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二神抄.激突・決編

長らくお待たせすることになりまして、申しわけありませんでした。


順を追って作品を更新しているので、どうしても時間がかかってしまいましたが、ようやくこの抄に区切りをつけることが出来ました。


少々長くはありますが、お待たせした分だと思っていただければと思います。

「いってて……」

稲浪に駆け寄ろうとした。でも不意に足に何かが引っかかり、その勢いのまま瓦礫の散乱するアスファルトに転んでしまった。全身に感じる痛みをこらえながら、稲浪を見た瞬間、景色が赤く、そして空から降り注ぐ熱さに視線はそのまま稲浪ではなく、空へと向いた。

「なっ……!?」

 そこには、黄金色の炎と赤い炎が降り注いでくる。肌に感じるひりひりした暑さよりも、その炎が空狐の炎と、それを防ごうとする九稲さんの赤い炎が燃えている。でも、俺の視界でも理解できた。稲浪も九稲さんも空狐相手に困憊状況だった。それなのに空狐は二人を相手にしながら疲れを見せない。その結果なんだろう。迫り来る炎は、黄金の炎の規模が大きい。九稲さんの炎はそのごく一部だけを守っている。

 単純に理解した。

 ―――逃げられない。

 あまりにも空が一面燃えすぎている。俺の脚で逃げ切れるような狭さじゃない。見えるビルに切り取られた空の全てが焔に覆われている。

「稲浪―ッ!」

 俺にはどうすることも出来ない。だから俺は逃げることを止めた。

 空狐に叩き落された稲浪の傍に行きたい。ただ、それだけだった。

「邪魔だよ、寝てなっ」

「あぐっ!」

 それなのに、立ち上がろうとした瞬間、背中から押さえつけられる痛みと重みに、体がまた、地面に押し付けられた。

「亀甲っ、行くよっ」

「はぁ〜い」

 倒された俺の頭上で、そんな声が聞こえた。一人の声は知らないけれど、もう一人、その声に反応するのんびりとした口調には、何か覚えがあった。

羅岩硬招(らがんこうしょう)〜」

 のんびりとした声に顔だけ持ち上げ、そちらへ振り返ると、思い出にある姿が目に入った。

「うっ」

 でも、呼びかけようと開いた口からは、司会を覆いつくすように眩い光線みたいなものが視界を焼いた。

「亀甲、ついでに町も守れっ」

「はぁ〜い。亀壁(きしょう)〜大展開〜」

 光線が消えたと思った矢先、今度は光が風のように広がり、見上げた空の赤色が、あの時のエンとの闘いの時のように淡いピンクの光に包まれていく。

「おい、隼人、おめぇ、よくこんなとこに寝てられんなぁ」

 何が起きたのか、理解しようとした時、体を小突かれるように靴で踏まれた。

「み、湊川、先輩……?」

 顔を上げた先、九稲さんの焔帝だけでは防ぎきれなかった場所にまで、淡い光が広がり、その下に、俺を先輩が咥えタバコで見下ろしていた。

「つーか、すげぇことなってんな。会社のビルがねぇじゃねぇかよ」

 何でこんなところに先輩がいるのか、そしてじゃあ、あののんびりとした声は亀甲さん。

「どうして、先輩が……?」

 ズキズキする痛みにこらえながら立ち上がる。

「それよりも、だ。こいつは何事だ」

 湊川先輩が空を見上げる。そしてつられて見上げて思い出した。

「せ、先輩っ! ここはまずいですっ。避難してください!」

 空にはすでに九稲さんの焔に限界があった。焔帝が空狐の焔球に飲み込まれていく。

「んなもんいらねぇよ。まぁ見とけって」

 空には焔でほとんど見えないけれど、先ほどの亀甲さんの、あの時と同じような色をした空間が展開している。あの時は確かに凄いと思った。でも、あの時とはわけが違う。稲浪ですら敵わない。ましてやそのお姉さんの九稲さんでも苦戦してる。そんな攻撃に敵うはずがない。

