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風が教えるもの  作者: 風見 優
17/20

 それから一週間の時間が過ぎ、風間の取り巻く環境はガラリと変わった。

 まずは彼の受け持つクラスの態度だ。

 最初の頃は皆反感の意思を持ち彼の注意などを無視するなどの行動が目立っていたが、鬼灯との一戦以降生徒たちの態度が一変し、彼の言葉に耳を傾けるようになっていた。

 そのおかげで風間も仕事が前に比べて随分と捗っているのを感じていた。

 彼の忠告を聞き、あらゆる事故が起きないよう生徒たちを誘導していく。それがこんなにも簡単にできるものなのだと彼は驚いた。初日からは考えられないような時間を過ごし、風間は監視員として仕事を全うしていた。

 鬼灯との関係もまたずっと続いていた。

 わざと生徒たちの視界に晒すように親密そうに会話を交わし、登下校を共にする。そんな時間が一週間もすれば、学園中の噂にならないわけがなかった。

 一週間もの間生徒たちの話題はそれで持ちきりとなり、常に新しい情報を得ようと二人の周りには生徒たちが付きまとった。もちろんそれも二人にとって願ってもないことで、早く噂が流布し流也の耳に入ることを願った。そうすれば彼も何かしらの行動を取ってくると、二人はそう画策していた。

 昼時の屋上。そこで三人は円を組みながら弁当をつついていた。

「もうすぐだろうな。そろそろ流也の耳にも入っているはずだ。鬼灯。お前はちゃんと練り上げてきてるんだろうな?」

「当たり前でしょ。寝る時間を削って修行してるわ。というかもう完成してるわ」

「本当だろうな? 実はできなかった、なんてことになると色々面倒だぞ」

「ちゃ・ん・と! できてるわ。なんなら今見せようか?」

「それはやめろ。流也に見られると勝機が薄れる」

 二人は広げられた弁当を一心不乱に食らいながら相手に一瞥もせず会話を続けた。

「あのー、一応それ私が持ってきた弁当なので、私の分も残してくださいね?」

 そんな二人の勢いに気圧され気味のイースが控えめに抗議した。

 しかしさすがにそこまでふざけている時間もないので話を本題に戻す。

「それで朱李ちゃん、ちゃんとご両親には伝えたの?」

「もちろんよ。さすがに驚いて何回も聞き直されたけど、信じてくれたみたい」

「他にはなんて言ってた?」

「婚約のことはどうするんだって再三ね。破棄なんてされたら家族はどうするんだって、そればっかり。気持ちは分かるけど、娘のことをあまり考えてないってのは少し悲しかったわね」

「それだけ追い詰められてるってことだ。多めに見てやれ、両親も本心ではお前自身に相手を選んで欲しいと思ってるはずだ。おそらくな」

 風間もすかさずフォローを入れる。といっても彼自身はフォローしているとは思っておらず、純粋に両親が本心でそう思っているなら若干計画に支障を来たすと考えたからであった。しかし受け取っている本人とそれを聞いているイースはそんなことを知るはずがないので、風間も人のことを考えられるようになったのだという感想を持っていた。

「さて、全員作戦は頭に入ってるな?」

 仕切り直し、風間は全員に小さな喝を入れた。

 そこにいる全員が、ミスをしてはいけないことを重々肝に命じていた。自分も一つのミスが作戦を破綻させる。そうならないように適度な緊張感を持って臨まなければいけないことを全員わかっていた。だからこうして集まってその緊張感を高めようとしているのだ。

「もちろんよ」

「はい。全力を尽くします」

 二人とも準備ができていることを伝え、風間はひとまず安心した。始める前から躓づくような前途多難な作戦にならないと知っただけで、自分の仕事に集中できると風間は肩をなでおろす。

「いい返事だ。それなら計画通り、今日事を進められるな。話はもう好調とはつけてある。考えうる障害はこれで全て排除した。後はお前たち二人の働きにかかっている」

「何回も言わなくても分かってるわよ。私は絶対にあんなやつに負けない、負けたりしない。必ず勝って、このくだらない縁談話を白紙に戻してやる」

「気負うのは構わないが、あまり体に力を入れない方がいいぞ? 本番で凡ミスなんて犯したりしたら本当に知らないからな? 後は自分でなんとかすることになるんだぞ?」

「勝つって言ってるでしょ! それにあんたから教わった魔法、あれが決まれば勝てる。あんたそう言ったんだからね。もし決まって勝てなかったらその時はあんたがなんとかしなさいよ?」

「ったく。分かったよ、その時は俺が責任を持とう。

「それならよろしい」

 一体誰が助ける側と助けられる側なのか分からないやり取りをしているんだと込み上げてくる笑いを押し殺し、ふっ、と小さな笑みを零すだけに留める風間。

 演技を始めて一週間。あのクレープ屋での一件の後も何度もおごらされる羽目にあったものの、そんなに悪い日々ではなかったと心の中では感じていた。もちろんそんなことは口が裂けても鬼灯に言えないと理解しているので絶対にその心の内を吐露することはないが、それなりに楽しい日々を過ごせたと風間は自分でも不思議に思っていた。

(まあ経費も落ちたしな)

 そこが一番大きかった。

 風間はおごらされる度にレシートを保管し、イースに後日請求していたのだ。結果として自分のお金を使うことがなかったので存分に楽しめたと、風間はイースに感謝の気持ちを強く感じていた。

 最初は面倒なことに巻き込まれたと彼女を厄介者のようなレッテルを貼ったが、その評価を一転させ、今や彼の大事な人としての位置にまで確立していた。主に、収入源としての立ち位置ではあったが。

 その生活が今日終わると思うと少し寂しい気持ちになる風間であったが、鬼灯の未来の為、因縁を断ち切らなければならないと気持ちを新たに引き締めた。

「それでは本日放課後、計画を最終段階に移行する。各自、健闘を祈る」

「はいはい。あんたもちゃんとやってよね?」

「はい。朱李ちゃん、先生、頑張りましょうね!」

「……それでは、解散する。最高の気分で明日を迎えよう」

 朱李の物言いに対して多少物申したいところはあったものの、気持ちを落ち着かせて放課後を待つことにした。


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