二神抄.激突・中編
ファンタジー大賞エントリーとしては、これが最後の更新です。
次でとりあえずの決着をつけようと思っていますが、どうなるかはまだ考えてません。
今回は次の伏線とでも考えてください。
「千の時を崩し、人代も散る脆葉。されど狐はここへ生き、流す涙も枯れ葉の舞。……哀れよの。されど赴き深し仁なれば、我は滅せう。無尾の焔舞」
小さな身体の伸ばした腕。その先に広がる巨大な火の玉。核を成すヘリの残骸が折れ曲がり、黒の鋼を渦巻かせている。空狐の表情は無。それを地上へ植えつければ焔が芽吹く。喜びもなければ、悲しみもないただの破壊。
「我が愛しき孫よ。邪炎の妖狐を呼び覚ませ」
「渦焔、五の舞」
腕を振り下ろそうと構える。その時、地上のビルが轟音と共に粉塵を巻き上げ、その中から突出してくる五本の巨大な焔の渦。破砕したビル片が焔の渦の中に取り込まれ、紅い焔の中に橙の流れを纏っていた。
「被害を出すことなく、御するつもりでしたが、いささか逸れましょう」
負傷しながらも、九稲が空狐と地上の間に舞い上がる。無の表情の空狐に微かな笑みが浮かぶ。
五本の焔が九稲を取り巻くように空を赤く染め上げ、橙の焔と対峙する。
「良かろう。散り往く花は愛でねばなるまい」
スッと、本当に軽く腕を振るう空狐。その眼前を焔の玉が滑り落ちる。九稲が腕を開き、焔を引き離す。勢いを増す焔の玉が広がり燃え盛る焔の柱に落ちつく。双つの焔が互いを飲み込むように接する面で激しく燃え盛り、夕暮れのように空を埋め尽くす。それでも空狐の放つ焔は徐々に重みを増し、九稲の焔を飲み込んでいく。五つの焔柱に支えられる太陽の屋根。隼斗はただ呆然と口を閉じることを忘れていた。その半面で九稲は硬く閉じた口と滲む苦痛に力を注ぎ、焔を支える。
「落ちよ、九稲。もう、良いのだ。飽きた」
焔の玉を見上げ、焔をたぎらせる九稲の眼前に、空狐が哀れみと失望の表情で浮かび上がる。九稲が気づいた時には、空狐の拳が胸を打ち、一本の焔の柱が飲み込まれ、消えた。
「っ……!」
「無駄よの」
堪える九稲に容赦はない。繰り出す拳のもう片腕が顔面を射抜き、一本の柱が消え、若干降下した九稲の腹部に小さく細い空狐の蹴りが振るう。
「かっ……ふっ!」
九稲の口から血が弾け、焔が一本また消える。それでも蹴りはまだ振った。最後の片足が九稲の横腹部にめり込む。赤い瞳に比例する紅い鮮血が堪える口を突き破り、空に飛ぶ。四本目の焔柱が消え、焔の玉の落下が著しく加速する。九稲はそれでもその焔に力を注ぎ込み、地上への衝突を避けようと懸命に空狐を睨みつける。
「理とは、不変なる差よ。身の程を弁え、我に追従するのだ、九稲」
空狐が九稲の頬に手を添え、口端から垂れる血液を拭い―――小さな舌で味わうように己の指を掬った。
「貴女、は……何も、みてい……ない……っ」
その行為が酷く屈辱なのだろう。九稲の集中する先は焔の玉だが、その集中をかき乱され、熱波が包み込む。高層のビルの屋上部が煙を立ち昇らせ、焔を発していた。
まずい。このままだと、俺が居るここの数分もしないうちに焦土と化す。九稲さんが逃げろといっていた意味が、今になって眼前で足を竦ませる。
「見る必要なきことを見ることに意味はなかろう? 無用なものなど見受けるだけ無駄と言うものよ」
空狐に九稲の言葉は届かない。それでも九稲は最後の焔柱で押さえようと浮く。空狐がそれを見下し、小さく息を吐いた。それはつまらないと吐き捨てるような残忍な瞳で。
「この状況下においても、変化をとわぬか。興醒めよ」
空狐が己の腕と焔の玉とを繋いでいた細い焔を断ち切るように振り下ろした。ゴムのように伸びた焔が千切れ、九稲が睨みと共に焔をさらにたぎらせる。
