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二神噺.NBSL

「改めて見ると、やっぱでかいよなぁ」

「何を呆けておる。往くぞ、隼斗」

 電車で自宅マンションから二十分ほど。かつての天下の台所のシンボルであった、大阪城も通天閣も今や国際生体科学技術研究所(NBSL)日本の超高層ビルの前にその歴史のシンボルの座を明け渡している。

「そんな何の躊躇いなく、よく行けるな・・・・・・」

 Tシャツにジーンズ姿の稲浪が、周囲にはビシッとスーツ姿を決めた人間や、白衣を羽織っている研究員らしき人間の中を、そんなもの視界に入るだけ無駄とでも言うような堂々たる歩みで巨大なビルの入り口のガラス門を潜っていく。見たことは何度とあっても、実際に建物内に入ることが始めての隼斗は、すっかり稲浪の態度にも押され、萎縮していた。

「うわ、すげぇ・・・・・・」

 幾重もの厳重な警備なのか、受付まで入り口からそれほど距離は離れていないというのに、門扉が数枚その横には必ず警備員が立ち、出入りする人間を鋭い鷹の目のようにチェックし、ここが日本なのかと疑わせるような面持ちに隼斗は唖然としていた。

「隼斗、そんな所に突っ立ておるな」

「あ、ああ・・・・・・」

 全く物怖じしない稲浪が受付前で、グランドフロアの光景に呑まれている隼斗を呼ぶ。

「赫職を連れてきた。会長(マスター)への謁見を頼もう」

 稲浪が受付応対ロボットに声を掛ける。未だ多くが受付には人間を配置している会社が多い。受付応対ロボットは何気に費用が高く、余程の財力のある会社でしか使われることはごく小数で、隼斗は初めて見た。

「識別ナンバーをお申し下さいませ。もしくは赫職様の赫職紋をこちらの光に呈示して下さいませ」

 見た目は受付嬢と差して変わりないが、やはりそれが人間ではないのだと、その声が証明する。抑揚のない棒読みの台詞のような口調。淡々と仕事をこなす分には問題はないのだろう。ここで働く職員や訪問する他会社の社員なども慣れたように受付で用件を伝え、それぞれ仕事へ向かっている。

「隼斗、ここへ手を乗せるのじゃ」

「へ? あ、ああ」

 稲浪に腕を掴まれ、そのまま受付台の端にあるスタンドライトのような光が出ている機械の上に隼斗が手の甲を上に向けて乗せる。

「何、これ?」

「赫職紋を判別しておるのだ。隼斗の紋には我の情報(こと)が刻まれておる。それを読み込んでおるのじゃ」

「はぁ、そうなのか」

 すると、隼斗の手の甲を赤い線光が指先から腕へと照射された。

「JPコードNo.13、創生神子、白狐稲浪。認証確認が取れました。どうぞ、左のエレベーター8より、百三十階創生応接室へお向かい下さいませ」

「ふむ。往くぞ、隼斗」

 稲浪に呼ばれ隼斗がその後を追う。律儀に受付ロボットが一礼するが、既にそこには誰もいなかった。

「なぁ、稲浪」

「ん? 何じゃ?」

 超速エレベーターに乗り込み、言われた通り百三十階のボタンを押すと、ほとんど浮遊感を感じることなくドアの横に記された階が次々と上層階を示していく。

「稲浪って、やけに詳しいよな? ここのこと」

 隼斗の問いかけに稲浪がキョトンと隼斗を見つめ返す。

「我の話を聞いておらぬのか、隼斗は」

「え?」

 稲浪が何度目かの呆れた表情を浮かべる。

「言うたであろう。我はここで生れた神子であると」

 それほど遠い昔じゃない時間に、稲浪の口からそんなことを聞いた記憶もなくもないが、あれって本当だったのか。

「あぁ、じゃあ、ここは自分の庭も同然?」

 ここで生れたのなら、稲浪には実家も同然なのだろう。隼斗もそんな感覚で訊ねたようだ。

「いや、我らは正確にはこのビルではない、NBSLの所有する通称、(たか)(まが)(はら)(とう)で、能力を開花させるまで観察下に置かれ、その後、赫職を求めて放たれた。その間の拠点を我はここに置いておったのじゃ」

