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二神抄.激突 転機編

仕事の都合で遅くなりました。


ここから二神抄は終盤に入ります。

「滅せよ、源焔よ」 

 焔が打ち消された間合いから、稲浪に向かって掲げた手を振り下ろす穹狐にあわせて、光陰を帯びた焔が矢のごとく向かう。

「我とて、白狐っ! かような焔ごときに負けはせぬっ」

 蒼焔が口を開き、焔を吐き出すように燃える。焔の中から色濃い蒼焔が噴出す。

「ふむ。そうこなくてはの」

 源焔を打ち払い、蒼焔が空狐へと伸びる。だが、その威力は目の前を飛散する虫を払うように、白い焔の前に飲み込まれる。

「くっ。厄介は神通力じゃの」

 稲浪が表情を渋らせる。源焔には対抗もそれ以上の効力を覚えても、空狐はもはや神。故に稲浪にも九稲にもない力、神に通じる力を持つ。それが稲浪が迂闊に近づかない原因でもあった。

「仕方あるまい。三尾が目覚め集えよ。狐業滅(こごうめっ)()

 蒼焔を纏っていた稲浪の体に変化が訪れる。全身を大きく纏っていた焔が分裂し、無数の鬼焔が稲浪の周囲に漂い燃える。稲浪を飲み込むように燃えていた炎が全て、魂のように空に浮かぶ。

「ババ様よ。神通力とて数成せば、回避は容易ではあるまい」

 稲浪は対抗する技が少なければ衝突が確実。数を成すことで隙を見出そうとしているようだ。

「ほぉ。一が技にして、三にも四にもとな。これはよい。参ってみせよ、稲浪」

「うむ。行くのじゃ、ババ様っ!」

 どこか嬉しげに空狐が見下ろす。まるで危機を覚える様子はない。そんな空狐と似ているようで、稲浪もまた、争いが被害を広大にする中で、自信ありげに口端を吊り上げ、周りに漂わせる焔たちを一斉に空狐へと差し向けた。

「往けっ! 狐業滅緋っ!」

 無数の鬼火たちが流星のように尾を引きながら青い空に蒼い焔が走る。焔と同時に稲浪も空狐へと突き進む。一つ一つの鬼火が自我を持つように、空狐へと無数に放たれた矢のごとく燃え盛る。稲浪はその中で鬼火を滾らせ、隙を見ている。

「ほぉ……なかなか」

 周囲の視界を覆いつくすように焔は燃え盛り、空狐へと襲い掛かるが、空狐は軽く身を動かし、纏う白い焔をムチのように操り、自身へ近い炎を打ち消していく。その表情に焦りは無く、感心しているようで楽しげだ。

「ババ様よっ! 余所見をしておると、痛い目を見るのじゃっ」

 焔を上手くかわす空狐のすぐ背後、青い炎がひときわ大きく空狐へ揺らめき現れる。その焔はまるで航跡を残すことなく飛び去る飛行物体と同じように、突如出現し、稲浪の身体が浮かぶ。 

 その声に空狐が眼前の焔を打ち払いつつ、身体を反転させると、勢いをつけた拳と焔がその顔面へと襲い掛かった。

「はあぁぁぁっ!」

 焔の色に包まれた稲浪の気合の声と共に、繰り出した拳が空狐へと衝突し、空狐を貫通する焔が一閃のように吹き抜けた。その焔と共に、混ざり合う二つの焔が大きく渦巻くように周囲を未だに襲い掛かってくる鬼火を飲み込むように燃え広がった。

「まだじゃのぉ」

 だが、その焔の塊の中から空狐が無傷で姿を現す。稲浪の拳が突き抜けた顔には、身を取り巻いていた焔が空狐の頬を撫で、空狐もまた、その焔を自身の尾を愛でるように手を添えていた。