「九稲さんっ!」
隼斗の叫びが響き、その呼び声に若干反応した九稲。しかし、反応と同時に集中力がわずかに欠落し、空狐の焔が降り注ぐ。高層ビルの上層部は燃え、溶け、赤く染まる。
「つっ……!?」
空狐の口端がわずかに上がる。燃え往く地上の地獄絵図を完成させる画家の高揚。ものの哀れを覚えることなく、大地に終わりを注ぐ。それはさぞ興奮するのだろう。
「……なんたる、お方……っ」
九稲の焔が押され、飲み込み消された。苦渋の表情ながらも、九稲の瞳には絶望も諦めもない。あるものは―――使命。
「焔帝、七の舞」
九稲の焔のドームが、九稲の背後―――地上を包み込むように広がっていく。隼斗の視界から、二人の狐の姿が消え、空が再び焔に包まれる。
「受けは効かねど、守りに殉ずとな」
空狐は傍観していた。見下す下の二つの焔。その間に九稲がいた。焔の玉は己が犠牲を払い受け止め、万一に地上を焔のドームで守る。九稲は背中から燃える炎をひたすらに強めていた。
「狐業っ!」
だが、その時だった。空に劈く美声と共に、空の青さを増した蒼い焔が狐を象り、空狐の焔に突進した。
「ほっほっほ。来たかの、稲浪よ」
物足りなさを覚えていた空狐の表情に、笑みが宿る。それと同時に空狐の焔の玉と稲浪の狐業が激しくぶつかり合い、コロナのような焔が吹き荒れた。三人の髪を大きく乱し、熱波が空を切り裂く風のように雲を焼き払う。
「稲浪……どうして……?」
それでも空狐の焔は強靭に玉を成していたが、狐業の勢いに落下が止まり、空へと押されていく。地上の九稲の焔帝が徐々に解かれて、再び空と大地が顔を合わせた。
「それよりも姉上。一体何が起きたのじゃ? ……っ!? な、何じゃこれはっ!?」
焔帝が解かれ、稲浪の眼下に広がる惨状に、稲浪は大きく目を見開く。その間も狐業は焔の玉を空へ通しているが、炎の玉の勢力はまるで変貌を遂げず、ただ、勢いに落下を引き伸ばしているだけだった。
「空狐の……犯した……罪よ」
九稲が稲浪の到着で幾分余裕を取り戻したのか、疲労の息を吐き捨て、空狐を見上げる。
稲浪は九稲の話半分に、呆然と空狐と眼下の焦土を見比べた。
「何たる、ことを……」
絞り出した声に、空狐が笑みを浮かべ、挑発するように首をかすかに傾げ、空へと昇る焔の玉に腕を伸ばした。
どうなったのか。また空が九稲さんの焔に覆われて、何も見えなくなった。思いっきり蚊帳の外だけど、圧倒的な光景に何も出来ることがなくて、ただ見ているだけだ。恐怖よりも衝撃、驚愕、そんなものが全身を硬直させた。
「狐業っ!」
何を考えていたのか―――きっと何も考えることなんか出来なかった。そんな考えが、聞き覚えのある声が焔の向こうに聞こえた瞬間、空を覆いつくした九稲さんの焔が解けていく。脳裏を過ぎったのは不安。焔が解けた―――九稲さんが負けた? そんな直情思考に目を凝らしていると、見えた。
「稲浪っ!」
青い炎が。土竜のエンと闘った時と同じ巨大な蒼い狐の焔が落ちてきてた焔を受け止めた。それだけなのに喜びに胸が高鳴った。それでも俺の声に反応しない稲浪。聞こえてないのか? そう思ってもう一度名前を呼ぼうとした―――。
「稲……うわぁぁっ!」
稲浪と九稲さんの上空にいた空狐が溶け合うことの無い青と橙の焔に向かって、空へと昇る隕石のような焔を放った。―――衝突した。そう思った瞬間、視界が太陽を直視したみたいに白く染まって、覚えのある勢いに体の自由を奪われて、抵抗することなんか出来なかった。
「隼斗っ」
またどこかにぶつかるんだ。そんな記憶の中の出来事と照合して、目を硬く閉じた。
「稲……浪?」
