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風が教えるもの  作者: 風見 優
13/20

「条件、それは、計画を妨害するような行動を取らないこと。以上だ」

「妨害って、もしかして条件それだけ?」

「他には特に考えていないが、それがどうかしたか?」

「いや、てっきりもっと命令してくるものとばかり思ってたから」

「例えば?」

「たと……し、しらないっ!」

 勢いよく顔を背ける鬼灯。

 一体どんな条件を想像したのか、脅迫を受けたことで心に相当の障害を負ったのだろうと風間は推察する。

 そんな恐怖心を植え付けたやつと同じ手法を取っている自分を情けなく思ったが、これも彼女を救うことに繋がると信じ心を鬼にし続けることを決めた。

「それで? どうするんだ?」

「いいわよ! どんな計画だったとしても邪魔しない! これでいい?」

「うむ。いい返事だ。それでは簡単な内容だけ説明しよう。詳細はまた追ってお前に話す」

「分かったわ。早くその計画の内容を教えて」

「急に急かしてくるな、まあいい。要するに、俺とお前が付き合っているという事にすればいい。そしてお前が両親に俺の方に気があることを告げれば否が応でも反応を示す。後は俺に任せてもらえば確実にお前の両親の考えを改めさせてみせる」

「ちょっ、ちょっと待って! えっ、あんた今なんて言ったの?」

「聞こえてなかったわけじゃないだろ? なぜ二度も同じことを言わなければいけない」

「いいからもう一回言って! ちょっと聞き逃したかもしれないから!」

「……仕方ない。後一度だけだぞ。お前が俺と付き合っているという既成事実を作り、両親を納得させる。これが二人で考えた計画の内容だ」

「さっきと言ってることがちょっと違うじゃない! なんか関係性進んじゃってるし!」

 ワーキャー騒ぐ鬼灯に風間は耳を貸さない。残念ながらこの作戦が今自分たちにできる最高の妨害行為であり、成功率が一番高いものでもある。成功させるプランも既に頭の中に入っている。今更鬼灯がなんと言おうが、この計画を変えるつもりはない。尤も、これ以上に素晴らしい提案を彼女からもたらされた場合はこの類ではないが、それができるならこんな状況にそもそもなっていないだろうと風間は諦めた。

「なんであんたなんかと付き合わなきゃならないのよ! そんなの絶対ゴメンよ!」

「誤解しているようだが、付き合うと言っても形式上のものだけであって、ほとぼりが冷めれば解消する。そもそも本当に付き合うわけでもないから問題はないだろう。演技すると思えばなんの苦でもない」

「あ、あんたねぇ……それでも周りからは本当に付き合ってると思われるってことでしょ?」

「当たり前だろう。周囲から認知されなければそれが偽りの関係だとバレてしまう。校内、と言っても教員の前ではさすがに控えるが、で人前に俺たちの関係性を示さなければなんの意味もない」

「却下よ却下、そんなことできないわ」

「先ほど自分が約束したことを忘れていないか?」

「ま、まさかあの条件って、この為に作っておいたのね!」

「俺たちの計画を妨げないことがお前に課された条件だ。俺と付き合わないと言うのであればそれはこの計画を妨げる事に繋がる。つまり、今のお前に拒否権はない、と言うことだ」

「お……鬼、悪魔ねあんた」

「なんとでも言え。俺たちは手段を選んではいられない状況にいる。それはお前も分かっていることだろう。だが心配するな。先ほども言ったが、本当に付き合うわけでもない。絶対にお前に手は出さないし、今まで以上の関係になることは絶対にない。そこは保証する。ただ、軽いスキンシップ程度は覚悟してもらいたい。パフォーマンスには必要なことだからな」

「本当ブレないわね、あんた」

 なんのことを言っているのか分からない風間だったが、特に理解する必要もないことだと切り捨てた。

 風間は既に鬼灯の性格を熟知している。

 プライドが高く、自分が言った言葉には絶対に責任を持つ。そんな彼女だから律儀にも親が決めたこの婚約に意義も唱えずこうして日々を過ごしてきたのだ。

 それならば強引に結ばせたこの条件も、強引に抉りつけた理由にも納得し遵守する。

(これで準備は全て整った。ようやくここから反撃に出られるというわけだな。ついでにあの時の借りも返してもらうとするか)

 風間の言うあの時とは、流也相手に敗北を喫したあの戦いの時である。そこまで悔しかったわけでもないが、そんな理由でもつけておけばもう少し気分も良くなれるかと彼は考えた。