「高天原嶌?」

 聞くには島の名前らしいけど、そんな島なんてあったか? 通称なだけで、本来は違う島名なのか。にしても、なんと言うか・・・・・・。

「現実離れし過ぎてるって言うか、生き方がまるで違うよな・・・・・・」

「だが、我と隼斗はこうして契りを結んだ。生き方の相違など、人間も同じであろう」

 下町で生まれたマナーなど全く教わらないようなやんちゃな生き方をする人間もいれば、生れた時から英才教育を受け、将来のために幾つもの習事をさせられる人間もいる。そうした中で、ごく普通に生きていた隼斗と、定められし使命のために生きてきた稲浪。それは大まかに言えば、人間の個々の生き方の相違と指して変わりはないと、受け取れた。

 稲浪の言葉と同時にエレベーターが目的の階へ到着し、ドアが開く。往くぞ、と稲浪が先導しエレベーターを降りる姿に、隼斗は苦笑にも似た微笑を浮かべた。

「稲浪って何か格好良いな」

「ほれ、早ようせぬか」

「はいはい。今行くよ」

 現実に圧倒されっ放しの隼斗。人や獣の姿に化け、人並み外れた妙は能力を使役する創生の神子と呼ばれる存在。それを管轄しているのが国際機関であるNBSL。それだけでも常識を逸脱した現実で、未だに受け入れがたいと言うのに、その中での白狐と言う狐に化ける稲浪と言う女性と強引ではあった契りを交わし、赫職というものになった。語るは容易だが、その物語を一旦を突然担うことになり、隼斗はかつて専門学校で学んでいた、現実ではありえない世界を生み出す映画を思い出していた。

 そこには登場人物がいて、過去から未来まで自由な世界を創生し、その中で生れるストーリーを観客はひとときの憩いにする。それを作ることが楽しくて仕方がなかったあの頃。それが、夢を諦めてバイトに明け暮れている時に、空想世界が現実世界に現われた。その中心かはともかく、巻き込まれたことに対する戸惑いと己の前に現れた美女と彼女の口から語られることの解釈方法を見出せず、困惑するばかりだった。

「やぁ、良く来たねぇ。稲浪」

「久しぶりじゃの、会長(マスター)

「神と呼んでくれっていつも言ってるだろぉ」

 エレベーターを降りると、絵画や骨董彫刻品の展示されている長い廊下が続き、その奥に創生応接室と金色に輝くプレートの取り付けられた、高級感溢れる扉が一つだけあった。その扉を開けると、稲浪が懐かしそうに目の前に現れた男に声を掛けた。

「貴様が神とは笑止。誰も神だと思ってはおらぬわ」

「君たちの産みの親なんだけどなぁ」

 どこか残念そうだが、それは声色だけで表情は穏やかにしている、頭頂部で黒髪と白髪で分かれた妙な髪色をしている男。

「あ、あの・・・・・・」

「彼が稲浪の赫職かい?」

「そうじゃ」

 見た目は主に頭が変だが、それほど歳を食っているとは思えない顔立ち。白衣を羽織っている辺り、研究員か何かなのだろうと隼斗は思った。

「ふーん、君がねぇ、そうかそうか。ふーん・・・・・・」

「うっ・・・・・・」

 稲浪と向き合っていた男が隼斗の目の前に来ると、隼斗をしげしげと全身をチェックするようにジロジロと見たり、体を触ってくる。唐突なことに隼斗は表情を濁し困惑していた。

「予想としては、稲浪がこうも早く赫職を見つけるとは思ってなかったよ。なかなかやるようだね、風祭隼斗君?」

「え? な、なんで俺の名前を・・・・・・」

 稲浪からこの人物が誰なのかは聞いていない。稲浪がマスターと呼び、男が稲浪の産みの親だと言った。親子とは思えないが、それなりの関係があることは違いないと言うことくらいは判断がついた。

「NBSLの情報網を甘く見られては困るな。私は何でも知っているのだよ」

 不敵な笑みを浮かべる男が窓際へと移動し、閉じられているカーテンをシャッと一気に開ける。室内には照明が点いているため、少々明るくなった程度しか変化がない。そこから見える景色は大阪市内を一望出来るほどの絶景が広がっていた。