でも、聞こえた声に、目が開いた。目の前には青い光。熱かったはずの体のどこにも熱は感じなくて、視界いっぱいに金髪と白い素肌のぼやけたものが見えた。
「無事か、隼斗?」
焦点を合わせると、それが顔だと理解した。
「……稲浪っ」
その瞬間、俺は馬鹿みたいに稲浪の名前を呼んでいた。良かった。間に合ったんだと。嬉しさが募った。
「おりるぞ、我に掴まっておれ、隼斗」
稲浪に言われるがままに腕を伸ばす。よく見ると、全身を鬼火のような青い炎で包まれていた。稲浪の手が俺の腕を掴むと足元から焔が解けて、地面に降り立った。やっぱり飛ばされたんだと、今日一日で何度飛ばされればいいのか、自分自身が少しだけおかしく思えた。
「稲浪、戻ってきてくれたんだな」
手を離すと、稲浪が凛と居を正した。風に揺れる髪を払い、脚部のマントを振る。決めポーズはいつもの格好良さがあった。
「無論じゃ。隼斗が居る場こそ、我が在る場所じゃ」
そう言われると気恥ずかしいけど、今は嬉しさが勝る。でも、すぐに思い出す。
「つばさ君は? 琴音さんも大丈夫なのか?」
戻ってきてから早く感じて、それまではとてつもなく長く時間が思えた。
「うむ。赫職紋は互いに消えてはおらんかった。NBSLのえーじぇんとが介抱するそうじゃ。ただの、つばさは重症じゃ。当面は琴音共々、保護下に置かれるじゃろう」
安心せいと、稲浪の顔を見て、事実だと知る。胸のうちが少しだけ晴れた。酷い火傷に見えたけど、そこはやっぱり神子と人の違いなのかもしれない。
「しかし、我が居ぬ間に景観が変わり果てたようじゃの」
俺が覚えている建物も幾つも無くなった。倒壊したとかじゃなくて、熔解して、地面が厚みを増した。
「九稲さんは?」
「あそこじゃ。姉上も力を浪費しておった。今、我の焔でそれを癒しておる」
癒す? そんな疑問に、稲浪が視線で示す先を辿る。そこには、俺が稲浪に助けられたみたいに、青い炎に包まれた細長い柱があった。いや、その焔の中に九稲さんがいるみたいだ。
「何、してるんだ、あれ?」
「我の焔は攻守だけではない。白狐が持つ青焔には、多少なれど治癒効能があるのじゃ。無論同属にしか効かぬことじゃ。我は司る者。負傷くらいは容易く治す」
へぇ。また新しく稲浪のことを知った。―――あれ? ちょっと待て。自分の焔で九稲さんの傷を治す。そして、稲浪はその焔の使役者で、自分の傷も治せる。
「あのさ、稲浪。前にナイフで切った手のひらって……」
土竜のエンと闘った時、赫職の男のナイフを素手で受け止めて切った手のひら。そういえば、怪我を下あの日以来、稲浪は包帯をしてなかったような……。
「うぬ? 先のエンとの傷のことかの? とうに治っておるぞ。我が言うたであろう。包帯など無用じゃと」
俺に手のひらを見せる。そこには何も無くて、すべすべしてそうな白い綺麗な手のひらがあった。―――俺があの時、真面目にやったことって、無駄?
「そんな力があるなら言ってくれよ。余計なことしてばっかりじゃないか、俺」
俺が寝てる時にでも自分で治してたのか。何か恥ずかしくなってきた。
「聞かれなかったから言うことはなかったのじゃ。それに……その、隼斗の優しさを……無下にするわけにもいかぬじゃろう……神子は赫職在ってのことなのじゃ……」
青い炎を使う稲浪が、うっすら紅くなった。顔を背けて、そんなこと言われると、こっちまで照れてくる。そんな風に思われてると、それ以上何も言えなかった。
「そ、そっか」
「う、うむ……」
沈黙。心臓が変に早く鼓動している。こんな状況下で不毛なことが頭を過ぎる。その邪念を振り払おうと、首を振った。すると、隣で稲浪も俺と同じように首を振っていた。もしかして、同じ事を考えてた?