「どうしても、この作戦じゃないとダメなの?」

「往生際が悪いぞ。お前が代替案を出すと言うのであれば聞くが、何か考えでもあるか?」

「それは……ないけど」

「では素直にこちらの作戦に乗ってもらうしかないだろう。成功すれば結果的にあいつとも別れられるんだから文句はないだろう?」

「だから私は! ずっと強くなろうと頑張って、そしていずれあいつを倒すって決めてたの! あいつを倒せるほど強くなれたならあいつを拒むいい理由になると思って」

 なんとなくだが、彼にはそんな予感がしていた。

 あの日、偶然彼女が修行している場に出会った時のことと、婚約騒動の件を照らし合わせた際、その可能性もあると睨んでいた。

 彼女が頑張っている事は彼も十分理解している。自分の目で修練に励んでいる姿も目撃しているので頑張り自体は評価していた。

 それでも厳しい現実を掲示しなければならない時もある。その現実と向き合う事で前に進める事だってあるのだから。

「だがあいつに勝てなかった俺に勝てないお前に、勝てる自信はあるのか? 知っていると思うが土属性は力の一番強い魔法系統だ。俺と戦った時のようなゴリ押しは通用しないぞ? 力が強いという事はそれだけ防御も厚いという事だ。押し切る事は不可能に近い」

「分かってる。分かってるからこそ、今まで何もできないでいたの」

 先ほどまでの威勢は消え、明らかに消沈した声で風間の指摘を認めた。

 鬼灯は強い。それは疑いようのない事実だ。

 しかし流也もまた、強い魔法使いでもある。そしてそれだけではなく、相性の悪い相手だ。付け入る隙を見つけなければ、到底倒すことのできない相手。

 それが分かっているからこそ、彼女はこうして手をこまねいていた。絶対に勝てない相手だという印象を強くし、完全に足が止まってしまった。

「なら、勝ってみるか? 流也に、自分の運命に」

「勝……つ? 無理だよ、そんなの」

「実際に戦ったわけじゃないんだろ? それならやってみなければ分からないだろう?」

「あんたが言ったんでしょ? あんたはあいつに勝てなかった、そんなあんたに勝てない私が勝てる道理がない」

「ふむ。確かにそのような事は言ったが、少し言葉が違うな。俺は一言でも、お前が勝てないと言ったか? 俺は言った覚えがないんだが」

「で、でもあんたは実際に勝てなかった。私には絶対に倒せない」

「そう考えるのは少し違うな。俺が勝てなかったからと言って、お前が勝てない理由にはならない。それに、俺は勝てなかっただけであって、負けてはいない。もっとも、今そう話したところで負け惜しみにしか聞こえないだろうけれど」

 生徒の前で繰り広げた流也との戦い。あれは誰がどう見ても風間の敗北として映ったはずだと彼は自分でも理解していた。だからそういう言葉が返ってくるのは当然だとも感じていた。

 あの時遅れを取った事は彼も認めるところだ。しかし今の彼はあの時とは少し違い、声を大にして言えることがあった。

「あいつに勝つ方法はある。なんなら教えてやろうか?」

「勝つ方法? あるの、そんなの?」

「なければわざわざこんな事は言わない。但し、お前が俺の立てた作戦を実行できるほどの技量があればの話だが」

「もしかして私を挑発してるわけ?」

「そのつもりはない。ただお前にできないのであれば俺がその役を担うだけの話だからな」

「あんたの言い方はいちいち腹が立つわね。いいわ、その作戦内容、話してみなさい。絶対にやってみせるから」

「いつもの感じが戻ってきたな。どうやらいつものお前が戻ってきたようだな」

「……本当、調子が狂うわね、あんたと話してると」

 苦笑する鬼灯。

 風間の挑発するような発言の数々が、まさか落ち込む自分を奮い立たせる為の手段だとは思わず、拍子抜けしていた。

 風間が何を考えているのか、いくら考えても常に自分の予想の斜め上で返してくる。

 なぜ彼にここまで心を揺さぶられるのか、鬼灯は不思議で仕方がなかった。最近の自分はどうもおかしいというのは彼女の文だ。

「まあ今日はもう遅い。また明日詳しい内容を話すことにする。今日はゆっくり寝るといい」

「こんなこと言われて、ゆっくり寝られるとは到底思えないけれど、まあいいわ。あいつを倒す作戦、本当に嘘じゃないんでしょうね?」

「疑う気持ちもわかるが少しは信用してくれ。ちゃんと考えはある。心配するな」

「そう。そこまで言うなら信用してあげる。それじゃあ今日はお休み」

 疑っていたと思いきやすぐに踵を返し部屋へと戻る鬼灯。先ほどまで自分を疑ってかかってきていた人物とは思えない反応に、風間は少し戸惑いを覚えた。彼の予想ではまだ数回は確認を取られ、言質くらいは要求してくるかと踏んでいたので、彼女の反応は意外なものだった。

——まああいつも眠たかったんだろう。深夜に起こしてしまったからな。俺も帰ってさっさと寝るとしよう。

 気づけばもう夜も2時を回っていた。明日も変わらず出勤日なのでそれなりに朝は早かった。

 鬼灯との接触も終わり、この場にいる理由がなくなったので風間はすぐに帰路についた。

 既にサラリーマンたちの姿も消え、夜道を一人で疾走する風間。言いようのない寂しさが彼を襲い、今の自分の状況が無性に情けなく感じた。

——こんな時間に帰宅する人なんて俺以外にはそういないだろうな。まあこんな時間まで残業している人も中にはいるだろうから、その人たちに比べればまだ俺はマシな方か。

 考えるだけで、気が重くなるので彼はそれ以上の思考を止めた。


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