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風が教えるもの  作者: 風見 優
14/20

 翌日、若干の寝不足感を感じながらもなんとか授業を終え、保健室で仮眠を取ろうとした風間はその途中で鬼灯に捕まった。

 放課後に話すと伝え立ち去ろうとするも回り込まれた風間は仕方なく仮眠を諦め彼女に流也を倒す方法を伝授した。

 時折考え込む様子を見せた鬼灯だったが、その後あっさりと「それなら頑張ればできるわ」と前向きな答えを返した。

 納得した素振りを見せたので今度こそ仮眠を取りに行けると確信した風間だったが、さらなる作戦会議をとせがむ彼女にまたもや阻まれる。

 そしてそのまま時が過ぎ、気づけば昼休みの時間も終わり、風間は仮眠を取り損ねた。

 よって放課後の風間は、眠さのピークに達していた。

——くっ、鬼灯のやつめ。確かに今日教えてやるとは言ったが少しは俺の身のことも考えてもらいたいものだ。おかげで目が虚ろげになっているし平衡感覚も若干おかしい。

 人は一日でも健康的な睡眠を怠ると人体に少なからず影響を及ぼすことを風間は今更のように理解した。そのおかげで軽度のめまいと頭痛が同時に押し寄せてきていた。

 早く帰ってすぐ寝よう。そう決めて足早に帰宅しようとする風間だったが、その彼の小さな願望は、脆くも崩れ去った。

「あっ、先生! 遅かったじゃないですか。今日は一緒に帰ろうっていう約束だったでしょ?」

 非常に聞き覚えのある声に彼は足を止め振り返った。そして同時に振り返ったことを後悔した。

「もう先生。私ずっと待ってたんですよ? 一緒に帰ろうと思って。なんで先に帰ろうとするんですか?」

 風間の前で頰をわずかに膨らませるのは、あの鬼灯だった。普段の彼女からは想像もつかないような声色と表情で風間に歩み寄った。その変わり様に、風間は大きく見開いた。そしてその変化の理由にすぐに気がついた。

——なるほど、あいつは今俺が話した計画を実行しているのか。あまりに急で驚いてしまったが。しかし昨日今日でよくもここまで変貌できるな。演技であることは分かっているが。

「あ、あぁ。そうだったな。悪かった。今から一緒に帰るか?」

「はい! あっ、帰りにクレープおごってください。一緒に食べましょう?」

——こいつ。表面的に付き合うという関係を利用して俺に集ろうという算段か。昨日はどうも納得していない様子だったが、俺が金なしであることを知っていて嫌がらせを企てているな。

 しかもよりによって校門の前で引き止めることによって他の生徒たちの注目を集めている。断りづらい状況を作って利益を得ようとしていることを風間は瞬時に把握した。

——やってくれるな、まったく。噂を広める、という点ではこれ以上にない方法だが、こちらはその分手痛い出費を支払うことになる。これも経費としてあいつに請求してやろうか。

 あまり長く考えていては他の生徒たちに不思議がられるので、風間は仕方なくこれを了承した。

「あぁ。いいだろう。さぁ、行くぞ、朱李」

「……は、はい! 行きましょう!」

 風間に初めて下の名前で呼ばれ、鬼灯は一瞬反応が遅れた。これは風間がより恋人らしく見せるために取ったアドリブだったが、なぜか急に顔を逸らす素振りを見せる鬼灯を風間は疑問に思った。

——今更恥ずかしがることだろうか? 最初からそのつもりで演技していたというのに。まったく、分からんな。

 しかしこの一連の流れを受け、明らかに他の生徒たちは足を止め、一同動揺していた。作戦としては、成功だった。

「ちょっと見てあれ。あれって鬼灯さんと最近入ってきたっていう新人の教員よね。もしかして数日でもうあの二人付き合い出したの?」

「嘘? 信じられない! 鬼灯さん、ものすごく硬い人だと思ってたのに、もしかして案外お尻の軽い人だったの?」

「これは、みんなに教えるしかないね!」

——しかし、少し悪いことをしたな。俺は何と噂されようが別に構わないが、あいつにまで悪評が流れるのは流石に心苦しい。

 さすがに気の毒に思ったのか、あまりにも変な噂が流れない様に弁明の内容を考えていると、追い抜かれた鬼灯に腕を引っ張られる風間。バランスを崩した彼は転びそうになるがなんとか堪え踵を返す。

 そそくさとその場から去ろうとする鬼灯に風間は小さく耳打ちする。

「おい、一応聞いておくが、変な噂が立ってもいいのか? もちろん俺とお前が付き合っているという噂を立てることが目的だが、俺は別に他の噂を立てるつもりじゃない。その、なんだ。お前が誰にでもなびく軽い女だという噂を広げられるのは、俺の本望じゃない」

「気にしないで。私は特にそんなこと気にしてないから。だからあんたも気にしなくていい。いいからさっさとクレープを奢って。お金は持ってるんでしょうね?」

「金のことなら気にするな。正直、お前の家をどうこう言えるほどの財政状況でもないが、クレープを奢るくらいの金なら持ち合わせている。もちろん、俺のオーダーは水だがな」

「そう。じゃあ心配ないわね」

「本当にいいのか? 今ここで立ち去るとあらゆる噂が独り立ちするぞ? もちろんこの一件が片付けば俺とお前の仲には何もなかったと精一杯伝えるが、お前にはまだこの先の学園生活がある。その間ずっと噂が付き纏うぞ?」

「くどいわ。私は別に気にしてないの。その代わり、ちゃんと作戦を成功させなさいよね。成功しなかった時、その時は許さないから」

「……恐いな。分かった。任せろ」

 視線の圧力を受け若干気圧される風間だったが、それ以上に彼女から確たる決意を見せつけられ、真面目に応答した。

 時折彼女が見せる大人びた姿勢に、風間は目を見張った。本来年下であるはずの彼女が、なぜかその瞬間だけ、自分よりも大人びて見えた。

「あっ、言い忘れてたけど、これから行くクレープ屋さんはそれなりに値段が張るところだから、覚悟していた方がいいわよ?」

 屈託無い笑顔を見せる鬼灯を受け、風間はさっきの評価をまるっきり変えた。

——やっぱり、こいつは子供だな。


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