「ええいっ、今はそのようなことに振り回されている場合ではないのじゃっ」
「え、ど、どうしたっ?」
いきなり稲浪が吼えた。
「気にするでない。それよりもじゃ」
鋭い目つきで稲浪が見上げる。俺も見る。そこには空狐が漂っていた。まるで自分の仕出かした惨状の出来を吟味するように。
「姉上っ」
稲浪が呼ぶと同時に、九稲さんを取り巻いていた焔が消え、負傷していたはずが、神子服まで綺麗に戻った九稲さんがゆっくりと目を開き、髪を流すように頭を振った。そして、そのままこっちに来る。
「隼斗さん、ご無事でしたね?」
「ええ。稲浪にまた助けられまして」
結局俺、助けられてばっかだ。でも、それしか出来ないし。
「ババ様の力は甚大じゃの」
「ええ。私も少々侮っていました」
そう言う割には九稲さんの力も恐ろしいものがあった気がするんだけど、言わない方が良さそうだ。
「役は揃うた。さて、始めようかの」
空狐が誘う。今までは体を慣らしていただけ。その口調にはそう思わないといけない何かがあった。
「本来、赫職と婚いだ神子であらば、必要なる闘い以外に加担する必要性はありませんが、稲浪、隼斗さん。今しがたお二人のお力添えの程をよろしくお願いします」
九稲さんが初めて頭を下げた。
「あ、えっと、そんな……」
頭を下げられると守られてばっかの俺は恐縮してしまう。
「無論じゃ。ババ様と言えど、人間社会の破壊を我は見逃せはせぬ。良いな、隼斗」
訊いてない。訊いてないよな、稲浪? 意思決定を俺に宣言しただけだって、それ。
「でも、俺、何も出来ませんよ?」
稲浪はともかく。
「いいえ。隼斗さんは稲浪と命約を交わしております。それだけで稲浪には力が宿るものなのです」
「我と姉上でかかれば、問題などありはせぬのじゃ。ババ様よ」
稲浪が空狐に口を開く。空狐が俺たちを見下ろす。どこかその瞳は少女のように無垢だった。
「人世におけるこの所業。狐が物の怪として、これは恥ずべき行為じゃ。この罰、受けてもらうのじゃ」
空狐のことだ。きっとさっきみたいに笑い飛ばすだけだろう。そう思った。
「……恥ずべき、じゃと? 罰、とな? 我が過ちと? ……稲浪よ。その言霊、覆させはせぬぞ? 我らが孫ならば、言の葉を選ぶべきよの?」
でも、違った。雰囲気が変わった。笑ってない。首を傾げながら、不思議そうに言っているのに、何か―――そう、空気が揺れているような、空狐から怒りがあふれ出したような、体の芯に響く重圧が一瞬で俺たちを包み込んだ。そんな嫌な感覚が足に震えを呼んだ。
「稲浪、来るわ」
「承知」
俺の目の前に赤と青の焔が燃える。空には笑顔をなくした空狐が怒りを覚え、手のひらに焔をたぎらせ、静か過ぎるくらいに見下していた。あんなに小さな子供に睨まれて、怖気が走るなんて思いもしなかった。何かが違う。今までとは明らかに。全身に鳥肌が立った。
「罪とは、裁くる者なきは、真なり。哀れが孫よ。灰神と化せ」
両手から放たれた焔が、弾丸のような見えない速度で飛んできた。
「狐業っ」
「渦焔、五の舞」
稲浪が両手を炎に向かって掲げ、全身に纏った焔から狐形の蒼い焔が飛ぶ。その場で回転した九稲さんからは五本の焔の渦が九稲さんの腰辺りから尻尾のように立ち昇って、それを迎え撃つ。俺は何も出来なくて、ただ身を小さくしていた。
「―――っ!」
小さな二つの焔と稲浪と九稲さんの焔の距離がなくなった時、烈風と耳を劈く爆発音が響いた。近くなのか、遠くなのか、ガラスが砕ける音も混じる。頭を低くして、ただ自分を守ることが精々な俺。格好悪いと思いながらも、これが差だった。
「ちっ、どこも映してねぇか、やっぱ」
「NBSLのぉ〜、統制下に〜、ありますから〜」
テレビ画面に映る番組。関東キー局の番組の他、地方放送局の番組も放送されてはいるが、ニュースなどはどこも放送されていない。
「つーかさ、何なのさ? 何が起きてるっての?」