「お前はさっさと神子んとこいってやれ。何なら俺が介抱してやっても良いんだぜ?」

 この状況下において、先輩は随分と余裕だ。俺だって最初はそうだった。でも、今気づいたんだ。これが本当に創世というやつなんだ、と。

「昴様〜? あなたはむしろぉ、介抱される側になるかと思いますけど〜?」

 その時、亀甲さんが先輩の隣に、俺が覚えているにこやかな笑顔で立った。あの時と同じように着物姿で、やはり場違いみたいに見える。

「あん? どういう意味だぶふっ!」

「せ、先輩っ!?」

 何かが吹きぬけた。そう思った瞬間、先輩が目の前から吹っ飛んだ。

「あんたねっ、人様ん神子に手ぇ出したら、あたしが殺すわよっ!」

 そして俺のすぐ目の前に立った風。全然動きが見えなかった。早すぎる。稲浪や九稲さんよりも早いんじゃないのか? そんなことを考えていると、それが振り返った。

「あんたがこいつの部下の風祭?」

「ましらちゃん〜、今はそれどころじゃないよぉ〜?」

 目の前に二人の神子がいる。どちらも最初の稲浪と九稲さんと同じだ。

「それもそうね。風祭」

「は、はい?」

 その神子だと思う人が俺を見る。

「ここで闘ってるのは誰? Noは何?」

 いや、この人は神子だ。人間にはない、全身に何か光をまとっているみたいにうっすら光ってる。

「えっと、Noは分かりません。ただ、俺の神子の稲浪と稲浪のお姉さんが、稲浪のお婆さんと闘ってるんです」

 どこか鋭い視線で、威圧的な雰囲気を持つこの神子に、俺は素直に答えた。きっと先輩の神子だからかもしれない。

「稲浪……確かNo.13白狐稲浪ね。で、姉ってのは何て名だい?」

「えっと、九稲さん、です」

「九稲っ?! NBSLの狗がいるわけっ!?」

「え? ちょっ……」

 唐突に驚きと共に、俺の胸倉が掴まれる。何なんだ? いきなり。

「おやおやぁ。No.3妖狐九稲さんですねぇ。これは凄いお方が出ていらしたんですねぇ」

 亀甲さんまでも驚いているようには見えないけれど驚いている。

「ちょっと待ちな。じゃあ、その婆さんってのは、誰だい?」

 ずいっと顔を寄せられる。稲浪とは違う綺麗さというか、目力が強い。

「え、えっと、空狐です……」

 逆らえやしない。そんな気迫に口だけが動いた。

「……ましらちゃ〜ん、元、天狐だよぉ?」 

 何かへんなことを言ったんだろうか? 俺の答えに、ましらという神子らしい、この人がそっと手を離し、俺を解放する。

「No.8……どっちもフィフティーンズじゃないのよ」

「だからこんな事態になっちゃったんだよねぇ。本当、面倒なことさせられたねぇ〜」

 ましらさんが頭を抱える。亀甲さんは相変わらず落ち着いた笑顔だ。何なんだろう。良く意味が分からない。

「なるほど。稲浪っていや、凶暴で有名だったのに、あれでさえあんなざまなんだし、当然っちゃ、当然か」

「え? 稲浪が、凶暴?」

 不意に聞こえた言葉に疑問が浮かんだ。

「お前ら、今は、んなことどうでも良いだろ。さっさと済ませにゃ、空狐だろうが、もっと怖ぇ奴がいんだろうがよ」

 先輩が頬を押さえながら戻ってきた。どうやらましらさんに頬を殴られたみたいで、少し腫れてた。

「そうですねぇ。あのお方に逆らうと明日の食事に困ってしまいますからねぇ。どこかの誰かさんの無駄遣いのおかげでぇ〜」

「まぁ、今のあたしらにはそっちのが恐ろしいわね。ま、良いわ。これは亀甲、あんたが何とかしなさいよ」

「はぁ〜い。ましらちゃんも一応〜羅岩硬招かけてるけどぉ、効力時間には気をつけてねぇ〜」

 亀甲さんの忠告を軽く流して、ましらさんが俺を見る。

「ほんとは犬族の仲間の手助けするつもりなんざないんだけど、あたしらの生活もかかってるから、今回だけよ。あんたはさっさと自分の神子んとこ行って、怪我、治してやんな」

 ましらさんがそれだけを言い残すと、髪を翻し、先輩のところへ行く。

「さっさと終わらせて来い」

「あんたの為にやるんじゃないわよっ」 

 そして、そのまま二人はキスをした。でも、それはただのキスじゃなかった。

「解妖……」

 淡い光が二人を包んで、先輩の赫職紋が光った。そして、次の瞬間には、風がそこの吹き寄せるだけで、ましらさんの姿が消えていた。

「は、早い……」

「ましらちゃんはNo.20の猿帝ましらちゃんなんですよぉ〜。番号としてはぁ、稲浪さんに劣りますけどぉ、強いんですよぉ」

 呆然とする俺の傍で、亀甲さんが微笑んでいた。

「あの、えっと……」

 聞きたいことが色々あったのに、何から聞いたら良いのか出てこなかった。

「まずはぁ〜、稲浪さんに解妖をしてあげてくださいねぇ〜。稲浪さんの赫職であるなら〜、ご自身の神子を第一に考えてあげてくださいねぇ。昴様のようなろくでなしにはなりませんようにぃ〜」

「おいこら、てめぇ」

 亀甲さんが俺に微笑んで、早く稲浪のところに行って、と言うと先輩が亀甲さんの肩に手を置いて抱き寄せた。

「まぁ冗談はこんくれぇにして、さっさと行ってやれ。命約交わして時間経ってねぇ神子は回復も遅ぇ。ここは俺に任せてさっさと回復してやれ」

 まるで俺を邪魔者みたいに手払いして稲浪を見る。でも、その言葉に亀甲さんが微笑んでいて、瞳だけは真剣に頷いているようで、俺は稲浪のところへ急いだ。

「やれやれ。空狐っちゃ、あれだろ?」

 残された昴が空を見る。そこには炎が迫り来るだけで、空狐たちの姿は確認できない。

「元天狐様ですねぇ〜」

「そんな奴が未調整って、大丈夫かぁ?」

「私がいますし、大丈夫ですよぉ〜、きっとぉ〜」

「お前でもきっと、かよ」

「亀壁でなら、これは防げますが〜、他がどうかはぁ、私にも分かりませんから〜」

「頼むぜ、俺の愛しい神子さんよぉ」

 そんな不安を多少ばかりは感じていたようで、二人は空を見上げていた。

 

「稲浪っ!」

 目の前には崩壊したビルの瓦礫。神子が落とされただけなのに、その破損は爆発でもあったんじゃ? と思わせるほどに十階建てほどのビルが、三階から一階まで破壊されている。

「稲浪っ 稲浪っ!」

 瓦礫をどかし、稲浪を探す。思い瓦礫やガラス、書類が散乱する中で、不思議と俺には稲浪がどこにいるのかが分かる気がした。

「稲浪っ」

 自分の痛みなんて忘れた。無我夢中で目の前で邪魔をする瓦礫を持ち上げては投げ捨てる。何度繰り返したかも分からず、ただひたすら瓦礫が腹立たしく目の前にあって、腕を引きちぎらんとするほどの重いものに、全身の血管が浮き上がる。それでも俺の感じる苦しみより、この中にいるはずの稲浪の味わった痛みに比べれば平気だった。

「っ! 稲浪っ!」

 繰り返していたら、瓦礫の中に不自然に垂れる人工物じゃないものが目に入った。固くなる身体が、ただそれを見つけるだけで力がまた湧いてきた。

「稲浪っ! 大丈夫かっ!」

 瓦礫をどかし続けると、瓦礫の砂を被り、色あせている金髪と、所々燃えたように焦げ落ちた神子服。あれほど凛々しかった稲浪の表情は、苦渋ににじんでいて、見つけた喜び以上に、その姿に罪悪感とまるで自分のように心が痛くなった。

「う、うぅ……」

 瓦礫を全て退かし、稲浪を抱きかかえるように移動させる。擦り傷や切り傷から赤い血が垂れている。それでも骨折している様子はなく、稲浪の意識もあった。

「稲浪っ、大丈夫かっ?」

 疲弊もしているようで、息が上がっている。どうしたら良い? と考えようにも何を考えるべきなのか、真っ白だった。

「は、隼人……すま、ぬ、な……」

 決して軽くはない稲浪の体重が俺に寄りかかる。それでもその重さは、俺に稲浪が生きているという安心をくれている。でも、稲浪はそれどころじゃなかった。

「ババ様、は……強い……」

 そんなことはどうでも良いんだ、俺には。ただ、どうしたら良い? それだけが稲浪を見る俺の心に痛みを味あわせてくる。

「油断、し……た……」

 あんな戦いに油断も何もないだろ。空狐の強さは異常だ。九稲さんですらあんなに負傷してる。稲浪が尊敬する強さを持っているんだ。稲浪が勝てなくてもおかしくない。でも、だからってここまですることはないだろ。稲浪の今の状態、エンとの闘いで、エンが受けたものよりどう考えてもひどい。それなのに稲浪と俺の赫職紋は消えていない。それだけ稲浪が強いのは分かるけど、これ以上、稲浪が闘うのは無理だ。

「稲浪、すぐに安全な場所に連れて行くからな」

 先輩が任せろと言ってくれた。あの時も亀甲さんの圧倒的な強さを知った。だから、先輩がいる以上、稲浪が戦闘を続けなくてもいいはずだ。とにかく稲浪の傷を何とかしないといけない。ただそれだけが俺に出来ることだった。

 稲浪の腕を背中越しに掴み、背中に稲浪の身体を感じながら立ち上がる。じっとりと背中に感じる稲浪の体温とは別の、しみこむ感覚が、稲浪の怪我の手当てを一刻も早くしなければ、と俺を奮起させる。