「稲浪、この私が誰なのか、説明してあげなさい」

「自分でせい。己のことを他人に任せるでない」

 格好つけたように男が稲浪に向かってか隼斗に向かってなのか微妙な位置でポーズを取るが、稲浪がその申し出を特に意識して決めていないが、男以上に格好良く、一蹴した。

「んっんんっ。ま、まぁいい。稲浪はそういう子だからね」

 しばしの沈黙の後に、男が居心地悪そうに咳払いで雰囲気を元に戻す。

「・・・・・・・・・」

 どこか間の抜けたような男に、隼斗は呆然としていた。

「では、改めて。ようこそNBSL日本へ。私はここで会長をしている、神坐(かみくら)天照(てんしょう)だ」

「は、はぁ・・・・・・」

 隼斗がいまいち理解していないようで、曖昧に頷く。

「何を言うておるか、たわけが」

 だが、稲浪が鼻で天照の自己紹介を笑い捨てる。

「隼斗、こやつはNBSLの所長で、神坐天照などの名ではなく、山田大郎じゃ」

「あぁっ! 稲浪っ、それを言っちゃだめだぁっ!」

「えっ・・・・・・?」

 格好良く隼斗に第一印象を植えつけようとした天照が、呆れたように吐き捨てた稲浪の暴露で真実が暴かれる。慌てて大郎が稲浪を止めるが、隼斗は驚いた表情を浮かべていた。

「や、山田さんって、NBSLの所長なんですかっ!?」

「あ、いや、だから、神坐天照なんだけど・・・・・・」

 いや、だってこんなちゃらんぽらんな人間が、あのNBSL日本を取り仕切る所長? 信じられない。ってかあり得ない。もっとこう、スーツをビシッと着こなして、眼鏡でも光らせているのかと思ってたのにこんなだなんて・・・・・・。

「こんなだが、そうじゃ」

「いや、こんなって。君の産みの親だよ、私は」

 驚愕の事実を目の当たりにして、呆然とする隼斗を他所に、さっさと用件を済ませたいような稲浪と、当初は格好良く、いかにも私が天下のNBSLの所長だとアピールしようとしていた計画が玉砕し、うろたえている大郎が応接室の中にいた。

「ふむ。先ほどは失態を見せてしまって申し訳なかった」

「あ、いえ、お構いなく」

 意を正した大郎が二人を座らせると、ようやく本題に入るようだった。

「さて、稲浪から大体は聞いていると思うが、君には彼女の赫職として、この新神話の創生(ゲーム)への参加をしてもらう」

「はい?」

 何だそれ? そんなこと稲浪からは、何一つ聞いていない。新神話のゲームって何だ?

「・・・・・・稲浪、きちんと説明はしたのかい?」

 自分の言っていることを、まるで理解していないような顔をしている隼斗に、太郎が稲浪を見る。

「我ら創生の神子が闘うとは伝えた」

「またそれは、随分と大雑把だね・・・・・・」

 大郎が苦笑する。一人蚊帳の外の隼斗は、既に二人の話題についていけておらず、ポカンと阿呆な顔をしていた。

「隼斗君、君は選ばれた人間なのだよ」

 口元で両手を組み、真剣な眼差しを隼斗に向ける大郎。先ほどまでのおちゃらけた雰囲気はなかった。

「NBSLは世界各国に研究施設を置いている。日本の中心はこの大府大阪。私は日本のNBSLを取り纏めているのだよ」

「は、はぁ」

 大郎が自慢げに話すが、隼斗は実感が感じられないようで、微妙な表情を浮かべていた。

「そして、NBSLは新たなる研究に着手した。それが、新神話の創生」

「創生・・・・・・?」

 首を傾げる隼斗を他所に、大郎がテーブルの脇にあるボタンを押す。すると、双方の間に空間(スペーシャル)映像(ピクチャー)が浮かび上がる。立体映像とは異なる、平面に映し出される画面。最近は浮かび上がった映像にタッチパネル操作が出来るようになったとか言うニュースがあったが、まだ実用化には時間が掛かることも言っていた。

「君は物の怪と言うものを知っているかい?」

「妖怪とか、そういう類のもの、ですか?」

「そう。そして、赫職となった君の神子である、稲浪。彼女もその一種だと考えてくれれば良い。我々は神話を創生するための神子(みこ)と呼んでいる。ちなみに神社の巫女さんとは違うから、あまり変な想像はしないでおくれよ」