三人が、すぐ近くでは空狐の出現と近畿を監視する神子との戦いが続いている最中、無関係を主張するように並んで食事を摂っている。それも何故か六席あるテーブルに、三人が横一列に並んでいる。対面にはテレビが設置されていて、そこには通常番組が放送されている。
「さぁな。俺が知るかよ。どこぞの馬鹿が馬鹿やってんだろ」
白米を掻っ込むのは、昴。左には亀甲。右には、もう一人の女が食事を摘んでいる。
「それにしてもぉ〜、よく揺れますねぇ〜」
亀甲の持つ味噌汁が揺れている。
「こんだけ騒いでりゃ、公につくんじゃないのかい?」
着物姿の亀甲と浜逆に、パンクファッションのような派手な装束。茶の短髪と耳ピアスがある意味よく似合う。しかし、この場においては、その三人は少々奇怪だ。広いスペースに置かれた六人がけのテーブル。そこに三人が並んで食事を取る。時折窓ガラスが光を乱反射しつつ揺れ、三人の体も同じに揺れる、広い室内に三人はいささか不相応。
「どうせ、赫職持ちのバトルだろ。んなもんに興味ねぇし、関係ねぇよ」
それよりも飯。昴は大して気にしていないのか、おかずを口に運んだ。ご飯も忘れずに。
「ちょっと、あんた、口の中で混ぜご飯すんじゃないわよ。食事くらいちゃんと食えないわけ?」
「そういう〜、ましらちゃんもぉ〜、お肉、残してますよぉ〜?」
がっついて、意地汚さのある昴に指摘しつつも、亀甲の指摘に、皿を見るましらには、とんかつの付け合せの野菜しか食べていなかった。
「うっさい。あたしは肉が嫌いなのよっ。つーか、何であんたは食べる時も、んなゆっくりしてんのよ。冷めるでしょうが」
「はうぅ〜、私は〜、よく噛んで〜、よく味わってる〜だけですぅ〜。私がぁ〜、一番〜綺麗に〜食べているんですぅ〜」
ゆっくりとした口調で亀甲は毒を忘れずに吐く。それでもいつものことのようにましらは聞き流した。
「……ええ。ですから、仰りましたよね? 私の出る幕ではないと。私は、貴方のようなやり方と、貴方がお嫌いです。私は私のままであるだけです」
その横、ドアを出たすぐそこにある電話機で、一人の女が誰かと電話をしていた。
「―――え? ええ、いらっしゃっていますが……まさか、また人の手を利用されるおつもりですか?」
お淑やかな黒と白のゆったりとした服装とは裏腹の口調。その視線が理文具として利用する室内で並んで食指を伸ばす三人の背中を見る。
「……それは、そうですが……ええ、分かりました。少々お待ちくださいませ」
女性が受話器を台に置く。
「湊川さん。お電話です」
「んぉ? 俺? はいはいっと」
昴が立ち上がり、入れ替わりに受話器をとる。
「ただいま電話に出ることが出来ません。御用の方は安心と信頼の引越しセンター……」
《初めまして、と言うべきだろうね、湊川昴君》
冗談を交えて応答しようとした昴の口が、アの字に固まった。視線がそのまま女性に向く。視線に気づいた女性はその相手が誰なのかを考えるのも嫌なのか目を閉じた。
「本物か?」
《少なくとも私は、影武者と言うものは持った覚えは無いのだがね》
その声と口調に昴は気づいたのだろう。誰かと言うことに。
「あんた、知り合いなのか?」
《私の交友関係は幅広いのだよ。まぁ彼女は例外なのだがね。恐らく、彼女の元にいるということは、君は既に存じているのだろう?》
質問に質問で返す。通話をきられない為の手法だった。
「俺に用ってのは、どういうことだ?」
わずかに昴が緊張を見せている。
「誰からなんだい? 昴が珍しく緊張してるっぽいけど」
「どなたでしょうねぇ〜。嫌な予感がするのですけどぉ〜」
そんな自分たちの赫職の様子を横目に見ていると、一言女性が片付いた食器を下げに来る。
「あなた方のお父上様、と言うべきでしょうか? それともマスターと呼んだほうが良いかしら?」
その言葉に、二人の動作が止まる。二人が顔を見合わせる。亀甲が振り向いた時には、すでにましらが見ていた。これがせめてもの二人の差だった。
《事実的に用件があるのは、君ではなく、君の神子である四霊亀の亀甲だ》
「亀甲にだと?」
昴の言葉に、静かにかつゆっくりと亀甲が立つ。
「一体何が目的だ? 言っておくがな……あ、おい」