「ど、どこへ、行く、隼人……?」

「ここは危ない。安全なところに行ってから治療する。もう少しだけ頑張ってくれっ」

「ならん……我を下ろすの、じゃ、隼人」

 言うと思ったんだ。稲浪のことだ。九稲さんが闘っているのに自分だけ戦線離脱なんて嫌なはずだ。九稲さんの焔はまだ消えてなかった。きっと大丈夫。だから俺は稲浪を優先したかった。しなければいけなかった。

この数日の生活だけでも、稲浪は負けず嫌いで、我が強い。我がままといえばそうだけど、妥協することや聞くことも出来る。だから融通が利かないわけじゃない。ただ、信念が強い。でも、状況が状況だ。今の稲浪に出来ることはないくらいだ、きっと。

「駄目だ。今の稲浪じゃ空狐にまたひどいことをされるだけだ。そんなの、俺が見てられないんだよっ」

 稲浪を大切にして欲しいって九稲さんに言われた。だからこそ、ただ見てるだけじゃ駄目だ。赫職はきっと神子を信じて闘わせるだけじゃない。神子の状況を見て、事の次第では止めないといけない。そうしないと稲浪ともう一緒にはいられない。それは嫌だと気持ちが決めている。

「駄目じゃ。……このままでは、姉上が……落とされる」

 そんなことは俺だって分かるさ。空狐があれほどの稲浪と九稲さんの攻撃を受けていながら傷なんてほとんど負っていない。それだけ強いってことくらい。でも、だからって傷だらけの稲浪が今、何を出来るって言うんだ。俺は稲浪がこれ以上傷つくのを見ているだけなんて絶対に嫌だ。

「安心しろ、稲浪。亀甲さんが来てくれた。だから今は傷の手当が先だ」

「……亀甲、殿が……?」

 強気の意見を崩さなかった稲浪が、初めて声色を落とした。

「ああ。四霊の神子なんだ。今は亀甲さんに任せよう。今の俺たちじゃ空狐には敵わない」

 ん……、と稲浪の息を呑むような小さな吐息が耳をくすぐった。考えてくれているんだ、きっと。

「四霊は、止められる……じゃろうか……?」

 倒せるか、ではない。俺としては稲浪をここまで苦しめる空狐を、倒すべきなんだと思う。九稲さんも倒すと言っていたのに、稲浪だけは止める、か。お婆さんだからということなんだろうか。自分がこんな目に遭っていても、倒すことより、止められるかという、空狐を気遣うような言い方には、俺は少しだけ同意は出来そうになかった。

「大丈夫だ、きっと」

「そうか……隼人が言うのじゃ。我は、信じる、ぞ……」

「ああ」

 それきり、稲浪からの声は静かに消えていった。背中越しに伝わる稲浪の心音が落ち着いてきて、気を失ったか、眠ったか、稲浪の重みが一際体にかかるが、受け入れてくれたということで、稲浪も本当は自分が限界にあったことを認めてくれたようで、心ばかり安心した。

「あらあらぁ〜、随分とやられちゃいましたねぇ〜」

 安全な場所なんてない。梅田から出ない限り、安心といえる場所はないだろう。でも、俺は稲浪を背負い、先輩たちの元へ戻った。今の俺にとって、先輩のところだけが安心かもしれないという確信のない場所だった。亀甲さんの言うとおりなんだけど、自分の神子がそう言われると、まるで俺が攻められているような気がして、手厳しいな、と内心で苦笑する。でも、亀甲さんはもう動いているんだと、着物の色が白い色から淡いピンクに変わり、光を身につけているように煌いていて、それと同じ色が空を覆っていた。

「まぁ、ここにいろ。お前の神子は当面闘えねぇだろ。こっからは俺がやってやる」

「ありがとうございます、先輩」

 感謝しろよ、と視線を向けられる。何だかんだで先輩は格好良いかもしれない。

「うふふ〜、私たちも明日の食事のためですからぁ、別に気にしなくて良いですよぉ〜。昴様の自業自得ですからぁ」

「うい」

 よく分からないけど、何かしら先輩は先輩で事情があるらしい。亀甲さんの笑顔を見る限りは大したことなさそうなんだけど。

「にしても、なかなかお前でも打ち消せねぇか」

「はい〜。空狐の焔は灼度が高いようでぇ、もう少し時間がかかりますぅ」

 空を見上げる二人につられて見上げると、空は焔と光で激しく対立するように、燃え盛っていた。

「す、すごい……」

 九稲さんでも防ぐのが精一杯なほどに力を使っていた空狐の焔球を二つも上空で防いでいた。俺たちの目の前というか、上空にある焔は、九稲さんの焔を受けていない。少しはなれたところで燃えている焔は九稲さんの焔の影響もあり、消えかかっている。轟々とした焔を受けても打ち破られることのない亀甲さんの能力。防御するしかないと言っていたことは伊達じゃないんだと、目の前の光景に驚くばかりだ。

「それよりも隼人。まだ解妖してやってねぇのか?」

 そんな俺に先輩が稲浪を見ながら声をかける。

「あ、いえ、解妖は稲浪たちが戦闘を始めるときしました」

 先輩は稲浪が解妖をしていないと思っているようだけど、俺と稲浪はしていた。だからこそ俺の腕は感じたことのない熱さを感じたし、稲浪は焔を狐の形に纏い、戦い、巨大な焔や無数の焔を出して闘った。それでも赫職のいない空狐に、解妖すらしていない空狐に撃ち落された。

「あー、なるほど」

一契三戯(いっけいさんぎ)の解妖ですからねぇ〜」

 先輩と亀甲さんがよく分からないことで、二人して頷く。一契三戯の解妖? 何のことだから分からない。

 首を傾げて二人を見る俺の視線が届いて、先輩が説明してくれる。

「お前は知らんようだが、神子と赫職の間には命約がある」

 それは知っている。稲浪が強引に迫って交わしたから。

「そして命約を交わした神子と赫職には、神子本来の能力だけじゃなくてな、赫職の潜在能力を合わせて、より高度な能力を発現出来るようになるもんなんだよ」

 より高度というと、それが解妖のことかもしれない。でも、解妖をしたところで、稲浪の力が増しただけで、俺は腕に熱さを感じただけで、結局俺の身には何も起きていない。先輩の言っていることと若干違う気がした。