「しませんよっ。そんな趣味はないです」

 二人の視線が稲浪に集まる。

「なんじゃ、二人して。我の顔に何かついておるか?」

 稲浪が大郎と隼斗を見る。大郎が綺麗なものだよ、と褒めるが、それもまた、やかましいと一蹴されてしまう。

「まぁそれはさておき。君は稲浪に選ばれ、このゲームの資格を有したわけだ。もちろん、今更拒否は受け付けないがね」

隼斗が尋ねようと思っていたことに釘を刺された。

「じゃ、じゃあ、俺はどうするんですか?」

 稲浪に選ばれたと言われたが、隼斗が偶々稲浪を拾っただけで、もしあのまま放置しておいたら、こういう事態に巻き込まれることはなかった。運命なのだよ、と大郎は言うが、隼斗にしてみればとてもそうは思えなかった。稲浪が何かしらの事態に巻き込まれ、逃れて休んでいたところを隼斗が拾っただけ。そう隼斗は思っているが、大郎にしてみればそれすらも隼斗と稲浪が出会う運命の相手だということらしい。

「なぁに。簡単なことだ。君はこれから稲浪と共に、まずは日本中に散らばっている神子たちを倒すか、稲浪同様に神子たちの赫職となれば良い」

 説明は本当に簡単だった。だが、隼斗にはその真意がさっぱり理解出来ていなかった。

「隼斗の神子は我一人で十分じゃ。他の者など必要ない」

 黙っていた稲浪が会話に混ざってくる。その力強い言葉に、隼斗の中で何かがドキッと疼いたが、稲浪を見つめるだけで、言葉にはしなかった。

「稲浪、君のその独占欲も良いが、神子は一人よりも多いに越したことはないのだよ」

 大郎の言葉に不服そうに頬を膨らませる稲浪だが、大郎はそれを宥めながら話を続ける。

「赫職と言うものが何なのか、君は知りたいのではないかい?」

「何なんですか、その赫職って」

 稲浪のことと、創生の神話作りであるゲーム、それに参加することになってしまい、拒否出来ないことは何となく状況は掴んだ。で、問題がその赫職とか言うもの。稲浪は自分を御する人間のことだと言うが、いまいち意味が分からない。

「赫職と言うのは君の場合、稲浪のご主人様と言ったところだ。稲浪の白狐の姿は見たことがあるかな?」

「我を拾うた時、見ておる」

 稲浪の言葉に、隼斗があの狐の姿か、と思い出して頷く。

「拾った、と来たか。随分変わった出会いをしたんだな、君たちは」

 神子は己の波長と共鳴する人間を赫職に選ぶものだと定義していた大郎には、隼斗が稲浪を拾って契ったことに失笑していた。

「見たのであれば、話は早い。稲浪に限らず、神子は元来各々が持ち合わせている能力がある。その能力を引き出し、時には新たな力を生み出すことが出来るのが、赫職と呼んでいる人間の存在だ。創生は神子だけでは神話(ゲーム)にはならない。そこに干渉する人間がいて初めて成立する。その能力を引き出す方法は各々次第。喧嘩するも善し、愛し合うも善し、何をしても二人の問題。我々はそこに干渉はしない。つまり赫職とは、神子を神話とさせるべくの導き手なのだよ。強いて言えば、僕は創造神で、君はそこから生まれた役目を持った神だ」

 大郎の言葉に隼斗と稲浪が顔を見合わせ、両者微かに頬が紅潮していた。それをどこかしてやったり感な顔をしている大郎が不敵に笑みを浮かべながら話を続ける。

「それ以外にも赫職には役割があるが、それは今は関係ないだろうから、良いとしよう。つまり、だ」

 大郎が勢い良く、空間映像に向かって手をかざすが、そこはただの空間で、黒板でもバンッと叩いて、威厳を見せようとしたのだろうが、スカッと空振りして、バランスを崩して体がよろける。