「術は良い。だがの稲浪よ、言うたであろう。一、二の術程度、妾が見てぬと思うたか?」

 焔の中へ空狐が忠告をする。

「故に、甘いのじゃ、愛しき孫よ」

 撫でていた焔を空狐がまだ燃え残っている焔の中へ手向ける。それは実に優雅なムチ捌き。だが、躊躇はない。

「急ぎ時に生きし愛しきよ。悠久を経て妾が前に姿を見せよ」

 それは別れの言葉のように、空狐の瞳にごくわずかに子を思う瞳色を見せ、その焔は無慈悲に焔の中へと突き抜けた。それは焔を一蹴するように燃え溜まっていた焔すら巻き込み、稲浪の蒼い炎と空狐の白と金の焔を一瞬のうちに白金の焔に変え、大空へと吹き上がっていった。


「い、稲浪―――っ!」

 逃げろと言われて、距離をとった。背中から感じる熱が離れるに連れて熱いというものから暖かい程度にまで変わったとき、轟音が轟いた。振り返った時、無数の稲浪の焔が放れても見える空狐の輝きの焔へと砲弾のように向かい、その空域が何かが爆発したように白く輝いて、稲浪の焔が次第に青く染めていく。稲浪にはまだあれほどの力があったんだ。そう何も知らない俺には、非現実的すぎて対応が思いつかず、呆然と眺めた。もしかしたら稲浪は強い。自分で最強だと言っていたからには、やっぱりすごい。そう思えた。鬼火があれほど空に浮かんでいるなんて、美貌に見入ってしまった空狐以上に稲浪に見入ってしまった。

 額から絶えず湧く汗。涼しさと潤いを求めても、そんなものはない。乾燥した暑さと共に鼻をつく臭いが常態のようにあって、口がからからだった。腕に広がる赫職紋はずっと青白く光り、火傷を超え熱さを感知できなくなったみたいに力が入らない。

 それでも分かる。稲浪は無事だと。あれだけの焔を操り、空狐の焔の色を青に変えた。勝てるかもしれない。恐怖があったはずなのに、たったそれだけのことで、俺の中にあった恐怖に光が差してきた。稲浪たちの上にいて、焔の柱を操る九稲さんだって、さっき町を破壊しようとしたあの焔の球が十も空にたぎっているのに、それを檻に封じ込めたように押さえている。もしあれが落ちたら、梅田は壊滅するんじゃないのか? そんな不安も稲浪のお姉さんと言うことと、烈火の柱があるだけで大丈夫なような気がした。

 そして、そんなことを思う俺は、何も出来なかった。ただ逃げるだけ、ただ見上げるだけ。

それだけだった。でも、あの場所にいられなかった。よく分かっていない状況で信じられるのは、稲浪だけ。だから俺の行動は間違ってはいない。だけど、これ以上は離れられない。無意識に男としてのプライドがまだ遠くに逃げるべきなのかもしれないのに、この熱さの中にいようとする。何かしたい。何かしなければいけない。でも、何も出来ない。

でも、平静にいる俺の目の前で、それは突然だった。

稲浪が鬼火と共に空狐へとさらに空を自在に飛びまわり、空狐の背後を取った。そして、空狐の顔面に稲浪が拳を叩きこんだ。一瞬、そこまでそこまでするのか? なんて空狐に同情的な思考もあった。でも、それはすぐに不要のものだとすぐに気づいた。顔面へと叩きつけた拳の先から鬼火が噴出した瞬間、空狐の焔が一気に稲浪の焔を包み込んだ。そして同時にその焔の中から、白金の輝く髪をなびかせながら空狐が出てきた。しかも、まるで攻撃を受けていない様子で。空狐を守る尾の焔がそれを防いだみたいだった。稲浪はっ? 姿が焔の中に消えた稲浪を探して目を凝らす。でも、空狐の傍にはいなかった。燃えている焔の中にいる。腕の赫職紋に異常はない。でも出てこない。どこにいるんだ? 稲浪の姿をそう思いながら探すと、空狐が先に動いた。