「つっても、解妖も一種類だけじゃねぇ。神子と赫職に共通はするが、解妖には種類がある」

「一つは、神子の能力を肥大化させるんですよぉ〜」

 こんな風にですよぉ〜、と亀甲さんが今の私の力ですぅ、とのんびりした緊張感のない声で、空を指差す。相変わらず空狐の焔と亀甲さんの防御壁が激しく燃え戦っている。

「解妖にはな、一つの命約において、三種類パターンがある。一つは神子単体の攻撃の強化。二つ目は神子と赫職の能力強化共有。最後は赫職による神子への能力供給、だ」

 だ、と決められてもそんな話は初めて聞いたから、ぴんと来るものがない。

「命約を交わした神子と赫職はぁ、三種類の解妖を行うことが出来るんですよぉ。今の隼人さんとぉ、稲浪さんはぁ、一種目の解妖をした、と言うことなんですぅ〜」

 一種目? 神子のみの力を強化するってこと? 思い返す俺に、先輩が稲浪を見る。

「お前の神子は、狐だろ? 狐は元来俺のましらより戦闘能力は高ぇ。けどな、お前の解妖はまだ初期段階だ。神子単身の能力を強化したところで、ましらの方がまだ強ぇな」

 見てみろ、と促されて見上げる空。

「一気に打ち消しますよぉ〜」

 それに合わせて亀甲さんがより力を入れるように、顔の横から光がふわっと突き抜けるように空へと立ち上り、上空を覆いつくしていた炎が弾かれる様に空へと細く伸びて、やがて消えた。晴天だった空は空狐の焔の影響か、雲があちこちに出来、風が少し強くなり、気温が今まで感じていた熱さが少しずつその風に消えていく。そして、その先の空に、俺は意外な光景を見つけ、その光景に見入ってしまった。そこには、先ほど僕を踏み、空へと亀甲さんの力を纏ったみたいで、ましらと呼ばれていた女性が淡いピンクの光に包まれて、いまだ空に顕在する空狐へと飛んでいた。


「あんたが空狐かい?」

 その身に纏うは光のみ。武器も焔も何も纏ってはいないましらが、源焔を漂わせ、天使のような悪魔の降臨のように空に浮かぶ空狐の前に立ちはだかった。 

「何奴よな?」

 ましらが現れたところで空狐は大した反応を示さない。依然として余裕の表情で鋭い瞳をましらに向ける。

「あたしはJPコード、No.20。猿帝ましら。特にわけはないけど、あんたを押さえさせてもらうわよ」

 名乗ること自体は一種の礼儀。だからこそましらは躊躇いもなく空狐へ名乗る。

「ほぉ、猿、とな。して、理由もなしに我が前に立ち塞ぐとは、愉快よの」

 空狐がほくそ笑む。それは楽しんでいるように見せかけ、ましらを探っているのは明らかだった。

「こっちは不愉快よ。あんたのことくらい知ってるんだから、誰が好き好んであんたみたいな化け物の前に立たなくちゃならないのよって愚痴言ってやりたいわよ」

 互いに牽制しあう。口調や纏う雰囲気には緩みが見えても、その中で互いに垣間見える緊張感は、ましらの方が大きい。

「化け物、か。ふっふ、我も言われたものよ」

 やれやれ、と首を振る空狐。首を振るだけでその白金の髪から焔の燐粉が煌びやかに彩る。

「まぁ、どうでも良いわ、そんなこと」

 ましらが空狐の視線を払うように視線に鋭さを増せ、空狐を見る。

「そうよな。何を言おうが所詮は戯言にすぎぬ。弱き者の吼えにしかならん」

 それに合わせるように、空狐を纏う焔がましらへ向けて燃え進んだ。四方八方から空狐の焔が襲い掛かる。九稲や稲浪ですら苦戦した焔がすべてましらへ向けて襲い掛かるのを回避するのは難しい。

「いきなりとは随分じゃないかいっ」

 だが、ましらは何かの技を駆使するわけでもなく、対抗しうる力を発揮するわけでもなく、軽やかに、器用にわずかな焔の隙間を掻い潜り、かわしていく。その様子に空狐が興味を惹かれたように小さく笑み、さらに焔を操る。空間がその熱で歪みを見せているが、ましらは火傷一つはおろか、汗一粒さえ掻くことなくそれを受け流す。

「ほぉ……やりよるようだの、お主」

「まさかこの程度で終わったりしないわよね? 寝ててもこれくらい相手できるわよ?」

 空狐の挑発にましらも挑発で返す。

「……猿が。よく鳴くとは言うたものよ」

 その挑発に自分から乗った空狐が焔を激しさを増したまま、ましらへと襲い掛からせ、白く美しい手を口元で輪を描き、不敵に笑む。

「空天拭焔」

 九稲たちへ襲い掛からせ、多大に被害をもたらした巨大で轟々しい焔が空狐の口元から溢れ、ましらへと光のような速さで襲い掛かる。太陽煌く青空の下に、太陽とは別の激しい明かりが辺りを飲み込む。空天拭焔でましらの姿は焔の中へ消え、何者にもその姿は熱と光により確認できないが、それでも空狐は手を休めることはなかった。

「源焔」

 翼のように二本の焔柱が空狐から噴出し、空天拭焔の焔が未だに燃え盛んでいる空へ、源焔までもが襲い掛かる。たとえましらが空天拭焔を防いでいようと、さらに強大な焔に襲われれば、九稲と稲浪のようには済まない。

「冥土の土産よ。受け取れ、猿帝よ」

 だが、空狐はやはり愉快に楽しみながら、攻撃の手を緩めることがなかった。

 両手を広げ、その手のひらに白金の焔を凝縮していく。圧縮された形は九稲を苦しめた焔玉へと姿を変え、次第に空狐の体を包み込むように燃えていた焔すら取り込み、手のひらの上で燃えていた焔玉が梅田の街へ甚大なる功績を残した焔球へと変貌を遂げ、空狐の体はその焔との対比に小さく見えてしまう。街へ落とし、幸いにも亀甲と九稲により押さえられたとはいえ、それでもその熱気にいくつかの人工物は被害受けた。それは亀甲の亀壁をもってしても完全には防げない証。それが今、空狐の手のひらを超え、二つが太陽のごとく煌いていた。

 空狐自身の納得した大きさになったと思われた時、空狐は静かにその手のひらを空天拭焔、源焔に包まれている空間へ放つ。九稲たちとの戦闘でもなかった、空狐の焔の炸裂。

「戒爆」

 しかし、空狐はその業をもってしても、ましらへ安らぎを与えまいと、放った焔全てを爆発させる。大地を揺るがす轟音と振動、熱気に世界は一瞬真白に染め上げられ、その事態の把握すら困難にさせるほどに世界は灼熱の輝きの中へ消え去った。


「うおっ!?」

「うわっ!」

「羅岩硬招〜極大展開〜」

 その様子を目の当たりにしていた地上。瞳を焼く輝き、全身を焼く熱、心をも無常に焼き払う空狐の焔に、昴も隼人も対応を取れなかったが、亀甲だけはその眩しさの中で平然とした様子ながら、珍しく素早く能力を発動させた。

「大丈夫ですかぁ〜、隼人さ〜ん? 昴さまぁ〜?」

 そして聞こえる穏やかな声。

「お? ……おぉ……お?」

「〜っ! ……ん? あ、あれ?」

 その声が聞こえたのか、昴と隼人が一向に何の影響も感じないことに、身を庇い、焔の前では役に立たないと分かっていながらも、本能的に身を小さく構えていたが、ゆっくりと体制を元に戻す。違和感と警戒を抱きながら。

