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——しかし面倒なことになったな。『仕事』だからちゃんとやるが、本当なら引き受けたくない役だな。
交渉の結果、風間はイースが考案した作戦を実行に移すこととなった。
気乗りこそしていないものの、相応の見返りの為に動くことを決めた。
交換条件と言えば聞こえは良いが、やはりどうにも弱みを握られたことで操られている様にしか彼には感じられなかった。決して弱みを見せたつもりはなかったが、イースには其れなりの情報リソースがある。それが一体なんなのか分からないところが彼にとって怖いところだった。
——俺の行動が逐一監視されている、なんてことはないだろうな。
彼が心配しているのは監視されている可能性だ。特に見られて困るものはないと思っていたが、実際こうして良い様に使われているところを見るとやはり見られるという行為はなるべく避けたいところだった。
しかし過程がどうであれ引き受けたのは事実。責任を持って使命を果たすと風間は決めていた。
だからこそこうしてとある人物を呼び出し待っているのだ。
「やあ、どうしたんだい、風間? 僕を呼んでいたらしいけど」
「あぁ、少し話がしたくてな」
イースとの契約の翌日、風間は流也を呼び出していた。
なぜ問題の本人を呼び出したか。
呼び出すこと自体二人の計画には入っていなかった。流也を呼び出したのは完全に風間の独断だ。しかしそれも訳あってのこと。
彼はどうしても確かめたかった。イースが話していたことが事実なのかどうか。流也という人間が、本当にそんなことを企てているのか、そしてもしそうなら一体なんの理由で婚約という選択を取ったのか。計画を進める前にそれらを見抜かなければならなかった。
「珍しいこともあるものだね。学生時代も君から僕に話しかけてくることなんてなかったのに。それで、一体どんな用なんだい?」
「少し確認したいことがあってな。風の噂で聞いたんだが、お前婚約するのか?」
流也は少し驚いた様子で見開いた。公表していない案件なので部外者の者が知っていることが流也には意外だった。一体どこからその情報が漏れたのか、彼には想像もできなかった。
「驚いたね、まさか君が知っているなんて。一体誰から聞いたんだい?」
「知り合いからちょっとな。しかし本当だったんだな」
風間はわざと答えをはぐらかした。理由は簡単、情報源を漏らしたくはなかったからだ。その理由に関しては幾つかあるが、一番の理由として不信感を持ったからだ。
人は普通、素直に喜ばしいことなら誰から聞いたのかよりも嬉しさをあらわにするはず。それをせず第一声が誰から聞いたかを尋ねるということは、情報の出所が気になっているということだ。
つまり、何か裏がある。風間は彼の一言で確信した。
「弱ったな、皆には婚約のことは終わってから伝えようと思っていたんだけど。皆には黙っておいてくれるかい?」
「そうだったのか。安心しろ、俺は誰かに漏らすつもりはない」
「ただもう風の噂になってるんだよね、もう皆にバレちゃってるかな」
知っているのは婚約することになっている鬼灯本人と情報を提供したイース、そして自分ぐらいであると風間は分かっているが、流也はそんなことは露ほども知らないのでその心配は尤もだった。
「それで少し気になることがあったんだが、お前の婚約相手は鬼灯というのも事実か?」
「そうだよ。あんな可愛い子と結ばれるなんて、本当に幸せだと感じているよ」
「なるほど。だが大丈夫なのか? 彼女は高校生で、しかも教え子だぞ。問題はないのか?」
「だから婚約は高校を卒業したらしようかと思ってるんだ。倫理上の問題もあるからね、いくら愛し合っていたとしてもね」
聞くのも恥ずかしい台詞をなんの躊躇もなく吐ける流也を少しだけ尊敬する風間。同じことができるとは到底思えなかった。
——さてと、ここからは少し核心を突くことになってしまうが、果たして答えてくれるかどうか。
本題はここからだった。
婚約を約束している事実は確認できた。しかし本当に確認したかったのは、婚約を決めた理由だ。
イースから聞いた話が丸っきり事実だとすると、相当に答えにくい内容になっている。はぐらかされることを念頭に入れて、慎重に探るしかない。
「なんで彼女と婚約することになったのか聞いてもいいか?」
「なんだかすごく気にしているようだね。尋問されているようで怖いな」
「すまない、そういうつもりではない。ただ気になったのが一つと、後学の為に知っておきたくてな。自分もいずれは婚約、結婚をしたいと考えている。どういう手順なのか知っておくのも悪くないと思ってな」
