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「というわけであなたには生徒たちの魔法実技の監督をやっていただきたいんです。前任の人が体力的にキツくなったようで、授業は引き続き前任のクロウ先生が受け持ちますが、あなたには彼の代わりに実技の方をお願いしたいのですが」
「実技ですか。詳細はまだ聞いてないんですが、特に教える必要はないんですよね?」
「はい。あくまであなたには監督役として生徒たちを見守っていてもらいたいんです。実技の時間には戦闘行為なども含まれますが、それは模擬戦の域を出ないものなので。生徒たちに大怪我させるわけにはいきませんからね。ですからそのようなことがないよう風間さんには未然にそれを防いでもらいたいんです」
風間は自分が受け持つ仕事内容を聞き心の中で安堵した。
生徒に魔法を教えないことは最初から知っていたが、どんなことを求められているのか正確なことはこの時まで知らされていなかったので、これからの仕事に一抹の不安を覚えていた。
しかし改めて内容を聞くと、それはとても簡単なものであると風間は感じた。
要約すると、生徒たちが前任のクロウ先生から学んだことを実践しているのを観察しているだけでいいのだ。唯一気をつけなければならないのは、その際に発生する可能性のあるイレギュラーを迅速に対処しなければならない点であるが、それも風間は容易であると確信していた。
風間は教員免許こそ所持していないものの、魔法の実力にはある程度の自信があった。それに彼が使う風の魔法は事態を沈静化するのに性質上適している。
(なんだ、思っていたより簡単だったな。問題を起こすような生徒がいなければ楽勝な仕事だ)
「あっ、もしかして意外と楽な仕事内容で安心してます?」
上手く隠していたつもりの風間だったが、どうやら少しだけ表情に出ていたようで、すぐに学園長に心情を見抜かれた。
「まあ否定はしません。要するに見ているだけでいいんですよね? 問題が起これば止めに入るだけで」
「まあ平たく言ってしまえばそうなりますね。ですが侮っていてはいけませんよ? 高校生でも大きな魔力を秘めた者や魔法力の高い術を使える人もいますからね。それなりにきつい仕事になるかもしれません」
ニッコリと笑みを浮かべる学園長に、風間は少しだけ戦慄した。しかしすぐに立ち直り笑顔を返した。
「大丈夫ですよ。なんとかしてみせます」
「まあ頼もしい。では大いに期待するとしましょう。頑張ってくださいね、風間さん。あら、話していたら早速授業の時間ですね。場所は校門近くのグラウンドで行われます。入ってきたところですから、場所は分かりますね?」
風間は少し前の記憶を掘り返し、すぐにあの野球の朝練が行われていた場所だと気がついた。
「はい、大丈夫です。それでは行ってきますね」
「健闘を祈っていますよ」
終始笑みを浮かべ続ける学園長を後にし、風間は生徒たちの待つグラウンドへと向かった。
「えーと、今日は歳をとって体力が持たなくなった私に変わり、新しくこの実技の監視をしてもらう先生に来てもらっています。はずなんですが、今はまだこちらに到着して……あっ、来ましたね」
グラウンドで整列している生徒たちの前で講師が変わることを説明しているクロウ先生。
自ら老いを理由に交代することを告白した通り、見た目は仙人に近い老人だった。長い白髭を生やし、背筋を曲げて喋るその姿からは、どう頑張ってもイレギュラーに対応できるようには見えなかった。
少し遅れて到着した風間を手で子招きしたクロウ先生は、生徒の前で軽く自己紹介するよう促した。
——自己紹介か。何も考えていなかったな。先生じゃないから特に必要ないかと思っていたんだが、まあいいか。
というわけで適当に思いついたことを喋ることに決めた風間。とにかく与えなくてもいい情報だけを避けるようにスピーチを始めた。
「そんなわけで今日からこの実技の授業を監視することになった風間だ。特に何かを教えるわけでもないが、危険が及びそうだと判断した場合介入して止めるよう言われているのでなるべくそのようなことを起こさないようにだけ注意してもらいたい。俺からは以上だ」
特に自分の話はせず、この授業で知っておいてもらいたい内容だけを連絡した風間を、生徒たちは全員興味ありげに視線を送った。
生徒たちの興味の矛先はしかし、風間が話していた内容よりも風間自身に向いていた。
それを察したクロウ先生が切り出した。
「それじゃあ実技の授業に入る前に風間先生に何か尋ねたいことはありますか? 風間先生、全部に答えなくてもいいですから生徒の質問に答えてあげてくれますか?」
「はい。まあ自分に答えられるものなら」
風間は少し身構えた。
この展開は想定していなかったのもあるが、こんな質疑応答をさせるクロウ先生の意図を測りきれないからだ。
(もしかすると彼は俺を試しているのか? 答えた内容によっては学園長に報告され減俸、あるいは解雇まで持っていくつもりか?)
より慎重に答えなければならないと気を引き締める風間に、早速生徒からの質問が飛び出した。
「先生って強いの? クロウ先生とどっちが強い?」
男子生徒から切り出された質問に、風間は早速悩まされた。
そもそもクロウ先生と戦ったこともないのにどうやって答えればいいのか。普通に考えれば「分からない」と答えてしまうが、ここで風間は考えた。
これはいわゆる試験である。そして試験官はクロウ先生だ。となるとここで風間が取るべき回答はこれしかなかった。
「そうだな。そこそこ修行はしたけれど、やっぱりクロウ先生には敵わないだろうな」
ここはクロウ先生を立てるべきだと風間は直感した。評価しているのがクロウ先生であるならば、その先生より強い等と間違っても言ってはいけない。分からないと答えても一緒だ。分からないと言った時点で、負けないと心のどこかで思っていると評価されてしまう。
しかしそんな風に答えてしまったせいか、生徒たちからはこんな声が漏れた。
「もしかして俺の方が強かったりするのか?」
「クロウ先生って実のところそんなに強くないよね。てことはやっぱりあの人もそこまで強くないのかな?」
——もしかしてまずかったか、さっきの受け答えは。クロウ先生の実力も分からずにあんなことを言ってしまったが、この先生はこいつらが言うようにそれほど実力のない人なのか?
もしそうなら初日から風間は初日から自分を低くランク付けしてしまったことになる。そうすると自分を下に見てくる学生も出てくる。生徒に下に見られると見守り役として非常に仕事がしづらくなると風間は警戒した。
下に見ている相手のことなんて普通はそこまで気にしないし警戒もしない。となると実技の際に監視官である風間の声を無視し危険な術などを使う。そうなった場合監視官である風間が止めに入らなければならなくなるので余計に仕事が増えてしまう。そんなことになってしまわないかと風間は心配になった。
「それでは皆さん校庭に移動してください。実技の授業を始めます」
風間は大きな不安を抱えつつ、初めての授業に向かうことになった。