「ご無事のようですねぇ〜」

 そんな二人のたどたどしい様子に亀甲の少しだけおかしそうに笑っているような声がのんびりと漂った。

「何が、起きたんだ?」

「今の、亀甲さんが……?」

 隼人はともかく、隼人よりは創生に関して経験と知識があったであろう昴でさえ、空狐の甚大な力の前では状況把握が困難らしいが、亀甲だけは何も変わらぬ様子で二人に微笑んでいた。

「亀壁では街全体を防ぐのはぁ、難しいと予測しましたので〜、羅岩硬招を極大にぃ、展開してみました〜。初めてでしたけどぉ、うまく展開出来たみたいです〜」

 全てが光という名の焔に包み込まれたと思っていた二人が、ニコニコと笑顔の亀甲を呆然と見ていた。

「すげぇな、お前……」

「本当に……って、昴さんの神子なんじゃないですかっ?」

 隼人が感心するのはもっともであろう。だが、昴が驚くのは少々違和感があった。

「いやよ、ここまでの規模の戦闘は俺も経験がねぇしな。亀甲も今まで大して動かなかったからよ」

「私はぁ、ましらちゃん一人で大丈夫な闘いばかりでしたからぁ、何もしなかっただけですよぉ〜。動けなかったわけではありませんのでぇ、誤解しないで下さいねぇ〜」

 昴の言葉に少々ぷんぷん、と可愛げに頬を膨らませる亀甲。

「ましらはどうなったっ?」

「あ……そう言えば」

 亀甲のおかげで梅田の街の被害は、高層ビルの頂付近が羅岩硬招が届く時間がなかったのか、焼け落ちた程度で、そうそうの被害は見られなかったが、その被害をまともに受けることになったましらがどうなったのか、昴と隼人が空を見上げる。

「もう少し〜、私を信用しても良いんですよぉ〜、昴様ぁ〜?」

 そんな二人に、良く見ろ馬鹿、と言っているような亀甲ののんびりとした棘の言葉が聞こえたが、二人は空へと意識を持っていかれていて、気づいてはいないようだった。


 空はしばらく光に包まれていたが、空狐が焔は爆発させたことにより、想像以上に早くその焔は無散していく。

「少々、力を使いすぎたかの……?」

 それに合わせるように、空狐の様子に変化があった。九稲、稲浪との戦闘でも焔を激しく消化し、ましらとの戦闘でももてあます力を存分に振るった。その影響は空狐の力が無尽蔵ではないことを証明するように、空狐の纏っていた焔の全てが空狐の体から消えていた。姿だけは依然として凛と保たれているが、先ほどまで感じていたような絶対的な恐怖の具現には、少々見えなかった。

「やはり、半端に調整を受けたのが悪しと出たようよな」

 そんことに自身の中で反発することもなく受け入れるのは、らしくない気もするが、稲浪や九稲のように血気盛んな年頃ではない、という表れなのかもしれない。

「して、いつまで隠れておる? 猿帝よ」

 だが、空狐は決して勝利を確信していたわけではなく、焔が一時的とはいえ消えた今、空狐の視線はより鋭利となり、先を見つめていた。

「……っ、つぅ〜」

 やがて焔が燃え尽き、青空の明かりが正常に戻ると、そこにはましらの姿が熱気の渦巻く空間の揺らめきの中から浮かび上がった。

「さすがはあの子の羅岩硬招。無茶苦茶な焔でも、ちょっと熱いだけで済んだみたいね」

 街を守った亀甲の羅岩硬招。亀壁よりも強靭な防御。それを纏っていたましらが当然のことながら傷つくことはなかったようで、暑さ程度を感じただけで、その姿に変化はなかった。

「……」

 ショートカットの髪を揺らし、全身に何も起きていないことを確認するましらに、さすがの空狐もああは言うが、これまでの空狐同様に傷一つどころか火傷一つを負っていないましらに、不可思議のような視線を向ける。

「貴様、何奴よな?」

 あくまでも自身の采配により物事を動かしていた空狐が初めて、ましらへ問いかける。それは警戒ということでしかないようで、空狐はすぐさま戒爆し無散した焔を呼び起こすように全身に力を呼び戻す。だが、その消費は完全には回復していないせいか、焔は規模を縮小していた。

「別に大した理由じゃないわよ。そこいらにいる神子の一人よ」

 そして、その言葉と同時にましらが動く。すぐに空狐もそれに合わせるように焔を操るように手を動かす。稲浪たちにはない光のようにすばやく動く焔が空間に鞭打つように燃え盛る。

「我に近づくこと、それは死を洗濯した愚者の所業よ」

 ましらの動きは早かった。先ほどの攻撃をかわす能力といい、空狐から激しい焔を受けていても、亀甲の羅岩硬招の防御だけに頼らない動きは、圧倒的に早い。

「当たらないわね、空狐様?」

 いやみを込めて放つ言葉に合わせるようにましらは空狐の焔を掻い潜り、空狐の目の前に来た。

「ほぉ、しかしの、それでも遅い」

 不適にましらが笑い、こぶしを空狐に放つ。だが、そのこぶしは空間を切るばかり。

「なっ!?」

 ましらがとっさに振り返った時、そこには涼やかで冷ややかな流し目でましらを見る空狐がいた。風のようにましらの視界から消えると同時に、その視界は光という焔で染め上げられた。

「威勢や良し。だがの、神たる力には及ばなんざ」

 空狐は神足通により、ましら以上の行動の早さを持っている。ましらが追いつけるはずがなかったのだろう。

「そう……それが神通力ってわけね」

「ん? ……っ」

 その余裕の空狐の姿が唐突に空間を滑った。涼しげに焔を撒き散らした空狐。だが、その瞬間、空にはこぶしを軽やかに振るった後のましらが空狐を流し目で見つめ返していた。

「そんなに驚かないでよね。まだ序の口なんだから」

 空狐は驚きに表情を固まらせ、とっさに受け止めた手のひらを見つめていた。そんな空狐にましらがさらに動く。空狐の焔が光のように残光を残し、瞬間的に相手まで燃やし尽くす光を残すなら、ましらの動きは光が後に続くほどに、ましらの動きは早かった。

 ましらがいまだに理解し切れていないように自分の手のひらを見つめている空狐にさらに勢いを増して、攻撃の手を加える。だが、ましらはまるで稲浪や九稲、亀甲、空狐たちのような能力は繰り出すことがない。拳を空狐へ叩きつけ、空狐もそれを受け止めることは出来る。だが、その瞬間にはもう一つの拳が出ている。空狐もましらを同じ手を持つ以上、それを受け止めるということは可能だが、ましらは手が受け止められれば足を使う。だが、その威力は拳の比ではない。