白い焔が蛇のように空狐の周囲を守り、そして、空狐の指示なのか、焔自体の自我のようなものなのか、まだ稲浪がいると思う焔の中へその焔が貫くように空へと伸び、その焔の全てを吹き飛ばした。

あまりに一瞬のことで、空に飛行機雲のような一閃が残り、俺は思わず呼びかけた。稲浪の姿がなかった。光線のような焔が消えていく。出てきた様子のない稲浪に、最悪の事態を目の当たりにしてしまったと、身体がただそこを目指して動き出した。

「稲浪っ!」

 そこしか見ていなかった。腕の赫職紋が光を増して熱さを増した。何かがあった。直感がそれだけを認識して、離れた空狐の姿が次第に大きくなってくる。流れる汗が目に沁みて、視界が一瞬ぼやけた。

「うわっ!」

 見えなくなっても動いた足。それでも見えなかった分、瓦礫が散乱する中で、足が何かに引っかかって派手にこけた。


 十の焔球を取り囲む、四十五の焔渦。稲浪は焔の中で狐の焔を解き、人の姿となっていたが、九稲は業火を纏い、焔の狐と化し、焔球の成長を抑えるように九稲が焔を噴出し続ける。

「誠に恐ろしいお方ですね。これを町に落とせば、NBSL本社もただではないと言うのに」

 九稲の声は焔の中から呆れを含み、漏れた。その下層では稲浪が鬼火を当たり一面に漂わせ、空狐が焔の尾を稲浪へ向け、稲浪は素早さを利用してそれをかわす。

「空狐が気づかぬ今こそが好機。稲浪、もう少し耐えて」

 焔の狐の顔が下を見る。同時に稲浪の鬼火が空狐へと襲い掛かった。

「焔渦、滅焔っ」

 九稲が焔の柱へ向かって炎を吐き出した。焔渦の柱に衝突する吐き出された焔は、柱に塗られる土壁のように空狐の焔球を世界から隔離する赤い焔が空を一面に覆い始める。やがて柱全てが九稲の吐き出す焔と溶け込み、上下左右の空間に、巨大な紅い焔の空間が周囲の空から水分を蒸発させていた。そして、九稲が吐き出す焔を止めると、そこへ向かって九稲が宙を蹴り、空を赤い狐が駆けた。

「天狐様、どうか私にお力を……っ」

 空に遠吠えの声が響くと同時に、九稲がその焔の中へ突入した。太陽のコロナのように突入した場所からは焔が噴出し、九稲の世界から青空が消えた。

「これほどの力を発揮してもなお、あれほどの力を得ているなんて……」

 九稲が狐の姿を解いた。紅い火の粉を纏った髪がでん部から尾のように生えている九本の焔が長く一つの束のように赤くきらめいている。九稲の瞳も隼斗たちとの触れ合いとは異なり、険しさがあった。しかし、その中に、空狐が無尽蔵に焔を駆使することに、危惧もあるようで、早急にこの現状を治めたい様子だった。

「ただで終わるには、いささか困難がありそうね……」

 焔の空間の中でも、空狐の焔球は白い輝きを持ってその主張を揺らめきとして九稲の目の前にある。端から端までの距離は目測では測りきれない空間に、九稲が静かに息を吐き、瞳を開く。手のひらに小さな焔が生まれ、九稲が静かに目の前に浮かぶ焔球へと歩み寄る。九稲は焔球の間に立ち、二つの焔球へ片手をそれぞれ手向ける。

「九の舞、滅焔灼(めっかしゃく)(ほう)