NBSLの会長である太郎からの電話だと理解すると、昴はあまり聞く耳を持とうとはしなかった。だが、そこにそっと伸びた手が、受話器を奪う。
「昴様。ここは私に〜、お任せ下さい〜なのですよぉ」
そっと受話器を奪う仕草はあまりにも自然だった。昴は取り返す気もないのか、頭を掻きながら亀甲の肩を叩き、長い髪を撫でた。それに笑みを見せた亀甲が応答する。
「はい〜、お電話変わりましたぁ〜」
ゆったりとした口調に、昴はテーブルに戻る。
「何だって?」
「さぁな。亀甲に聞いてくれ。……って、俺の飯はっ!?」
片付けられたテーブル。既にましらは食事を終え、亀甲も食べ終えていた。
「あら? ごめんなさい。てっきりご馳走様かと」
「ひ、ひでぇ。俺まだ食ってたじゃねぇかよ」
「あら、ただ飯食らいのくせに、欲を張るんですか?」
その一言は強力な一撃だったのだろう。何も言い返せない昴を他所に、亀甲は淡々と太郎と会話をしていた。
「ええ、はいぃ〜。分かりましたですぅ〜。はい〜」
何かを承諾した後、受話器を置いて、亀甲が戻る。
「何だと?」
「はい〜。マスターよりの御依頼と申しましょうかぁ、お願いをされましたぁ〜」
「願い? 何だって?」
昴とましらが目を向ける。
「この揺れの原因からぁ〜、町を守って欲しいそうですぅ〜。もっと酷くなるそうなのでぇ〜」
同時にひときわ大きな振動と風が窓を襲う。晴天の空から外には雪のように、灰が降っていた。
「風祭さんがぁ〜、闘っているそうですよぉ〜」
亀甲の言葉に、昴が反応を見せた。
「誰だい、そいつは?」
「俺の後輩だ」
腰を下ろしたばかりの昴が、その言葉に腰を再び上げた。
「うっし。んじゃ、行っか。隼斗の神子ってのも拝みてぇしな」
「はいぃ〜。私は存じているんですけどねぇ〜」
昴と亀甲は状況を把握したようだが、昴のもう一人の神子の猿帝ましらは、一人首を傾げて、二人についていく。
「行くのですね?」
「ああ。どうやら俺の後輩が騒いでるみてぇだからな」
女性が昴たちを見る。
「そうですか。お気をつけて下さい。相手に不足など、ありませんから」
その口ぶりに、昴は含み笑いで、亀甲とましらを抱き寄せた。
「ちょっ! 触るなっ」
「うふふ〜」
ましらは面倒そうに、亀甲は何故か笑っていた。
「俺にはこいつらがいる 心配すんなら、その胸のうちでもあんたが晴らしゃ、良い。まぁ、先に俺は行くぜ」
抱き寄せたまま昴は玄関へ向かう。亀甲とましらは丁寧に女性に頭を下げていた。
「四霊がいるのであらば、必要は無いでしょう」
その背中を、冷静に見つめていた女性は、出て行く三人を静かに見送った。
「ふん。この程度で我は倒れはせぬぞ」
「稲浪、油断してはいけないわ」
降り注ぐ焔を二人が容易く跳ね除けた。
「良い良い。ならば、見せてもらうとするかの」
何か来る。空狐のその一言に警戒する二人。でも、違った。
「何じゃ? ババ様?」
「あれは……」
空狐の背中かから赤と青の二本の焔が蠢く様に沸き立った。九稲産の焔が尻尾なら、空狐の焔は翼。そう見えるくらいに小さな体に大きく焔が開く。
「そちらが見せぬと言うならば、是が非でもそうさせて進ぜよう」
そういい残すと、空狐の翼のような焔が、空狐を飲み込むように折りたたまれた。そのまま姿が消えて、焔が紫から色を失って、白っぽくなっていく。薄い肌色に燃える炎。見たことが無かった。そのせいか思わず見とれた。
「いけない。稲浪、狐鬼よ」
「うむ? どうしたのじゃ、姉上?」
狐鬼が何なのかは分からない。でも、九稲さんは焦りを見せていた。空狐は何もしてこない。俺も稲浪同様に、どうしてそんな危機感のようなものを九稲さんが抱くのか、分からない。
「空狐は力の解放を始めているわ。恐らく、私たちと同等の力を解放するはず。今のうちに押さえるのよ」
俺には丁寧に言うけど、稲浪はやっぱり妹だからか、お姉ちゃんに戻っている。俺にもそう言う感じで話してくれれば良いのに、とか考えている場合じゃないな。
「相分かった。隼斗。力を借りるぞ」