「ふっ」

 受け止めていた空狐の体が、ましろの一蹴で、揺らぐ。それでも空狐を守るように焔がすぐにましらへ襲い掛かる。

「そんなもん、とっくに見破ってるっての」

 だが、ましらは容易くかわす。そのかわした焔は、急激に消滅することも出来ず、目の前にいた術者の空狐へと進む。

「ふんっ」

 それでも空狐はすぐに意識を切り替え、神足通で自身の焔から逃れ、その焔を打ち消す。

「小ざかしい真似を」

 その瞬間には空狐の背後を取り、ましらが再び拳と蹴りで襲い掛かる。その力は繰り出すごとに強さを増し、空狐の焔で浮かび上がった雲が、空狐が受け止めるたびに衝撃波となり、その雲を不自然に吹き飛ばし、雲がちぎられていく。これまで焦ることもなく余裕を見せていた空狐が、初めて腹立たしげにましらから距離をとる為に、焔を大きく全身から噴出させた。

「随分と弱ったみたいね?」

 身を引きながら挑発する余裕のあるましら。

「齢とは取りたくないものよな。つくづく実感しおったわ」

 そんなましらに、自分が力を使いすぎたのだと理解したように、空狐が息を漏らす。

「しかしの、まだまだ我は落ちぬぞ?」

 空狐は全身から燃やす焔を腕に集約させて燃やす。それでも焔球になるほどの力hの請っておらず、それを見越したようにましらが動く。

「悪いけど、決めさせてもらうわ」

 空狐の元へ空間を蹴り、拳を打ち込む。空狐が焔を纏う腕で受け止め、焔が弾かれるように煌く。受け止められた拳を支店にましらは身をよじり、体をその反動を利用し回転させ、蹴りを打ち込む。空狐の体はそれを跳ね返すだけの力を持たず、ましらと同じ視界にいたはずが、その力に空狐はましらを見上げるまで落ちていた。

「そのまま落ちるのも良いかもしれないわね。けど、あんたがさっきくれた冥土の土産を返さなくちゃいけないわよね」

 ましらが空狐を見下ろす。依然として亀甲のおかげでぜんしんがうっすらと光に包まれ手いる影響で、空狐の焔が衰えている今では、神とはどちらかと言われれば、ましらと答えそうになる。

「よかろう。来てみるが良い」

 空狐はまだ余裕を見せるように腕の焔を燃やす。大人しくするのなら、とましらは一瞬空狐に期待するように視線を下ろしていたが、その答えにため息のようにと息を漏らすと、一度目を閉じ、息を吸い込み、空間を歪ませるほどの勢いで空狐へ突進した。

 そして空狐は全身の力を腕に集めるように、そのしなやかな髪を風に流し、涼やかな瞳を閉じ、その時を待つように静寂にその身を包み込ませていた。

乱撃(らんげき)壱章(いっしょう)乱摩(らんま)っ」

 静かに浮かぶ空狐に、眼前に姿を現したましらが唱えると、今までの打撃、蹴撃とは異なる討撃が炸裂する。相手に隙を見せることのない、一言で言えば殴る蹴るの攻撃。だが、その動きは俊敏で、今までのように受け止めることは困難なほどにましらの攻撃速度は尋常ではなく、一撃の攻撃を打ち込むと、それが数度の拳を叩きつけているのだと、焔を宿す腕で受け止める空狐の焔が打ち込まれた数だけキラキラと弾き飛ばされる。

 その衝撃もすさまじいようで、神子としての能力の影響もあってか、空狐を打ち抜くように衝撃波が空狐を貫き、空をも刺していた。

「これを受けても立っていられるかしら?」

「っ!?」

 攻撃の手が止まり、空に静寂が訪れた瞬間、ましらが空狐と背中合わせに姿を見せ、振り返る間を与えることなく、空狐の流れる髪を掴み、そのまま背負うように一気に持ち上げ、勢いをつけながらましらは空狐を地上へ向けて叩き落す。対応に遅れをとった空狐は、成す術もないように腕に宿っていた焔が大きく尾を引くように地上のビルへと激突し、激しい轟音と共に粉塵が視界を覆いつくした。


「……」

 その光景は、何が起きたのか理解するのすら難しかった。九稲さんと稲浪を散々弄ぶように苦しめた空狐が、ましらさんによって地上へ叩き落された。ましらさんの攻撃は後半から何をしているのか良く分からないくらいに早くて、気づいた時には、空狐がビルを破壊しながら墜ちた。その航跡を残すように、ましらさんから地上には空狐の白金の焔がキラキラと燃えているだけで、その先の空狐の姿は粉塵で見えない。

「ひゅ〜、やんなぁ、ましら」

「冷や冷やしましたけどぉ〜、さすがはましらちゃんですぅ〜」

 呆然とする俺をよそに、先輩と亀甲さんは一安心、という感じで空を見上げていた。

 何も言えなかった。稲浪たちの戦いと強さを見ていただけに、空狐をあれほど容易く地上へ落とす様子には、少しだけ口が震えた。先輩は一体何者なんだ? 先輩の神子って何なんだ? としか思えなかった。

「これにて一件落着ってとこか」

「明日の食事も〜、これで大丈夫そうですよぉ〜」

 二人が笑う様子に、俺はついていけなかった。

「終わったな、隼人」

 稲浪の頭を足に乗せていた俺に、先輩がやり遂げたように笑う。

「ほ、本当に、空狐を、倒したん、ですか?」

 正直信じられなかった。稲浪たちが傷つけても空狐は稲浪よりも何倍も早く傷を癒して、さらに強くなっていた。だから、本当にこれで空狐が倒れたのか、信じられなかった。

「稲浪さんとお姉さんがぁ、空狐の力を消費させてくれたおかげですよぉ〜」

「そういうこった。万全の状態ならましらも勝てなかったろうな。けど、お前らが奴の力を激しく消耗させたおかげで倒せたってもんだ」

 二人が俺を見て笑う様子に、次第にそうなのか、と納得した気持ちが追いついてきたのか、は、はは……と笑いが零れた。

「稲浪、やったぞ……空狐を俺たち……っ!?」

 倒せたぞ、と眠りに落ちて力を回復している稲浪に伝えようとした。

「ましらっ!」

「ましらちゃ〜んっ」

 でも、そのつかの間の安堵の時間を、激しい爆発と、俺たちに吹き荒れる熱風が、一瞬にしてかき消した。

 空を見て声を上げる二人に空を見上げた。

 そこには空狐が纏い、彗星の尾のように燃えていた焔が大々的に爆発したように、見たこともない火柱として燃えて、その爆炎の中から隕石のように焔に包まれたましらさんが地上へと落ちていくのがビルの隙間の空に一瞬だけ見えて、すぐに轟音と共にビルの向こう側へ消えた。

「先輩っ」

「すまん、隼人っ!」

 俺は先輩に呼びかけた。それと同時に先輩も亀甲さんと共にそこへ向かって走り出した。自分の神子だ。駆けつけないといけないという気持ちに駆られるのは、俺にもわかっていたから、止められなかった。

「やっぱり、空狐は強すぎる……」

 先輩たちが駆けていき、残された俺は稲浪を抱えるようにしながら空を見た。そこには疲弊しているようで、ゆらゆらとふらつくように空へと昇る空狐の姿があった。ただ違っていたのは、負傷していることではなく、その姿が俺たちが最初に見た女の子の姿に戻っていたということだけだった。