 赤い瞳が強く光を増し、九稲が焔球へ両手に宿した赤い焔を押し付ける。同時に九稲の尾が全て噴出す焔のように激しく燃える。九稲の身体が熱風で衣服が大きく揺れ、両手に宿っていた焔が空狐の焔球の表面に、血脈のように燃え広がっていく。白い焔球が九稲の赤い焔にその歪さを増す。九稲はさらに自身にたぎる焔を強大なものにし、焔球に広がる九稲の焔がそれを飲み込んでいく。力を振り絞る九稲の声には、相応の力への代償のように若干の苦渋が浮かぶ。だが、使命を持つ九稲としての誇りが、巨大な焔球を被いつくす焔が圧縮して燃えていく。

「滅せよ、我が九尾が紅の焔よ」

 振り絞る声にあわせるように、二つの焔球が九稲の腕の中へ吸い込まれるように圧縮され、霧散した。

「この二つだけでこれほどの妖力を使うのですね……」

 稲浪に比べて、焔球への対処を心得ている九稲ではあるが、一度に二個の焔球を滅することは容易いわけではないようで、九稲の息は上がり、焔球と触れていた手はだらりと垂れ、その手のひらは火傷を起こしたように赤みを帯びていた。だが、まだ八つの焔球が九稲の焔の世界に浮き燃えている。休む暇はないと、九稲は髪を赤く輝かせ、優美に次の焔球へ焔の中を進んでいく。

「九の舞、滅焔灼放っ」

 そして、再び二つの間に立つ九稲が、同様に滅焔灼放によって焔球を滅する。だが、その度に九稲の身体からは焔と共にすぐに燃え尽きてしまう湯気のような白煙が身体から昇る。

「っ……っ、さすがに……この身体では……」

 纏う焔が二つずつ焔球を滅するたびに盛りを失っていく。疲労の色と共に、九稲が焔を宿し、焔球を滅してきた腕が、重度の火傷のように赤く、血を滲ませている。

「……九の舞、滅焔灼放っ……っ……ぁぅ」

 だが、それでも九稲は止めない。神坐天照もとい、山田太郎の命がある。創世を利用しての悪しきに懲罰を。それと同時に背負う人の世の安寧。それを侵す空狐を倒す。その為に固執するようにも見えるくらいに、九稲は残り四つの焔球へ進む。その足どりこそ耐えているが、焔球が滅するにつれ、九稲が展開した焔の空間が小さくなっている。空間を囲う焔は、空狐による焔球への干渉を遮り、万一の時の障壁をなすのだろう。しかし、九稲は一度町を破壊しようとした焔球一つを消し去る為に力を激しく消費した。今はそれに加えての六の焔球を滅した。幾ら力があるとは言え、その疲労は頂点を越えているようだ。

