からしても教えやすい。誠に理にかなった法則であることは風間も理解していた。
しかしその道理はどうも、弟子側に寄りすぎているとも感じている。
今彼女が挙げた点に嘘も間違いも含まれてはいない。しかし、全てが弟子目線からの利点であって、師事される側としては迷惑に思う部分もある。
師弟関係を結ぶことになると、必然的に師匠となった者は多くの時間を割くことになる。そして時間を弟子に咲くことになれば、それは自身の仕事を多少疎かにしてしまう危険性も伴う。
つまり弟子に時間をかけ過ぎれば、今の職を失うことに繋がる可能性もあるということだ。
師匠としてのデメリットはまだある。
師は弟子に少なくない時間と労力を割いて面倒を見て、一人前の魔法使いとして育てていく。弟子が強くなる、それは大いに結構なことではあるが、師匠としては弟子に何らかの形で一人前になったという証明が欲しいのだ。
具体的な例としては、数多くの命を救った功績を立てる、新たな魔法理論或いは術式を開発、発表する、特定の分野で活躍し名声を挙げる。そういった目に見える成功を収めなければ、師匠としても実利的なメリットは得られない。それ故に師匠となる者は慎重に弟子となる者を選定したり、多くの弟子を取りその中の誰かが大成することを願う。もっとも後者の方は私財を持っている者に限られるが。
風間はその私財も、人を教える心と時間の余裕も持っていない。
断る理由としては、これ以上にないものだ。
「悪いが、俺は今のところ弟子を取るつもりはない。お前の熱心さは買うが、今は誰かに教えている余裕はない。もし弟子入りを望んでいるなら他の先生たちを訪ねるといい。系統が違うかもしれないが、だからと言って学ぶことがないわけじゃない。知識や経験から学べることは多いはずだ。それにお前を弟子にしたいと思っている先生はいくらでもいる。何も出会って初めての奴を盲目的に選ぶ必要はない」
理由を丁寧に補足しながら断る旨を伝えた。さすがに心は少し傷んだが、自分にはその余裕がないので仕方がないと自分の中に強く言い聞かせていた。
「なんで、ですか? 私では、ダメですか? 弟子になるには足りないと、そう思ってるんですか?」
「そうは言っていない。言っただろう、俺は弟子を取るほどの余裕がないんだ。監視員としての仕事で手一杯なんだ、理解してくれ」
「ついででいいんです。少しでいいから、私に魔法を教えてください!」
すがる思いで風間に頼み込む鬼灯。今の彼女には、彼しか視界に入っておらず、他の者に師事するなんて考えられなかった。だからいくら拒否されようとも、粘り続ける腹づもりでいた。
そしてそれはなんとなく風間も感じ取っていた。
——どうしたものか。どう伝えれば諦めてくれるのだろうか。
普段人のことなど気にもしない彼は精一杯相手を傷つけないように思考を巡らせている。この急な心の変化は、監視員という立場になり少なからず生徒に配慮しなければならなくなったからだと風間は結論づけている。
——働くというのは、こんなにも面倒なことなんだな。
就職さえすれば将来は安泰だと思っていた風間は思い知らされた。本当の戦いは、その先にあるのだと。
「何回頼んでも無理なものは無理だ。俺は弟子を取る気は無い。話は以上だ。練習の邪魔をして悪かったな」
踵を返してその場を去る風間。後ろから何度も懇願する声が聞こえたが、振り向くことなくその場を後にする。一度振り向いてしまえば、取り付く島があると思われてしまう。それを嫌った風間はいつもの無関心を決め込み歩みを続けた。
——もしかすると、これからもあいつは俺に師事入りを頼んでくるかもしれない。隙を見せてはいけないな。
固く心に決め、帰路につく。
しかし固く決意したのは、彼だけではなかった。
「風間、絶対に私の師匠にしてみせる。見てなさいよ」
鋭い視線を向ける鬼灯の双眸には、熱意が火を起こしそうな程満ち満ちていた。