「こざかしい、小猿めが」

 ましらの攻撃に空狐は負傷を負っていた。その上、力の消費により解放した力を維持できなくなったのだろう。その姿が当初の子供に戻っている。だが、その目つきは完全に戯れではなく、戦闘する獣の意思に包まれている。

「冥土の土産とな? 笑わせよってからに。我の戒爆はいかな焔であれど、威力は絶というものよ」

 あちこちでビルが火災を起こしているのか煙が立ち上っている。おそらく空狐ははじめからこうするために、残り少ない焔宿し、ましらの攻撃を受けつつ、その手には焔をたぎらせ、焔玉を練っていたのだろう。叩き落された後、ましらのところへその焔を残し、操る為に焔の尾を引いているように見せかけ、それは爆砕した。ましらでさえその警戒を持たなかったが故に回避する間もなく、巻き込まれ、墜ちた。

「もうよい。醜き世を滅してくれるわっ」

 自分がここまでやられた言の腹いせと分かる怒号と共に、空狐が持てる力を振り絞るように空へ手を掲げ、そこへ焔を呼び起こす。それは九稲が結果的に大ダメージを受けた焔球の形成。亀甲がましらへ気をとられている隙に、防御の解除された地上を焦土と化す為に練り上げる。その様子に気づいているのは、遥か眼下にいる、戦闘状態にはいない隼人たちだけのようで、隼人はすでに動く力を持ち合わせておらず、愕然とした表情で空を見上げるしかなかった。

「九尾が妖狐、九稲。焔尾灼放」

 絶望の焔に染め上げられた世界に、その声が轟いた。

「圧倒的で乱雑な力は暴力。しかし、統制された力はそれをも上回る鉄槌と成すのです」

 空を烈火と共に紅の灼熱が吹きぬけた。

「ぬぅっ……!?」

 それに気づいた空狐。だが、焔球の構築に使う焔が精一杯だった。気がついた瞬間には、既にその白金の焔は、轟々たる紅き焔の中へ飲み込まれていた。その焔は凶暴で人々に忌み嫌われた大妖狐、九尾の焔を持つ九稲だった。

「しばし地上にて眠られるが宜しい、大神狐よ」

 一陣の風のように吹いた紅の焔が吹きぬけ、白金の焔が紅の焔の中に飲み込まれ滅せられた。空を支配した焔が消えた時、そこには稲浪同様、もしくは稲浪以上の被害を受けたはずの九稲が、そこで空を駆ける風に紅い焔を吹かせながら、鎮座していた。

「くぅ……っ、き……さ、ま……」

 焔が突き抜けると、空狐の焔はもう、どこにもなかった。力なく空狐が九稲を睨んでいるが、その先の九稲の視線はひどく冷徹だった。

「墜ちなさい、未調整なる神子よ。そして、目覚めなさい。その瞳で世界を知りなさい」

 空狐を見下ろす九稲が舞を舞う。それに呼び寄せられるように紅い焔が九稲の周囲に竜のように吹き荒れ、九稲は抵抗する力を失った空狐へ、それを手向けた。

「―――っ」

 空狐はただ、その迫りくる灼熱の焔を待つしかなかった。守る焔も対抗する焔も、九稲に奪われたように、ただそこに浮いていた。そして、目の前に来た時、空狐は諦めたように小さく笑みを見せていた。九稲には焔で見えないほどに小さな笑みを。

「よう……やりおるわ……」

 抵抗できないことを認めたのだろう。身を任せるように脱力した小さな体を、廃塵に化すべくの焔が飲み込んだ。九稲が成し遂げようとした粛清の焔に、空狐は焼かれていく。紅い焔の中から、灰のようにキラキラとした光が空へと散っていき、やがて焔が収まると同時にその輝きも消え、浮くことすら出来なくなった人形のような小さな体だけが地上へと落ちていく。

最後の力まで奪われ、とどめの焔を浴びた空狐には、既にその意識はなく、眠れる子供のように静かに地上へ、隼人たちが見上げていた空を落ちていく。九稲は誰よりもその姿を熱く、冷ややかに見つめるように見下ろし、やがてそれを見届けることをやめるように焔を纏い、その空の頂を目指し飛び去った。

 自分の妹である稲浪のことを気にするように一度隼人たちへ視線を向けていたが、稲浪のことは隼人に任せると言い残そうとしていたのか、輝く焔の粉を散らし、誰もたどり着けない高みへその姿を光に変えた。この勝敗は一体誰により采配をもたらされたのか、それを明確にする必要がないと言うように、残された者たちへの休息へと変化していった。


「九稲さん……」

 どうなることかと思った。もう終わりだと稲浪を抱きしめた。でも、その最後を決めたのは九稲さんだった。あれほど傷ついていたはずなのに、最初に言った通り、空狐を討った。それは颯爽としていて、下りてきてくれると思っていたのに、そのまま空へと飛んでいってしまったことに、どうすれば良いのかと困惑を俺に感じさせたが、空狐が落ちてくる様子に、まずは力が抜けた。

「って、え? ちょっ、ちょっ!」

 でもその安らぎは一瞬にして意外というものに変わる。九稲さんが空狐を回収していくものだと思っていた。未調整なら稲浪たちが来た嵩天原島へ戻されるはずだ。でも九稲さんはそのまま言ってしまった。お礼も挨拶も出来ないままに。そして当然のことながら空狐はそのまま落ちてくる。それは視界に入っていた。でも、その落ちるコースが問題だった。

「うそだろっ! ちょっ、う、動けないってのっ!」

 見上げる空。焔が消え、雲がかすかに浮かぶ闘いの後の蒼空。でも、その中に異物が混じる。金色に靡く髪がはためく空狐。それがどんどん大きくなる。俺の真上で。逃げようにも稲浪を動かしている暇がなく、稲浪の頭を乗せていた脚がしびれてる。焔の脅威がなくなったのに、俺の頭上から降ってくる空狐という物体の重力が恐怖として、俺に映りこんだ。

「う、うわぁぁぁ―――っ!」

 避けられない以上、身を構えるしかない。でもどっちにしろそれじゃあ押しつぶされた俺は死ぬはず。そう思った瞬間、全身に響く衝撃が走り、俺は自己防衛として目を閉じた。

「んんん―――っ!?」

 だが、気づいた時、俺は無謀なことをしたのだと、頭のどこかで呆然と考えながら俺は腕を伸ばしてしまっていた。

逃げられないのなら、せめて受け止めようと。

無理なのは分かっていた。何しろ空を自由に富んだりしていたはずの空狐が、紙切れのように、羽のように落ちてきた。もう力がないのだとはっきり分かっていたけど、それでももしかしたらと思い、そんなことをした。

 そして視界の青空をしめる割合が減った時、空狐の体はゆらゆらと反転を繰り返し、俺と顔が合った。その瞬間、ドンッと想像していたよりかは不思議と軽い衝撃がきて、俺の視界には、空狐の静かで怖いというものではなく、可愛いと思えるような小顔が迫っていて、衝撃よりも口に感じる柔らかさに、俺は声を上げてしまった。