「はぁ……っ……」

 それでも九稲は舞う。焔の粉を振りまき、焔球へ己の焔を映し出し、圧縮消失させる。

「……っ……九の舞……滅焔灼放」

 七、八の焔球へ九稲が焔を送り込む。その焔を取り巻いていく力は弱かった。

「くっ……解放に、制限が……」

 これまで完全に焔球を被いつくしていた焔が、この二つへは、全体を覆いつくせなかった。

「これだけ……でも……っ……はぁぁああっ」

 そして一層の力を込め、九稲の焔が赤から赤黒く変色し焔球を食らい尽くすように滅した。

「……っ」

 だが、同時に九稲の焔の尾が消失した。手に力はなく、立っているのがやっと。それほどに疲弊し、焔と入れ違いに九稲の身体がそこで足を止めた。

「空天拭焔っ」

「っ!? ……―――っ」

 しかし、そのわずかな時間すら、九稲には休息を与えはしなかった。

兆す気配に九稲は赤黒い焔を纏い、上空へ焔の空間を突破して非難した。九稲が脱した次の瞬間、白金の焔が九稲の焔を全て吹き消すように大空を煌めかせた。

「ほぉ……妾が焔を八つも打ち消しおったか。実に見事よ」

 消えていく焔の向こう―――九稲を見上げる空狐がその美貌を以って、九稲を視線で射止めていた。

「はぁ……はぁ……空、狐……」

 疲弊だけではない、過剰な焔の使役に、九稲は苦痛を見せ、炎を纏おうとするが、その焔が上手く身体を包み込んではいない。

「どうした? 焔がくすんでおるぞ。その体では無理を圧したの?」

 九稲を見て空狐が笑った。それは無邪気なものではなく、嘲笑のようでもある。

「い、稲浪は……どうされた、の、です……?」

 そして、見下ろす九稲の視界に、稲浪の姿はなかった。

「稲浪か。稲浪は良いの。時を経れば、妾が良き腕になりうるじゃろうの。あの威勢は良い。しかし、及ばなんざ」

 そう言って空狐が自分の頬を撫でる。そこには若干殴られたように赤みを見せているが、空狐がそれを撫でると、元の白さを取り戻した。

「そう睨むでない。とどめは差してはおらぬ。運良くば、生きておるじゃろうの」

 空狐が地上へ顔を下げる。九稲もつられるようにそれを見る。その先には、ビルが崩壊し、燃えている粉塵が立ち上っている区画があった。

「稲浪っ!」

 それを見て、九稲は気づいたのだろう。稲浪が落ちたと。弱まっていた九稲の焔が激情と共に一気に燃えた。それは烈火の紅き焔ではなく、まるで妹を殺されたことへの憎悪を含んだ憎しみの赤黒の焔。

「して、九稲よ。どうするのじゃ? まだ二つ、あるぞ?」

 そこにはまだ二つの焔球があり、九稲がそれに視線を向けた瞬間、空狐が纏う白い焔を伸ばし、その二つを空狐は自分を結びつけ、九稲に悪戯な笑みを薄く見せた。九稲の表情が歪む。理解してしまったように。

「……あなたは、人の世だけならず、子孫までへも、心を鬼にされるというのですか?」

 その破壊を見下ろす九稲は、妹がもがいたであろう傷を容易く消し去り、落ちた稲浪の事など既に眼中から消えている。ただ戦いを楽しむ為だけ、自己の欲求に忠実であることだけの空狐に、唇を噛んだ。

「鬼、とな? ほっほっ、妾が鬼とな?」

 九稲の稲浪すら容赦なく落とし、町を破壊する空狐への怒りの言葉に、空狐の動きが止まる。だが、空狐が笑う。屈託のない美貌を無垢に染めて。

「創世とは、我らが閉ざされし世界の融合です。あなたが犯しているこれは、消失そのものです。あなたにはお解かりにならないのですか? 稲浪がこれほどあなたへ訴えたことを」

 呼吸は未だに荒い九稲。それでもこの無情に力だけでは変えられないと思ったのだろう。

「笑止。貴様は落ちぶれおったのか? 何を以ち融合とな? 貴様のそれは、惑いに過ぎぬ」

 空狐はそれを一蹴した。

「見てみよ。これが融合か? 妾は人世を司った。じゃが、これが融合と申すか? どこにおる? どこに同胞がおる? どこに自然がある? そんなものはないっ」

 空狐が差す地上。大府大阪の都会の町並みが広大に続く。所々に見える緑も、森にすら人は住み、開発し、自然と言う名の人工による自然を作り上げている。空狐はその中で生きるということへ嫌悪がある。だからこそ、取り巻く焔が怒りの矛先を探すように大きく九稲の周囲へ燃え盛る。空狐は天狐の上にいる。だからこそ、狐の長を越えた神という存在も同然。その歴史を知る人間はいない。遠い過去から見ているからこそ、この変わりようが気に入らないようで、九稲にそれを怒りの表情で訴える。

「あなたが見てきた時代、我らが如何に生き抜き、ここにいることか、その苦しみは私にとて理解は出来ます」

 そして九稲がそれを認めた。空狐の表情に、納得と共に、自身の道の正しさを再確認したような表情が浮かぶ。

「ですが、変わらぬものはございません。我ら神子は物の怪とし、恐れられることが生存を担いました。しかし現代、神子の名におき、我らはこの命を脅かすことを忘れ、生きていくことが出来た。これは、望まれた世界のはじめ。だからこそ、あれほど人を憎んでいた稲浪は、守るべきものを見つけ、あなたに気づかせようとしているのです」