「え? 借りるって……え? ―――うわっ!」
稲浪がそう言った瞬間。稲浪を一気に青い炎が包み込んだ。そうしたら、今度は俺の腕が光り始めた。痣みたいに残っていた赫職紋が青白く。
「おぉ、これが赫職との命力と言うものか。うむ。力が満ちてくるのじゃ」
百年くらい昔にスーパーなんたら人とか言う漫画を学校の資料館で見たことがあるけど、稲浪はまさしくそう見えた。
「蛇焔、一の舞。渦焔、五の舞」
九稲さんが腕をしなやかに振るうと、その動きに合わせて一本の蛇を象った焔が太く蠢き、腰部からは、またあの五本の焔が蛇焔に付き従うように揺れた。六本の尾が九稲さんを守っている。九尾って言う意味がやっと理解できたかもしれない。
「躊躇してはダメよ、稲浪」
「うむ。元よりその気はないっ。隼斗、そこを動く出ないぞっ」
「あ、ああ……」
動くつもりなんて無い。どこにも逃げ場なんて無いんだ、焔と闘うことにおいては。
「姉上、往くぞっ」
稲浪が飛び上がった。それに続いて九稲さんも空に向かう。青と赤の焔が尾を引いて、思っちゃいけないんだろうけど、残された俺には、その光景がどうしても眩くて綺麗だった。
「あ、うぅ……っ」
そう思ったのも束の間。急に赫職紋が熱くなった。置く俺の腕に光る紋が火傷しそうに熱を帯びた。
「狐鬼っ」
見上げた時、そこには紅い蛇を操る九稲さんと、体に纏った青い炎が鬼のように巨大に燃え盛る鎧纏ったような稲浪が未だにパール色に燃える空狐に、同時に焔を襲い掛からせた。
「空狐よ、貴方には自粛の時を経て頂きます」
「ババ様、人と神子は共存すべき生命じゃ。一方的は破壊は軋轢を生む。その罰、孫として我が下すのじゃ」
稲浪は全身を使う拳。そこには鬼のように膨れ上がる青い炎が鋭く熱を帯びる。九稲さんは全身を駆使して焔を操ってる。行動的な稲浪と戦略的な九稲さんの対極の二人の攻撃が、俺の見上げる先で、空狐と交差した。
「うっ―――」
その瞬間、光が振ってきた。照らし出すとかそう言うことじゃなくて、窓際で揺れるレースのカーテンみたいな、冷凍庫から溢れる冷気みたいに静かになった。それでも一瞬で視界が色を失った。気づいた時には動きが遅くなる。腕で目を覆い隠す動作にさえ、重さを感じた。
「―――……え?」
それでも、上を見上げた。そして後悔を伴った驚きが、光の中に舞い落ちる羽のように見えた。
「その程度かの。我の尾にすら届かぬとは、誠に哀れよの」
そこにいる、恐怖の具現のような神聖な姿に、二つの焔が落ちた。
「稲浪―――っ! 九稲さん―――っ!」
空狐に挑んだはずの稲浪と、九稲さんの二人が、焔の尾を引きながら落ちていく。駆け出してた。
「何なんだよ、あれっ」
目の前の行き当たりのビルが、二つの爆発を起こした。二人が落ちた。それを見上げた時、違和感が俺の視界にあった。
「あ、え……?」
空狐の姿がなくなっていた。その代わり、今までそこにいなかった女性がいた。白金の足元まで伸びて、風に大きく靡く髪。子供だったはずの姿が、稲浪や九稲さんのようなユタから体つきで、表情からはあどけなさが無かった。涼やかで鋭さのある表情は、全くの別人だった。神々しく眩い光の焔が、その女性の盾となり矛にもなりそうな、焔には見えない焔がその体に纏わり燃えていた。
閲覧ありがとうございました。
誤字脱字などはあまり気にしないで下さい。指摘をして頂ければ、速やかに訂正します。
次に更新するのは、二十六日頃に、Saiを更新します。こちらはあとがきで記したとおりに、サブストーリーを展開させます。
〜追記(9月23日)〜
saiに関しまして、更新を予定していましたが、締め切り前の作品の執筆ならびに推敲が微妙に間に合いそうに無く、更新を断念しますことを、ここにお詫び申し上げます。更新をお楽しみにして頂いた方には上がる頭がありませんが、生活の為でもありますので、どうぞご理解野ほどをよろしくお願い申し上げます。
今後の作品更新については、折を見てと言う形になりますが、更新順は予定したSaiを筆頭に更新していきます。