「ん……? ぬぅ……」

 そして背中から地面に倒されて、背中から感じる衝撃に顔は歪む。けれど、それ以上に俺が空狐という神子と唇が合わさっているという状況を理解した瞬間、その驚きは、まるで稲浪と命約を結んだ時のことを彷彿として、今、俺の置かれている状況を考えられなくなった。その上、一瞬空狐が目を開けた。俺とぶつかったことに気づいたようだけど、俺を目があったと思った瞬間に、小さく笑みのようなものを見せると、空狐がまた目を閉じた。小さな体が俺の上半身に乗り、足には稲浪。その重さは決して重いわけじゃないのに、動けなかった。 

「んっ? んんっ? んんん―――っ!?」

 だって、俺が空狐と弾みとはいえ、口付けした。その瞬間、空狐が俺に気づいた。でも、何かをするでもなく、目が合い、そのまま小さく瞳を下げて、まぶたを下ろした。ただそれだけなら良かった。でも、俺と空狐は人間同士じゃない。

「おーい、隼人、一旦下がる、ぞ……ってうおっ!?」

「ましらちゃ〜ん、羅岩硬招のおかげで良かったねぇ〜……昴様ぁ? ……あらぁ〜」

「い、つつ……しくじったわぁ。って、はぁぁっ!?」

 そこに先輩たちが戻ってきた。視界の端にましらさんの肩を抱いている先輩と亀甲さんがいて、ましらさんが想像以上に負傷している様子はなく、きっと亀甲さんの羅岩硬招の防御が作用していたんだと思う。でも、三人が俺を見て、一様に俺と同じ反応をしていた。

 気づかなければ良かった。そうすればきっと、ただの事故、ただの偶然で済んだかもしれない。でも、俺は感触を自覚してしまった。

 全身に感じるぬくもり。だが、それは空狐自身の体温ではない。稲浪と命約した時のように、光が俺と空狐を飲み込んでいる。そして腕に感じる熱さ。覚えている、この感覚。稲浪のときと同じだった。何か熱いものが全身に流れ込んでくる感覚。そして腕に同じように何かが走った。ちくっとするような、ジュッと焼けるような感覚。心の中では、ひたすらにその現実を受け止めたくないという思いがあってか、嘘だろ、としか思えなかった。

「あんた何やってんのよっ!」

 ゴンッ、とましらさんが空狐を引き剥がそうと俺の体まで揺らし、鈍い衝撃と脳内に響く揺らぎが、ゆれる反動で頭を打ったのだと理解した時、視界が揺らめいて、意識が遠のいた。

「あらぁ〜。ましらちゃ〜ん、揺さぶりすぎぃ〜」

「おいおい、もう遅ぇよ。つか、のびちまったじゃねぇか」

「だからって、この神子となんてさぁ……」

 意識が飛ぶ瞬間、そんな先輩たちの声が聞こえた気がするんだけど、最後の方はもう、意識が飛んで聞こえなくなった。どうなるのかは分からないけど、この闘いが一応終息を迎えたんだという記憶だけが、俺の最後として残っていた。


「随分と派手にやられたようで」

 破壊尽くされた梅田の街。大府として日本の首都としての昨日は壊滅的状況とも取れないことはない。しかし幸いなのか、中央官省庁のビルは何一つ影響を受けず、NBSLの本社ビルもまた、日本一の高さを悠然と保っていた。

「あくまでも、粛清をしたまでです」

 その日本一のビルの頂付近で、二つの風が静かに足を休めていた。

「これほどの状況へ陥ってもなお、力の解放をせずに闘うとは、マスターもさぞ落胆されたやもしれませんな」

 一つは紅い神子装束の九稲。空狐との戦闘で負った傷はなく、神子装束の破損もいつの間にか消えていた。

「あの方の為ではありません。私は私として赴いたまでですので」

 九稲がビルの内部へと続く扉へと歩き、もう一人と交差する。

「ああいう演技で勘違いさせるなんて、貴女も罪な女子ですな」

 すれ違う九稲をどこか鼻で笑うもう一人。

「どう取られようと関係ありません。少なくとも、あなたには」

 九稲はどこか挑発的に笑うもう一人に相手するのも面倒だと声色さえも冷たく、通り過ぎる。

「そうですな。私の役目はこの為にある。誰かさんが壊したものを、直す為だけの神子が、あっしですからな」

 少々高笑いで話すのは男。九稲とはそりが合わないようで、九稲の放つ不機嫌なオーラをまるで感じようとはしない。むしろ、九稲たちが結果的に破壊した街を見て、睡眠を邪魔されたと言わんばかりに笑いながら九稲を責めるように言う。九稲はその背中に背中で答えることなく、ビルの方へと歩く。

「今回はマスターの命令である以上、従いましょう。ですがね、九稲さんや。あのやり方であれの罪を消せると考えての命約は、感心しませんなぁ」

 歩いていた空狐の足が止まる。この位置から見える景色に、人一人を確認するのはほぼ無理。しかし九稲はそう言われ、思い当たる節を感じたのか、横目だけで振り返る。

「いくら親族とはいえ、破壊者は破壊者。その粛清をこの結果で済ませたところで、あれを使える者はおりませんでしょうな」

 少々不機嫌から怒りの瞳を見せていたが、その男の言葉に九稲は、逆に男を笑うように言い放ち、扉の奥へと姿を消した。

「それは私の関することではありませんので」

 挑発にも乗らない九稲の姿が消えると、男はどこかつまらなそうに息と漏らした。

「……やれやれ。つれないお嬢さんは高いねぇ。それだけ期待するなら、見せてもらいましょうかね、その赫職とやらを」

 何も判別できない高みから、山田とは違う笑みを小さく浮かべた男がビルの縁に立つ。強風に全身が靡かれるが、全く動じることなく、双手を外へ突き出す。

「こんなことがこれから続くようですと、身が持たないんですがねぇ」

 改めて街の様子を見て、面倒そうに呟くと、男の瞳は色を変化させた。

「夢見よ、祈り子。その果ての憧夢を」

 その言葉で男の姿は爆発のように手のひらから膨れ上がった光の中へ消えた。夢が覚める瞬間の強く、眩い光のように男の放ったそれは一瞬にして梅田の街を覆いつくし、あちこちで散乱する瓦礫のビルや立ち上る火災の全てをも飲み込み、光の糧とするように全てがただ一色の光に包み込まれた。


閲覧ありがとうございました。


久しぶりの更新で、前の展開を覚えていらっしゃらない方もいらしたんではないかと思います(^^;


今回で二神抄はとりあえず終わりとして、次は少しエピローグ的な部分を書いて、日常を描き、他の神子のお話へと進むので、稲浪と隼人の活躍は少しだけお休みさせていただくかもしれません。


他のあの神子たちのことも書かないと、投げっぱなしになっちゃいそうで(^^;



さて、次回更新予定作品は、「Youth Walkers!」です。


更新予定日は、7月28日頃を考えております。


更新まで、今しばらくお待ち下さい。

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