 それを無碍にするつもりか? 九稲が強い視線で見下ろす。その灼眼は、空狐へ思いを強く映し出す。

「ならば問おう。我らは何ぞ? 我らは何故に生き、人間は何故に生く? 全てが生におき、その長たるに相応しきは何ぞ? 醜きは何ぞ?」

 空狐が問う問いは、既に空狐は答えを知っている。九稲にもそれが分かるほどに、空狐の身体に焔が取り巻く。

 全ての生の頂点に生きること。それに相応しいものは何か?

「答えは簡単よの?」

「ええ、そうですね……」

 空狐の確認の眼差しは、いやらしさを含む。それを認めること―――すなわち空狐を公定することになるのだと、九稲が地上の惨劇を空狐越しに見下ろした。

「破壊じゃの」

「…………」

 笑む空狐に口をつぐむ九稲。

 人が生物の頂点を司り、全てを支配すること。それは破壊と言う能力を持つからこそ。

「ですが、破壊とは再生を前提に行うものであり、あなたは消失させているのです」

 それでも九稲は言葉を出す。空狐があくまで人間を擁護する九稲に、笑みを消す。

「稲浪と言い、九稲と言い、何を思いて守ろうとするか、妾は解せぬ」

「難しいことではありません。あなたは神たる狐。全てを知るあなたでございましょう?」

「妾に説法をするな。もう良い。さほどに言うならば、示してみよ」

 容姿が大人になればこそ、空狐は子供のように駄々を捏ねる様子はなく、ただ大人びて愁いを帯びた瞳で、九稲を見上げる。

「元来、狐は獲物逃がすべからずに足と力を持ち得ておる。して妾が孫はどうじゃろうのぉ?」

 卑しい目つきで空狐が、表情を不気味に変えた。その様子に九稲は息を飲み、瞳を大きく開いた。

「っ!?」

 その言葉は実にゆっくりであり、九稲は残る力を振り絞り、俊足で焔球と空狐を追い抜き、眼下に広がる梅田の町へ落ちていく。流星のごとく焔を引く九稲に、空狐の邪念の笑みが不気味にそれを追うように、空狐が腕から伸ばした焔と、それに結び付けられた焔球を九稲が通り過ぎると同時に振りかぶった。

「見せてみよっ。妖狐っ!」

 高らかで不気味な笑い声と共に、空狐が焔球二つを地上へ振るった。その二つは、九稲をあざ笑うように、別々の場所へ向かって勢いを増し、落ちていく。

「焔帝、五の舞……っ」

 距離をとり、地上側から九稲が見上げるように振り返り、両手を広げ、消えかけた尾の焔を赤黒く燃やす。全身から地上を守る焔が広がっていくが、これまでよりもその規模は小さく、受け止めきれる焔球は一つしか規模がなかった。

「―――っ!」

 九稲は残された力を全て広げるように、苦痛の声を上げる。だが、添えrすらも打ち破るは、空狐の高らかな笑い声だった。

「そんなものでは妾が焔は受け止められぬぞっ! その身を挺して貴様は何を守るというのだ。人がごときについたことを後悔せよ、九稲っ」

 空狐と焔球を結んでいた焔が切られ、焔球がさらに加速して、一つは九稲の焔帝の壁へ。そしてもう一つは、何もない、梅田の街へ焔帝を超え、高層ビルの上層部が赤く光を放ち始めた。


閲覧ありがとうございました。


次回は「youth walkers!」を更新します。


更新予定日は、仕事が多忙ですので、30日を予定しています。


長らく更新が遅くなってしまいますが、どうぞご了承くださいませ。

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