「何をしたいのじゃ?」

「だ、大丈夫ですか?」

「気にしないでくれ。少々羞恥心と言うものを味わってみたかったのだ」

 視線をずらし、気持ち悪く頬を赤らめている大郎。

「つまり、だ。君たちはこれから、この世界中にいる神子たちと闘って、闘って、闘いまくってその頂点を競ってもらう。それが新神話の創生だ」

 空間映像には世界中のNBSLの所在地が地図上に示され、緑の大地に点在している赤い点。大郎の話を聞く辺り、その赤い点は稲浪同様の神子を指しているようで、見ただけでは数え切れないほどだ。日本を見る限りでも、百近くの赤い点があった。

「だが、世界中と競ったところで時間はいくらあっても足りない。そこで、国ごとに最強の赫職と神子を見出し、最終的には代表者が世界と闘うトーナメント方式を取ることにしたのだよ」

「・・・・・・・・・」

「ふむ、なかなか興味をそそるの」

 突然話がぶっ飛び、隼斗が唖然としているが、稲浪はほお、とどこか楽しげな表情を浮かべていた。

「無論、勝者には世界の運命を左右させられるだけの褒美が授けられる。それが何なのかは、勝ってからのお楽しみだ」

「つまりは、俺は稲浪と共に他の神子と闘えってこと、ですよね?」

「そう。まだ多くの神子が赫職を見つけていない。稲浪は早いほうだ。契りを結んでいない神子を仲間にするも善し、二人で頂点を目指すも善し。このゲームで君たちが目指すのは、まずは日本における勝者になることだ」

「我と隼斗の二人で十分じゃ。そんなものすぐに終わらせてくれるわ」

 稲浪の自信に満ちた言葉に大郎が不敵に微笑む。

「ちなみに、これは超が付くほどの極秘事項だから、万が一部外者に漏れた場合は・・・・・・」

「ば、場合は・・・・・・?」

 含み笑みを浮かべる大郎に、隼斗が息を呑む。

「まぁ、頑張ってくれたまえ」

「ちょ、ちょっと、そこではぐらかさないで下さいよっ!」

 たっぷり溜めた大郎が肝心なことをはぐらかし、腑に落ちない隼斗がこけた。

「そうだなぁ、じゃ、その時はNBSLが総力を持って苛めるってことで」

「じゃあって何なんですかっ? 今決めたんですかっ?」

 隼斗の言葉に判断がつかない微妙な笑みを浮かべる大郎。今思いついたのか、隠しているのか隼斗には読み取れなかった。

「さぁ、時は満ちた。この醜き世界を理想郷へと導く、神の神子と赫職よ。今、ここから飛び立つのだ!」

 大郎が窓辺に立ち、両手を大きく広げ大声で叫ぶ。

「・・・・・・あ、あの」

会長(マスター)よ。頭は大丈夫か?」

 突然のことに、少々引いている隼斗と、冷静に冷めた視線を送る稲浪。二人の言葉など届いていないかのように太郎が高らかと宣言し、笑っていた。

「あ、そうそう。はい、これ」

「はい?」

 高らかに笑っていた大郎が、何事もなかったかのように隼斗に振り返り、一冊の通帳を適当に胸ポケットから取り出し渡す。

 受け取った隼斗が、今日一番の驚愕の表情になる。心なしか、通帳を持つ手も震えていた。

「仮にも、NBSL(ウチ)の子が世話になるんだ。闘いが始まれば、おいおいバイトも手につかないだろ? 稲浪を預かってもらう謝礼だと思って生活の足しにでもしれくれたまえ。それと、稲浪の衣類なども送っておいたから、確認しておいてくれたまえよ」

「あ、あの・・・え・・・・・えぇっ!」

 その通帳にはありえないほどの、隼斗が見たこともない金額が入金されていた。

「戦車だろうが戦艦だろうが買うのは自由だが、そんなもの買うなら神子を増やした方が戦力にはなると思うよ」

 隼斗は完全にたった一つの通帳に呑まれていた。人生で目にした大金は、バイト先で集計を担当した時に見た数百万が限度。だが、今、大郎が名刺でも取り出したように普通に隼斗に渡した通帳は、そんな金額は道端に落ちていそうな安い金額だった。

「それじゃ、頑張ってくれたまえ。僕を失望させないでおくれよ」

 そんな気楽な言葉に送り出された隼斗は、気楽ではなかった。


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