「そういうことか。安心したよ、君もそういうことに興味があるんだね」
口からの出まかせだったがどうにか誤魔化せたようで風間は肩をなでおろした。
回りくどくなるかもしれないが、こうでもしないと話すことを拒否されることを彼は恐れた。行動を起こす前になるべく正確な情報を仕入れておきたいという気持ちが強かった。
「もう鬼灯の両親との挨拶は済ませたのか?」
「もちろんだよ。本当にいい人たちでね、鬼灯くんと僕との婚約もすんなり了承してくれたよ。本当は少し心配していたんだ、君のいう通り、僕は教師で彼女は生徒だからね」
「理解のある両親で良かったな。さぞ祝福してくれただろう」
本題を切り出すタイミングを模索しながら相槌し続ける。
ここで風間は流也の心境の微妙な変化に気がついた。
顔に笑顔が戻り、声が少し上擦っているのを感じた。どうやら自慢話をすることによって気分が上機嫌になっている様子だ。もう少しすれば話すかもしれない。
「そういえば鬼灯の家はあまり裕福ではないと聞いたよ。でもお前と婚約となれば鬼灯の家も安心だな」
「そうなんだ。僕が金銭の援助をすると言ったら鬼灯の両親は目を輝かせながら喜んでいたよ」
「なるほど、それが理由で婚約を決めたわけだ」
風間のその一言で、流也の顔つきが変わる。おそらく失言したことに気づき、再び警戒心を強めたのだろう。
しかしもう風間には関係のないことだった。
もう既に、聞きたい言葉は聞けた。これ以上回りくどい方法をとる必要は、彼にはなかった。
「つまりお前は鬼灯が経済的に苦しんでいることを知っていて、自分の財力をチラつかせて半ば的に婚約を強制した。そういうことだろう?」
「な、何を言ってるんだ風間。俺は別に強制したわけじゃ……」
「しかし先ほど自分で言っただろう? 自分から援助すると申し出たと。そして途端に両親が目の色を変えたと。そう疑われても仕方がないんじゃないか?」
「違うぞ、風間。君は間違って認識している。僕は別に、鬼灯が可愛くて無理やり自分のものしようなんて思っていない」
「……悪いが、この件も既に情報を手にしていてな、お前が鬼灯の弱みに付け込んで強要したことは知っていた。ただお前の口から本当のことを聞きたかっただけなんだ」
流也は考える素ぶりを見せ、そして更に顔つきを変える。
今度は驚いた様子ではなく、目を鋭くさせ風間を睨みつけた。
本性を現したか、と風間は心のどこかで安心した。
「ふぅ。全く、驚いたね本当。一体どこからの情報なのか。君の言った通りだよ、風間。僕は資金援助を条件に鬼灯との婚約を取り付けた。さすがに鬼灯は受け入れなかったが、親の方は違った。よっぽど金に困っていたんだろうな、渋々だが了承したよ」
「……できれば今聞いたことが幻聴であると信じたいが、おそらくそういうこともないのだろうな。目的は一体なんだ? なぜ鬼灯との婚約をそこまでして望んだ?」
「なぜ? はっ、理由なんて必要なのか? 俺はただあいつが可愛いと思ったから調べ上げ、いけそうだと思ったからアタックをかけた。ただそれだけだ」
「鬼灯の気持ちを蔑ろにしても婚約を成立させたいのか? 言っては悪いが、そのような関係では長くは続かんと思うぞ」
「そんなことはないさ。向こうが別れを切り出してきたら支援を止めると一言伝えればいいだけだ。それだけで問題は解決さ」
「……ふむ、そういう考えの元での行動か」
納得したように風間は数度頷く。
頷いた理由は他でもない。
流也が救いようのない性格の持ち主であると認識することが彼を呼び出した本当の理由だった。
そして今その目的は果たされた。となるとこうして話を続ける理由もない。
「分かった。呼び出して悪かったな。俺の話はそれだけだ」
「なんだ、聞いていかないのか? 僕はまだ話し足りないというのに」
「いや、十分いい話を聞けた。貴重な時間を割いてくれて感謝するよ」
「ふむ、そうかい? ではまた改めてこの話の続きをするとしよう。いつでも歓迎するよ」
「あぁ。また今度な」
帰ると言われ気が削がれたのか、流也は少し名残惜しそうに風間を見送った。いたって冷静に見送りこそしたが、内心は興奮を抑えるのに必死だった。
——さてと。次の段階だが、これは本当に気が進まないな。
最終確認を終え、風間はイースと話した計画について考えていた。
これから自分が行うことは常の自分なら天地がひっくり返ろうとも絶対にしない行動だ。風間はそれを今から行うと思うだけで少し気分さえ悪くなる感触を覚えた。考えるだけで頭も痛くなってくる。
それでも彼を突き動かす衝動。もはや立ち止まるという選択肢はなかった。




